21 / 21

第21話 映画デートでまったりごろごろねこになる日

「もう大丈夫そう。映画行こっか」  にこっ、と朝顔の花びらが咲くような爽やかな笑顔に僕は息を飲んで見つめてしまった。  さっきまで粘着質なファンの人にストーカーまがいのことされて、怒ってないのかな……?   それとも、こういうのが星七くんの日常にはいつも潜んでいるから、当たり前なのかな?  僕はいつも通りの穏やかな星七くんの様子に、自分自身も落ち着きを取り戻し始めていた。  星七くんのファンの人に後をつけられたとは言え、なんだか怖かった。胸が嫌にどくんどくん鳴ったし、口の中もからからに乾いてた。こんなの、僕じゃ耐えられない。  これに耐えている星七くんのことを、僕は強い人だと思った。 「深月。もっと俺のほう寄っていいよ。肩濡れちゃうから」 「あっ……うん。ありがとう」  スナックを出ると、まだ外はざあざあぶりの雨だった。星七くんが差してくれた傘に入り、肩がくっつくくらい近くに吐息が聞こえてきて戸惑う。 「なんか今日、蒸し暑いな」  ぽそっと零した星七くんの言葉に僕は即反応した。 「あっ。ハンディファンあるよ。使う?」  僕は気を利かせて星七くんの首筋に向けて水色のハンディファンを向けた。スイッチをつけて、くるくると高速で羽が回り始める。 「んー。生き返る。ありがと」  たしかに星七くんのこめかみには汗の粒が浮かんでいて、前髪も少し濡れている。雨なのか汗なのかわからないけど、水も滴るいい男みたいで、僕は真正面から星七くんの顔を見れなくなってしまう。  挙動不審の僕を特に気にする様子もなく、星七くんはひとつの商業ビルに入っていった。傘をたたみ、エレベーターにエスコートされる。  あ、肘掴まれてる。  やんわりとだが、僕が迷わないようリードしてくれている。 「ここのビルの最上階にあるんだ。プライベートシネマ。俺のおきにいり」  くすっと小さく笑う星七くん。エレベーターの中だと自然に距離が近くなるから、僕の胸の鼓動が星七くんに聞こえませんようにと祈るしかない。 「そうなんだ。プライベートシネマ、初めてだから楽しみだなあ」 「きっと深月も気に入るよ。俺が手とり足とり教えてあげる」  にやり、と猫みたいに目を細めて笑ってくる星七くんを見てたら、ちょっと妖しげな雰囲気で反応に困ってしまう。僕は愛想笑いっぽく笑顔を張り付けて、開いたエレベーターの外に出た。  入口にはタッチパネルが置いてあり、店員さんなどは見当たらない。無人の受付のようだ。  僕は少し、《《あれ》》と似てるなと思いつつも、星七くんに変な子と思われたくなくて口を噤んでいた。  星七くんは慣れた手つきでタッチパネルを操作している。1分もしないうちに部屋を選んでくれたらしい。 「俺らの部屋はB室だって。ここ、部屋の内側から鍵かけられるから一旦荷物置こ」 「うん」  星七くんに案内されたプライベートシネマのB室は、照明が調整できるタイプの天井に、4畳ほどの広々とした空間。普通の映画館と同じく防音性の黒いマットが壁一面に敷き詰められている。  映画は正面の壁一面に大きなスクリーンが置いてありそこに投影するようだ。通常の映画館のコンパクト版に見えた。広々とした部屋でゆったりくつろげるのはすごく良いと思って気分も上がる。部屋の中央には3人がけの大きなリクライニングソファが置いてあり、そこで横になるのもよさそうだ。 「深月。部屋の探検はこの後たっぷり時間とってあげるから、飲み物取りに行こ」  幼い子供みたく目をきらきらさせていたのを見られていらしい。星七くんは苦笑しつつ僕の手を引いた。 「あっ、ごめん。ついはしゃいじゃって……」 「ううん。深月にも気に入ってもらえて嬉しい」 「僕も星七くんが連れてきてくれて嬉しい」 「……」  あれ? 星七くん黙っちゃった。  そっぽを向いてしまった。僕は自分の荷物をソファの上に置いてから、無言のまま手を引かれて部屋の外に出た。 「星七くん?」  僕が声をかける直前に、星七くんが両手を広げてドリンクバーに案内してくれた。 「じゃじゃーん。ここが、ドリンク飲み放題、ソフトクリーム、各種トッピングかけ放題、マーブルチョコやマシュマロ、キャラメルポップコーン食べ放題のコーナー!」 「すごい……っ!」  星七くんはさっきとは打って変わって笑顔満開だったので、あまり気にせずそのお菓子コーナーに近づいてみた。 「ほら。これがお菓子を入れる紙カップ」 「ありがとう。どれから入れようかな……」 「俺のおすすめは全種類少しずつカップに入れて持っていけば、気に入った味があればおかわりにくればいいし楽だよ」 「それいいね。やってみる」  お菓子をカップに入れている間、こういうちょっとわくわくするような体験が減りがちな社会人の僕にとって、すごく新鮮で懐かしい思い出も蘇ってきた。こういう機会をくれた星七くんに感謝しなくちゃ、とポップコーンを紙カップに入れていると星七くんが手助けしてくれた。 「こっち貸して。俺が持つよ。深月はドア開けてほしいな」 「うん。ありがとう」  てきぱきと映画鑑賞の準備を進める星七くん。  けれど、プライベートシネマの危険性を僕が知るのはこの後だった。

ともだちにシェアしよう!