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第11話 教育担当の夕貴部長が僕のお弁当に嫉妬してる?

「朝比奈。今日はなんだかるんるんしてないか?」  お昼休み。休憩スペースでお弁当を電子レンジで温めるのを待つ列に並んでいると、後ろから聞き馴染んだ低い声が降ってきた。相手のほうが僕より背が高いから、ちらりと上目遣いで見上げる形になった。 「あ……。|夕貴《ゆうき》部長。お疲れ様です」  紺色のスーツに身を包んだ長身の男性がスマホを片手に僕を見下ろしていた。  |夕貴仁《ゆうきじん》部長だ。僕が入社した当初から、メンターとして僕を指導してくれている教育担当の社員さんだ。  夕貴部長の身長は185センチ以上あるのだと、同期の女の子が前に教えてくれたっけ。華やかな見た目とそれに劣らない華やかな経歴は、会社にいる女性すべてを虜にしている。  容姿端麗で、きりりとした細い眉には強い意志が表れている。モデルみたいな長い手足に細いウエスト。筋トレが趣味で、仕事終わりも毎日欠かさずジムに行ってトレーニングをしていると教えてくれたことがある。細いへなちょこ体型な僕の健康を気遣ってジムに誘ってくれたくらい、良い人なのだ。  まだ27歳なのに広報部の部長を任されている。すごく仕事熱心で、クライアント満足度は第1位。コマーシャル契約件数、メディア掲載件数も群を抜いている会社の若手エースなのだ。  そんな敏腕部長のもとで働くと、色んなことを学べる。挨拶1つとっても、表情や声のトーン、目線など細かいポイントを丁寧に僕に教えてくれたのが夕貴部長だ。 「それで? 休みの日に良いことでもあったのか?」  ちょうど、僕の前に並んでいた人がお弁当を温め終わって立ち去っていく。僕は夕貴部長に返事をしながらお弁当の蓋を開けて電子レンジに入れた。2分30秒しっかり温める。 「ええと、休みの日に猫カフェに行ったので癒されたんです」  僕は星七くんと出逢ったことを他の人に言いたくなかった。なんだか、皆に言うのは違う気がして。星七くんのことは僕だけが知っていたい。なんてことを、ふと思ったから。 「へえ。猫カフェか。そうか。お前の描くイラストって動物が多いんだったな。この前の案件で採用されたマスコットキャラクターもお前が描いたやつだったよな」  夕貴部長は僕のことになると、社内の誰よりも詳しい。部下の仕事をしっかり見てくれているというのはとても心強くて、頼もしかった。それに、褒められるのは恥ずかしいけど、嫌じゃない。 「はい。動物が好きで、この前描いたイラストも運良く採用されて……」 「こら。運良く、だなんて言葉を使うな。他の採用されなかった奴に失礼だぞ。それに採用されたのはお前の実力だ。誇っていい」  僕の言葉を制する夕貴部長に、僕は軽く頭を下げた。こういうやりとりは僕らの間ではしょっちゅうだった。 「すみません……今度から気をつけます」 「わかったならいい。それより、今日の弁当のおかずは何だ?」  こうやって、指導と雑談を切り替えてくれる夕貴部長の優しさも安心する。 「昨日作った豆腐ハンバーグです。たんぱく質が豊富で、節約にもなります」 「たんぱく質豊富なのか。今度俺も作ってみるかな」  さすがは筋トレ大好き部長。たんぱく質の摂取には余念がないらしい。 「レシピは簡単ですよ。後で送りましょうか?」  僕はスマホの画面をタップして、豆腐ハンバーグのレシピを書いたメモを夕貴部長に見せた。 「んー」  夕貴部長は僕からの提案をふんわり受け流してから、自分の持っていたビニール袋の中身を僕に見せてきた。そこには、コンビニで売っているゆで卵2つ、サラダチキン2つ、ブロッコリーのマヨ和え、麦ご飯の入ったおかかおにぎりが入っていた。ぱっと見ただけでも、たんぱく質は豊富そうだ。 「わあ。たんぱく質たくさんですね」  電子レンジがピピピと鳴る。僕は火傷しないように自分のお弁当をミトンを使って取り出す。  僕はお弁当を取り出す用のミトンを職場に置いている。猫の手の肉球のデザインで可愛くて気に入っている。みも先輩にも褒められたことがある優秀なミトンだ。後ろに並んでいる人達が見えたから、僕はさっとその場から立ち去ろうとした。  けれど、夕貴部長の零した言葉を僕のよく聞こえる耳が拾った──。 「弁当。お前が作ってきてくれたら、わけないのにな」  ぽつり、と独り言のように呟いたそれをどう受け止めていいかわからず立ち尽くしていると、夕貴部長が苦笑して僕の背中をとん、と軽く押した。「もう行け」という合図らしい。僕は後ろ髪を引かれる思いで、その場から立ち去った。  ──夕貴部長。なんであんなこと言ったんだろう。僕のお弁当、そんなに美味しく見えたのかな?  夕貴部長の本心がわからず、けれど聞き返すのもお手間かなと思い休憩スペースで黙々と豆腐ハンバーグを食べた。

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