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第15話 星七くんと僕は、月とすっぽんだよ。
どんなに華やかなステージの上でも、
どんなに色とりどりの照明の下でも、
彼は彼なんだと
その時、初めて気づいた。
彼は光の在るところの住人なんだ。
向日葵の陰に隠れている僕とは正反対。
まるで、月とすっぽんだね。
星七くんは月みたいに、きらきらしてる。夜空に浮かぶ天の川みたいな光を内包しているような優しい瞳。甘くて優しい言葉が2乗になる癒しボイス。
僕はすっぽん。取り柄のない、背景と同化する空気みたいな存在。普通の一般人。でも彼は──。
そんな目で見られたら、ダメだ。
僕を見つめてくれる瞳はいつも優しくて、曲線を描いている。なんか、ねこちゃん、みたい。
僕が一方的に勘違いする。
まだ何もはじまってもいないくせに、僕は。
彼との大切な何かが終わったような気がした。
星七くんとの距離が、五億光年先みたいに見えたんだ。
決定的だったのは、ライブ後半のMCの時の2人の掛け合い。
ファンから届いた質問に答える質問コーナー。Milky Wayで人気のコーナーらしい。ライブ前半で激しいダンスをこなしたからか、額に汗を浮かべるあおとくんと『せな』というアイドルが、ステージの後ろのスクリーンに映されたお題にリアクションをしていく。
その時に、わかっちゃったんだ。
「最近食べたもので1番美味しかったもの、だって。せな」
あおとくんが画面に映し出されたお題を読み上げて、『せな』を見つめて答えを引き出そうとする。
すると彼は弓なりに唇を引いて──。
「最近だと、ラザニア。小学校からの友達がオーナーやってる隠れ家カフェに食べに行った」
その時、僕の心臓が一瞬止まりかけた。直後、ばくんばくんとまるで終わりのないカウントダウンのように激しく鼓動を始める。思わず胸に手を添えた。
心臓が、口から飛び出そうなくらい、動揺していた。
それからはいまいち覚えていない。
いつのまに、ライブが終わってしまったんだろう。
僕はライブ全体の3時間近く意識を飛ばしかけていたようだ。あの、『せな』が答えたお題のシーンくらいしか、明確な記憶がない。
あと、ふと思ったのは『せな』は星七くんの時よりも、歌う時は声が低くて、中毒性のあるカリスマアイドルだってことだけ。
開幕してすぐに星七くんにそっくりの『せな』というアイドルを見てから、魂が口から飛び出たように記憶がない。
「やば……今日のあおとくんビジュ強すぎ……明日からも社畜頑張れる……」
そう涙をぽろぽろ零して呟いたのは、みも先輩。感極まってしまっているようだ。ペンライトをぎゅっと握って、ライブ後の余韻に包まれているようだ。後方の席の人からドームを出ていくから、最前列の僕らがドームを出られるのはたぶん1時間くらい先。その間、席に座り込んで待っているのだ。
僕は呆然とした意識のままでも、みも先輩に心配をかけたくなくて気丈に振る舞おうとする。
「先輩。生あおとくん、めちゃくちゃ顔がちっちゃくてかっこよかったです! みも先輩がメロメロになるのも頷けます」
上手く、笑えているだろうか?
ひくひく、とこめかみが疼くような感覚に頭が熱を持ったようにぼうっとして視界がゆらゆらする。
「でしょ? ね。ライブ来てよかったでしょ。ひな」
むふふ、と満足気な先輩の笑顔にほっと少し張り詰めていた気が緩んだ。けれど、またすぐに微熱があるみたいに視界がブレる。
僕はそれを悟られないよう、繕った笑顔を貼り付けて先輩を見つめる。
「はい。すごく楽しかったです。誘ってくれてありがとうございます!」
みも先輩は、うんうんと深く2回頷いて僕に微笑んでくれた。
良かった。先輩は、僕の異変に気づいてないみたいだ。変に気を遣わせたくないし、特に今はプライベートだし。
それから、段々とドームの中からファンが外へ出ていき、ようやく最前列の僕らが外へ出る列に並ぼうと忘れ物がないか荷物を確認した時だった。
「ひな。忘れ物ない?」
「……はい。大丈夫です」
う。なんか、急に椅子から立ち上がったたから目眩が……。それに、なんか貧血っぽい。
「ねえ。ひな! 顔、真っ白。唇も紫色だし……」
僕の異変に気づいてくれたみも先輩が、僕を再度椅子へ座らせた。
「大丈夫?」
「う、はい……。ちょっと、人も多かったのと、迫力のあるライブに圧倒されて緊張が解けて身体の電源オフになっちゃったみたいで……」
なんか、呂律も上手く回らないし。僕、結構まずい状況なのかな?
「ごめん。すぐに気づけなくて。水飲める? ちょっと待ってて。今、ライブスタッフの人呼んでくるから。今にも倒れそうだし、一旦救護室に運んでもらおう」
そう僕に告げた先輩は駆け足で遠くに見えるライブスタッフに声をかけに行ってくれた。
けれど、その後ろ姿を追いかけるほどの力は僕には残っていなくて──。
震える指でペットボトルのキャップをなんとか外し、ぬるくなったミネラルウォーターを飲もうとしたら、姿勢を崩してしまいそのまま椅子から崩れ落ちた。
「……っ」
やばい。頭から硬い床に突っ込む。
僕はぎゅっと目を閉じて、襲ってくる衝撃を待ち構えた。けれど、その衝撃は数十秒経ってもやって来ない。
その代わり、僕の身体はあたたかな温もりに包まれていた。
なんだろ。この、甘くていい香り。前にどこかでかいだことがあるような……。
意識がうつらうつらする中で、僕が床に激突するのを助けてくれた人の顔は見えなかった。けど──。
「もう、大丈夫だよ」
「……」
優しくて、固く凍った心を溶かすような甘い声に安心感を覚えて意識を手放した。
それは、僕が今まで聞いた人の声の中で1番癒される声だったから。
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