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第29話 【緊急】な、なんで僕が着ぐるみの中に!?
「朝比奈。準備できたか?」
「は、はい……!」
僕は今、暗くてとても密閉された空間にいる。様子を見に来た夕貴部長に胴体の部分と頭の部分を最終チェックされる。着ぐるみのずっしりした生地に全身が包まれている。
「すまないな。急な対応で……中の人が体調不良で来れなくなってな。代打で急遽お前に着ぐるみの中の人をやってもらうことになってしまった。声は出さなくていいから、着ぐるみの口の部分から外の様子を見て、手を振ったり動いてみてくれ」
そうなのだ。
僕がキャラクターデザインに携わったフェアリーブルームのブランドキャラクターの着ぐるみの中の人が急遽来れなくなってしまった。それも、新商品お披露目会の30分前に。
僕らの会社の広報部の人達は皆、それぞれの担当の仕事に出払っていて手が空いているのは僕しかいなかったのだ。
夕貴部長は新商品お披露目会の司会を担当する予定だし、みも先輩は記者団の誘導や問い合わせ対応でバタバタしている。
「こんな感じですか?」
僕は着ぐるみなんて初めて着たから身動きが取りづらくて焦り始める。丸くて長いエクレアみたいな手だから、腕全体を振らなくてはならない。足はあんぱんみたいに丸いから、かなり歩きづらい。
僕は初めて着ぐるみの中の人の気持ちを知ることができた。納得のいくかわいいデザインにできたと思っていたが、実際に着ぐるみとしての動きやすさや機能性はほぼゼロに等しかった。
もし、当初の予定通り中の人にお任せしたら、とても困らせちゃっただろうな……。
キャラクターデザインをした身として反省点が浮き彫りになる。
けれど、これもきっと今後のお仕事に活かせる改善点だよね。
凹まないよう気持ちを持ち上げる。
「まあ……なんとかなるだろう」
部長。その間は何ですか……?
僕は控え室の全身鏡の前で歩く練習と、手をふりふりする練習に明け暮れた。着ぐるみの口元から見える小さな穴。その向こうに見えた壁時計を確認すると本番まであと5分しかない。
口元の穴は視界が限られていて見にくいし……。
ほんとに僕が中の人になって大丈夫かな。新商品お披露目会は、部署一丸で取り組んできた大きなプロジェクトだ。皆を失望させたくない。それに、クライアントのフェアリーブルームの人や今日コラボイベントに参加してくれるアイドルのMilky Wayの2人にも迷惑はかけられない。
僕はふうーっと大きく息を吐いて覚悟を決めたように短く息を吸った。
気合いは十分。僕は僕にできることをやるだけだ。絶対に成功させよう。
僕の心の中のやる気炎がめらめらと燃え上がる。着ぐるみの中も少し空気がこもってきて暑くなってきた。酸欠にならないよう気をつけなくちゃ……!
「本番5分前です。ご移動お願いしまーす」
「頼むぞ。お前ならできる」
会場スタッフに呼ばれて移動を始める。控え室を出て後ろを慎重についていく。部長は隣を歩きながら僕の肩の辺りをとんとんと小突いて自信を持たせてくれた。
どうしよう。ペンギン歩きしかできない。
焦りつつも、平常心……平常心と自分に言い聞かせ、勇気を出して一歩ずつ足を前に踏み出す。
そしていよいよ、登壇の時──。
聞きなれた声が聞こえて振り返った。
「こんにちは。Milky Wayのせなです。今日はよろしくお願いします」
爽やかスマイル100%のアイドルモードのせなくん。銀色の前髪をセンターパートにしていて涼しげな目元にはラメがきらきら。襟足も外巻きにされていて、くるんとなっていて中性的なヘアスタイルだ。夢の国のお城に住む王子様みたいだなあ。
僕は声を出したら星七くんにバレちゃうし、夕貴部長からは喋らなくていいと言われているから黙って少し頭を下げる動作をした。
う……頭の部分、かなり重量があるみたい。頭だけ取れないよう気をつけなくちゃ。僕はバランスを取りつつその場で待機する。すると、耳心地のいい声が鼓膜を揺らした。
「かわいい。これがフェアリーブルームのブランドキャラクターの子なんだ」
不意に別の声が頭の上から降ってきた。甘い香水の匂いもする。そして、何故か着ぐるみの頭の部分を撫でられている。
「あ。ごめんなさい。勝手に頭撫でちゃった。Milky Wayのあおとです。よろしくね」
冷静クールなあおとくん。ステージでしか見たことがないから妙に緊張してしまう。僕はさっきと同じく無言で頭を下げた。あおとくんは重めな前髪ありのマッシュの黒髪。左目の目元には色気のある泣きぼくろ。黒猫さんみたいに美人な人。
こんなふうに気さくに声をかけてくれる人なんだ。
僕はあおとくんにクールビューティーな印象を持っていたから、少し意外だった。そうこうしているうちに司会の夕貴部長の声が聞こえた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は国民的彼氏No.1アイドルMilky Wayとのコラボ商品の発表です。パリ発の世界的スケンケアブランドであるフェアリーブルームの新商品お披露目会です。それでは、Milky Wayのおふたりどうぞ壇上にお上がりください」
僕は壇上の幕の近くで待機して、自分の被っている着ぐるみの名前が呼ばれるのを待つ。着ぐるみの口元から見える視界は良いとは言えないけれど、マイクを通して大きめの音が着ぐるみの中でもよく聞こえた。
「こんにちは。Milky Wayの銀色担当のせなです。本日は僕たちのコラボ商品のお披露目会にご参加いただきありがとうございます」
続いてあおとくんが甘い笑顔でクライアントのフェアリーブルームの担当者を見つめて言う。
「世界的スキンケアブランドのフェアリーブルームさんとコラボできてとても嬉しいです。実は僕たち普段からフェアリーブルームさんの化粧水やパックを愛用していているので、コラボのお声をいただいた時、運命だねって言い合ったんです」
和やかな雰囲気でスタートした新商品お披露目会。記者団の人たちもリラックスして壇上の2人と綺麗に飾られた商品を見つめている。
「おふたりともありがとうございます。それではさっそく、Milky Wayのおふたりとコラボしました新商品の発表をさせていただきます」
フェアリーブルームの担当者の女性が、2人と横に並んで商品の紹介を始める。
「今回、コラボしたのはこちらの化粧水ミストとフェイスパックの2つになります。お客様から人気の桃の香りをベースに、ホワイトムスクでふわっと仕上げた商品になります」
担当者の女性の説明が続き、途中2人にも話が振られる。それを丁寧に答える2人を見て、アイドルとしてダンスや歌だけじゃなく、こういったお仕事も完璧にこなせちゃうんだと思ってすごいなぁと感じた。
商品説明が終わり司会者の夕貴部長と打ち合わせをした通りのスケジュールで、着ぐるみ登壇シーンがやってきた。
「本日、初のお披露目となりますフェアリーブルームの公式ブランドキャラクターの『ルル』の登場です。拍手でお迎えください」
僕はすうっと息を吸って、はじめの一歩を踏み出した。拍手の音が鳴り止まない中、一歩一歩確実に壇上へ向かっていく。一生懸命、記者団の皆さんへ右手をふりふりして拍手に応える。
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