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第6話 『おにいさんはうちの子に似てるんだ』僕と彼と黒猫の運命の出逢い

 それから30分間、彼は僕にこの黒猫との激アツエピソードとやらをたくさん語ってくれた。 「おにいさん。ね? 運命ってあるんだなって思いません?」  彼はほくほくとした満足げな様子で、頬を持ち上げて僕に笑いかけてくる。よっぽど、この黒猫に触れたのが嬉しかったようだ。  ──やっぱり、悪い人じゃなさそう。  いつしか僕の警戒心は薄れていき、代わりに彼への興味がわいてきた。だから僕は、勇気を振り絞って自分から彼に話題を振ってみることにした。 「あの、差し支えなければで大丈夫なんですけど、どうしてこの黒猫にこだわるんですか? 他にも、触れるくらいの人懐っこい猫ならいるのに……」  僕の問いに彼は少しだけ目を細めて、無言で笑った。  まるで天使が泣いてるみたいに見えて、瞬きをして再度、彼の顔を見た。その時にはもう、先程までの柔らかい表情へと変わっていた。  僕の見間違いだったのかな……? 「ちょうど、2週間前にさ。実家で飼っていた黒猫が虹の橋を渡ったんだ。俺、その時東京で仕事しててさ。しばらく実家のある静岡には帰ってなかったし……。お別れに間に合わなくて、なんだろ……。寂しくなったからかな。なんか、この黒猫見てるとうちの子のこと思い出せて少し気が紛れるっていうか」  力なく彼が笑う。膝の上で握った拳がぎゅっと丸くなっているのを見て、僕は「しまった」と内心反省し謝罪をした。 「そう、だったんですね。すみません。無遠慮なことを聞いてしまって……」  僕がそう言うと、彼はふるふると首を横に振って僕の手を掴んできた。驚きはしたけど、優しく握ってくれたから、もう怖くない。  それにこの人の温もりは心地いいから。 「そんなことないです! おにいさんは俺の|救世主《メシア》なんですよ。だってこうやって、俺の話を受け入れてくれたでしょ?」  彼の少し潤んだ瞳に僕の姿が反射する。今日、この時、この瞬間に猫カフェに来て良かった、と心から思う。そしてこの黒猫に感謝する。  君はかぎしっぽの黒猫。  僕にとって幸せを運んでくる猫だよ。  僕は膝の上に寝転んだ黒猫の顎の下をすりすりと人差し指で優しく撫でた。すると、ごろごろと喉を鳴らす音が聞こえてきてくすりと笑ってしまう。 「すごい。もうおにいさんのことママだと勘違いしてますよ。この子」  ふむふむ、と感心したように彼は僕の顔と黒猫の顔を見比べる。  そして、なるほど、と手を打って僕の前髪に触れた。ナチュラルに、さりげなく、髪を指で梳く。 「なっ……!?」  不意の接触に僕は驚いて身を引いた。そうしたらまた、黒猫は驚いてキャットタワーの後ろに隠れてしまった。 「そっかあ」  彼は黒猫が逃げたことも気にとめない様子で、ただ僕だけを見つめる。  ──すごく、あたたかい目をしているな。  まるで幼い子どもをあやすように、泣いている人に寄り添うように、慈悲の塊のような視線だった。  だから僕は息を吸うのも忘れて彼の顔に見とれた。二重の上にある細くて柔らかいカーブを描く眉。つん、と高い鼻筋。薄くて柔らかそうな唇。白玉みたいなもちもちした白い肌。  そのすべてに僕は吸い込まれるようにして息を止める。 「おにいさん、うちの子と似てるんだ。だから一緒にいて落ち着くんだ」  くしゃ、と照れたように笑う彼の笑顔は雨上がりに見えた虹のように僕を照らした。  あの雪の日。  大泣きして帰った夜道。  報われなかった恋への逃げられない執着と、凝った心。  曇天続きだった僕の空を、彼は今、確かに照らしてくれた。  ──雨上がり。僕にとって、彼は忘れられない人になった。 ◇◇◇  猫カフェで彼と話をしていたら、不意に僕のお腹が鳴ってしまったのを彼に笑われてしまった。とびきり大きいお腹の音に、僕も思わずお腹を隠すように押さえた。けれど──。 「おにいさん。お腹すいてるんだ。良かったら俺と|飯《めし》食べに行かない? おすすめの場所があるんだけど」  僕と彼の間には、もう敬語の会話は存在しない。彼がタメで話そうと言ってきたから。  僕はもう既に心を開いていたから彼の提案を快諾した。 「うん。この後は用事ないし、いっしょにご飯行きたいな」 「やった。じゃあ、行こ」  猫カフェを退店し、渋谷の街を歩く。人並みの中で、離れないように彼の後ろにぴたりとくっついていたら、「ん」と手を差し出された。    僕が迷子にならないように気を使ってくれているのかな?  僕はその手を有難く繋ぐことにした。緊張はしたし、手汗をかいていたらどうしよう、なんて不安にもなったけど。  言葉にできないけど、なんだか彼の傍にいると落ち着くし、安心してしまう。  ──僕が彼に懐いてしまっているのかな。彼の飼っていたという黒猫みたいに。  うちの子の黒猫に似てると言われたから、僕は──。

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