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第10話 『おはよう広報のおにいさん』朝のメッセージを見てるるん
「ピピピッ」
ふぁ、と僕は眠気まなこで目覚ましを止める。このくらいアラームがうるさいのが僕には丁度いいみたいだ。
久しぶりにゆっくり眠れた気がする。なんとなく、身体も軽く感じるし。
朝ご飯を食べ終えて、身支度を整える。スーツ、とまではいかなくてもある程度のオフィスカジュアルが推奨されている僕の職場。自宅の最寄り駅から電車に揺られて30分程度。駅から直結の好立地のオフィスビルの30階に僕の勤める会社がある。
音楽を聞きながら電車で移動中、スマホの通知が届いたので慌てて開く。音楽も一時停止させた。すると、そこには星七くんからの返信が届いていた。
『おはよう。今日は晴れてていい天気だね。そういえば、深月はどんな仕事してるの?』
星七くんも朝早いんだな。
それがまず僕が持ちえた感想だった。スマホの画面をぽちぽち押す。
『おはよう! いい天気だね。僕、広報でPRの仕事してる』
これ言うと、初対面の人に「意外だね」って反応されること多いんだよな……。僕は静かで大人しく見えるらしくて。広報の仕事ってコミュニケーション能力が高くて、企画力とかリーダーシップを持っている人がほとんどだから。
星七くんの反応が気になり、薄目でスマホを見ていたらすぐに既読がついた。数秒後、メッセージが届く。
『すごいね! 深月はイラストも上手だし、人あたりも良いから向いてる仕事だね』
スマホをぎゅっと掴む。まさか、そんなふうに褒められたのは初めてだった。
「うそ……」
ぽつり、と電車の中なのに小さな声が洩れた。
周りの人に聞かれなかったかな……?
きょろきょろ辺りを見渡したが、誰も僕の声に反応していない様子だった。ほっとしてスマホを再度見つめる。
……嬉しいな。星七くんは僕が喜ぶことを何でも言ってくれるし、してくれる。こっちからお願いしなくても、気づいてくれる。
『ありがとう。あんまりそう言われたことないから嬉しい』
本心だった。照れ隠しもあった。星七くんに褒められると、胸の奥の柔らかいところに触れられるみたいな感じがして胸が温まる。
『じゃあ、深月は広報のおにいさんだね。今日も仕事頑張ってね。俺もそろそろ仕事始まるから、また仕事終わったら連絡するね!』
星七くんのメッセージの中で『広報のおにいさん』という言葉が一際僕の目に入った。
そう言われると胸が弾んで気分が上がっていく。会社の最寄り駅で電車を降りたら、今にもスキップしてしまいそうなくらい浮かれていた。
オフィスビルのエレベーターを待っている時も、るんるん。星七くんの一言で朝からすごくいい気分になれた。
──今週も1週間、頑張ろう。
そんな思いでオフィスに入り、朝礼に臨んだ。
◇◇◇
朝礼後のミーティング中も星七くんが呼んでくれた『広報のおにいさん』という言葉が頭から離れなかった。なんだかその言葉は、僕を誇らしい気持ちにさせてくれた。
そういえば、僕のことおにいさんって呼ぶってことは星七くんって僕より年下なのかな?
ミーティングの資料をぱらぱらと捲りながらそんなことを考えていると、不意に隣に座っていた僕より1つ年上の|実守《みもり》先輩に肘でちょんちょんと脇腹をつつかれた。
「っわ」
僕の驚いた声がミーティングルームに響き渡った。当然、ミーティング中の皆が僕を振り返って見つめてくる。
「なあに? 朝比奈くん。今のところ、何か驚くことあった?」
飄々とした態度で僕に助け舟らしき声をかけてくれたのは、実守先輩だった。透明感のある黒い瞳に見つめられると、自分の姿が瞳に反射してよく見える。焦っている僕の表情が実守先輩の瞳に浮かんでいた。
「いっ、いえ。なんでもありません……」
ふるふると首を横に振ると、僕のせいで一時停止されたミーティングが再開された。実守先輩は、こしょっと僕に小声で耳打ちをしてくる。
「ひな? 珍しい。おねむなの? 眠気覚ましにラムネあげる」
実守先輩は心配2割、ちょっかい8割の比率で僕をいじってきた。
デスクの下で僕の膝の上に個包装のラムネ1粒を置いてくれる。僕はそのラムネを後ろを向く振りをしながら皆にバレないように口に含んだ。ひやっとしたラムネが舌の上で溶ける。溶けるたびにしゅわしゅわ弾けるから、確かに眠気覚ましには効果的みたいだ。
僕は実守先輩に、ふせんを手渡した。ちょっとしたメッセージを書き記してある。
【ポメラニアンのおしりのふせん】
『みも先輩。ラムネありがとうございます』
みも先輩、というのは実守先輩のニックネームだ。そして『ひな』は実守先輩しか呼ばない僕のニックネームだ。僕の苗字の『あさひな』を短くして『ひな』にしてくれたらしい。
最初、実守先輩とは同じ広報部の先輩、後輩の関係だった。だけど、一緒に携わるPR案件も増えてきて、段々仲良くなってきた頃に、実守先輩から提案されたのだ。
『俺のこと、みもって呼んでいいよ。朝比奈くんとは友達になれそうだから。俺はひなって呼ぶね』
そう言って、僕を気にかけてくれるようになった。職場でできた初めての友達だった。
SNSの名前も『みも』にしているくらい、気に入っているニックネームらしい。
みも先輩はアイドルオタクという人種らしい。推し事をするのが日々の義務らしく、よく僕に推しのことを話してくれる。僕はいまいちアイドルとかに疎くてピンとこないけど、みも先輩はすごくハマっているらしい。「お金と時間が溶けるー」っていうのが口癖。
みも先輩がいるおかげで、僕は仕事で疲れることがあってもストレスをためこみすぎないように上手く過ごせるようになった。
仕事に関わる話はもちろん、プライベートでも一緒に飲みに行ったり、テーマパークに遊びに行ったりする仲だ。
「困ったことがあったらいつでも相談して」と言ってくれる優しい先輩だ。
みも先輩はぼくの渡したふせんを見つめて、ふふっと軽く笑うとそのふせんをスケジュール帳にぺたっと貼りつけてくれた。
そんなふうにして『広報のおにいさん』の僕の仕事はスタートした。
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