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第18話 星七くんって執着つよつよ?

「じゃあ、もうその子元気になったみたいだから、これで」  星七くんは僕とみも先輩にそう声をかけてすたすたと救護室から出ていってしまった。残された僕らはぽかんとしたまま、荷物をまとめて救護室を後にする。  部屋の外に出たら、みも先輩を案内してきたライブスタッフの男性が待っていて、僕の体調が回復したことを確認するとインカムで他のスタッフと何かを話している様子だった。 「どうぞ。お気をつけて。ご無事で良かったです」  ムキムキなおにいさんのライブスタッフにそう言われると、一際安心してしまった。ドームの外まで送ってくれたその男性は僕らが駅まで歩いていくのをずっと見守ってくれていて、アフターサービスも満点のライブってすごい、と僕は感謝しながら帰り道を歩いた。 「はあ……。すごく楽しかったけど、心臓いくつあっても足りないくらい波乱のライブだったあ」  みも先輩とは同じ電車の路線が最寄り駅なので、一緒に隣の席に座れた。ライブが終わってから数時間経過していたから、人並みも少なくスムーズに帰れた。 「本当に、心配かけちゃってごめんなさい……せっかく楽しいライブだったのに」  しゅん、と僕が謝るとみも先輩はぶんぶんと首を横に振った。 「ひなは悪くないよ。俺がもう少し気にかけてたら、無理させなかったかもって反省中なだけ。謝らないでね」 「……みも先輩」  こんな時でも優しい頼りになる先輩はみも先輩だけだ。 「明日は仕事休みだし、ゆっくり休むんだよ」 「はい。そうします。それと、ライブとっても楽しかったです。誘ってくれてありがとうございます」  にこ、と自然と笑顔になれた。実際、直接自分の目でMilky Wayのアイドルである『せなくん』は友達の星七くんなのか確認できたのは良い収穫だった。  これでもう、僕の一方的な勘違いをしなくて済む。星七くんは僕とは別の星の人。自分の身をわきまえて接しようと決めた夜だった。  みも先輩と別れてから、自宅までの帰り道にあの日のことを思い出した。  幼馴染が結婚式を挙げた日の、雪の舞う帰り道。  あの日、すっごく寒かったなあ。ホッカイロをお腹に貼ってたし、手にも握ってた。帰る頃には冷たくなってたけど。  なんか、大切な人と別れる時って帰り道に既視感があってそれもまた切なくなる。  大好きなネコネコマートに寄るのも疲れてしまって気が乗らずに、自宅へ向かった。  玄関先、扉を閉めてから見るいつもの景色。幼馴染がくれたシマエナガのポストカード。暗い部屋。こもった空気。その全部がぶわっと僕に押し寄せてきてその場で崩れ落ちた。 「なんにも変わってないなあ、僕」  涙でぼやける視界と、ずずずという鼻の音。何度も泣いたのに、涙は出尽くしたと思ったのに、なんでだろう。  やっぱり大切な人と別れるのは辛いや。  特に、大切な友達だと思ってたから余計に。  泣いてばっかりじゃ弱虫だと思い直して、一目散にお風呂に向かった。  お風呂なら、泣いてもシャワーで流せるし、誤魔化せるし。嗚咽混じりでも、叫びたくなってもアパートだと近所迷惑になっちゃうから。僕はお風呂にためたお湯に浸かりながら、「わぁぁん」と大声を上げて泣きじゃくった。  大人がね、みっともないよね。けど、泣かないとやってけない日もあるんだ。  お風呂で1時間たっぷり泣き終えてから、ベッドにばたんきゅーした。  疲れすぎてドライヤーで髪の毛、乾かせないや。身体中の水分が全部目から出尽くした気がする。  スマホを見るのも億劫で放置していたら、不意に画面が光った。それは希望の光みたいに、都合よく僕の瞳に入ってきた。 「星七くん……」  5件も着信が入っていた。それも、10分おきに。  どうしたんだろう? 何か緊急の用だったのかな?  メッセージは残ってないから、要件がわからない。僕はかけ直すか迷って、考え込む。  ライブで疲れてるのは星七くんだよね。いくら友達だからってこっちから電話したら、迷惑かな……。  そう悩んでいたら、再び星七くんから着信が来た。微かに震える手で通話ボタンをタップする。期待半分、絶望半分の忙しない感情だった。 「はい。もしもし……」  声が震えた。いつも通り振る舞いたいのに、これじゃまた心配させちゃう。  なんて返ってくるんだろう。  僕はおそるおそる星七くんからの言葉を待った。 「ねえ、ひな」 「え?」  星七くんの口から僕のニックネームが飛び出てくるとは思わずに、聞き返してしまった。 「あ、の。何で、知ってるの?」 「だって、さっき一緒にいた男の人が深月のこと『ひな』って呼んでたでしょ。だから真似してみた」  星七くんの声色はどこか無機質に感じられて、スマホを持つ手に汗が滲む。続けて質問される。 「なんで、ひなって呼ばれてるの?」 「あ、えっと、僕の苗字が朝比奈だから、そこからひなって名付けてくれたんだ。先輩が」 「へえ。先輩がね」  なんか、星七くんさっき添い寝してくれた時と雰囲気が全然違う。ちょっと怖い……。  なんて反応したらいいかわからず黙り込んでいると、星七くんが少し唸った。 「あーもう。ごめん、怒ってるわけじゃなくて、悔しかったっていうか……なんか俺の知らない深月がまだいるんだって思ったらたまらなくて……って、何言ってるんだろうね、俺」  はは、と自嘲する笑い声が聞こえてきたからたまらず僕は 「ううんっ。怒ってないなら良かった。でも、僕もごめん。星七くんのお仕事がアイドルって知らなくて、たまたま先輩に誘われたライブで星七くんを見たから驚いちゃって……」  いっそのこと、嫌われてもいいと思った。  ここで区切りがつけば、それまでの関係だったということ。これ以上、傷つかなくて済むから。それなのに、彼は──。 「何で深月が謝るの? 俺、今日すごく嬉しかったんだよ。最前席に深月を見つけたら、驚いて振り付けド忘れしたけどアレンジしてカバーしたし、ここだけの話だけど今日、深月の席のほうばっかりにファンサ送りすぎたと思う。ライブの後であおとから注意されたくらいだもん」  聞こえてきたのは、優しい言葉。癒される低い声。僕が求めていた声そのもの。  思わず、涙腺が緩んだ。  けど、今日はもう泣かないって決めてるから。  僕は少し笑って星七くんの言葉に頷いた。電話だから見えないってわかっていても。 「そうだったんだ。星七くん、すっごくかっこよかった。いつものほわほわ優しい雰囲気じゃなくて、ステージだとオラオラカリスマ系のオーラがすごかったもん。皆、せなくーんって呼んでたし」 「なんか、深月に褒められると照れるな」  最初の違和感を覚える会話はどこへやら、といった風に気づけば僕らはいつも通りのやりとりをしていた。

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