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第31話 【絶体絶命】夕貴部長と星七くんが一触即発!?

「朝比奈。ゆっくり飲め。咳き込むぞ」 「はいっ」  ごくごくと夕貴部長が持ってきてくれたミネラルウォーターを口につける。着ぐるみの中、すごい緊張して暑くて汗びっしょり。雨に濡れたみたいに全身が濡れてる。頭は星七くんが取ってくれて少し楽になったけど、できるなら胴体も脱いでエアコンの効いたこの控え室で休みたい。そうすれば疲れた身体も回復するはずだ。  けどこの不穏な空気……。  夕貴部長は僕の介抱に集中していて気づいてないみたいだけど、星七くんのむすっとした顔。部長を睨んでるんじゃ? と思うくらい目つきが鋭い。 「胴体も脱ぐか? そのほうが身体も冷やせるだろ」 「はい……お願いします」  自分から言うのは躊躇いがあったから、部長が提案してくれて助かった。背中にある生地で隠れているところのジッパーを下げられた。エアコンの空気がすうっーと背中に入ってきて、少し鳥肌が立つ。  僕は無事にルルの着ぐるみの頭と胴体から脱皮することができてほっと一息ついて椅子に座り込んでいた。けれど、何故か2人は気まずそうに僕から目を逸らしていて─。 「……っ朝比奈。上着とズボンはどこだ」 「あっ、そこのアイボリーのリュックにTシャツとズボンを入れてます」  夕貴部長は珍しく焦ったように僕に服を着せようとリュックの中に手を突っ込んで探してくれている。僕はふと全身鏡に自分の姿が映っているのを見て、唖然とした。  白い肌着と黒い下着姿の僕。それに、汗をかいたせいで肌着が肌に密着して胸が透けて見えている。ピンク色の乳首がつん、と上を向いていて肌着の上からでもぷっくりと主張していたのだ。 「……っ」  僕は慌てて胸の前で身体を抱きしめるように隠し、傍に立つ星七くんをこっそりと見上げた。 「……!」  星七くんの耳、真っ赤……。僕の姿を見て戸惑ってるのかな。  目をぷい、と逸らしたまま壁の方を見つめてる。  そう思ったらこの状況が恥ずかしくて、穴があったら入りたいたぬきの気持ちになった。 「ほら。朝比奈。はやく着ろ。風邪引くぞ」 「っはい。ありがとうございます……」  部長から手渡された服を急いで着て、やっと頬の熱が少しおさまってきた。エアコンの冷気で火照った身体の熱もおさまる。 「朝比奈。今日はこのまま直帰予定だったな。タクシー呼ぶから帰る支度をしておけ」 「俺が送りますよ。車あるんで」  ばちっ、とイナズマのようなものが部長と星七くんの間に走る。互いに相手を見定めているような数秒の間。僕はごくりと唾を飲み込んで2人の様子を見守った。 「あなたはMilky Wayの方ですよね? こちらとしてはクライアントの方に部下の送迎をお願いすることはできません」  頑なに断る部長。  それに怯まない星七くん。 「マネージャーには話通してるので、構いませんよ。ね、《《朝比奈》》さん?」 「え?」  自然と2人の鋭い眼光が僕を射抜く。部長の言っていることもわかるし、星七くんの言いたいこともわかる。どっちを取ればいいのか悩むところだ。  ええい。悩んでても2人の時間を奪うだけだ。少し演技して、部長には引いてもらおう。  僕はその場で、くらりと椅子に背をもたれて頭が痛そうなふりをした。頭を片手で押さえて「ううっ」と呻き声を上げる。 「朝比奈。頭が痛むのか?」  部長はすぐに僕の異変に気づいて声をかけてくれる。床に膝をついて僕の顔を覗き込む。  顔、近いな……。  演技だから、今はその優しさが辛いです……。 「……少し頭痛が……。まだ体調が回復しきれていないようなので、Milky Wayの方のお言葉に甘えて送っていただけるととても助かります……」 「任せてください。安全にご自宅まで送ります」  部長は僕の様子と星七くんのマイルドな言葉を聞いて、さっと引いてくれた。 「そうか。では、お願いします。俺はこの後も仕事がある。塩飴やるから、後で必ず食べるようにな」 「はい。ありがとうございます」  駆け足で控え室から出ていった部長。残された僕と星七くん。緊張の糸がふわっとほぐれた。 「っくく」  星七くんが急に口に手を当てて笑いだした。堪えきれない、というように。 「何笑ってるの?」  僕は気になって仕方がなくて椅子から立ち上がり、星七くんに詰め寄る。 「いや、深月の演技が上手くて。それにあの男、簡単に信じてたし」 「……もー。部長にはこれでも信頼されてるから。騙しちゃって胸は傷んだけど」 「そう。やっぱり優しいんだね、深月は。いいなあ。あんな男前の人が部長だったら仕事でも頼りになりそうだし。俺も深月と同じ職場だったらずーっと一緒にいられるのに」  あれ、星七くんの口調……。  さっきまでのカリスマアイドルモードの強引な感じからいつもの優しい口調に戻ってる。  今は完全にプライベートモードなのかな?  僕は部長からもらった塩飴を口に含んで椅子に腰掛けたまま、のびのびと手足を伸ばした。  着ぐるみの中の人ってこんなに暑くて重くて疲れるんだ……大変だなあ。 「深月」 「ん?」  不意に星七くんが僕の名前を静かに呼んだから、振り向いてしまった。    それがはじまりの合図だなんて知らなかった。 「んむっ……」  ちゅ、と唇に吸い付かれた。はむはむと上唇を優しく食んでから、星七くんが僕の膝の上に座って体重をかけてくる。  えっ? 今、キスされてる? なんで? 「……んっ」  後頭部を手で撫でられてしまい、身体の力が抜けていく。やっとエアコンで冷ました熱が再び蘇ってくるようで身震いした。  塩飴が口の中に入っているのに、僕は簡単に星七くんの舌の侵入を許してしまう。  だってこんなに甘くて気持ちいいキス、星七くんだけだもん。 「ふっ……ん」  荒い僕の吐息だけが静かな部屋に落ちる。星七くんは余裕たっぷりな様子で、僕の口の中を縦横無尽に暴く。舌先同士が触れ合い、絡んで、甘い音が鳴る。  溶けて小さくなった塩飴を舌の上で遊ばれて、もう限界。 「……んん」  僕はぽかぽかと優しく星七くんの胸を押した。けど、鍛えられた硬い胸筋はびくともしない。  ずーっとキスされてる。幸せ……。  このままもっと近くに星七くんを感じたい。  生まれて初めての欲だった。  誰かをこんなに求めたことはなかった。  そのくらい、僕は星七くんに溺れていた。 「ごちそうさま」  舌が離れた直後、星七くんがぺろっと僕の唇の周りを舐めた。紅くて形のいい舌。それがさっきまで僕の口の中をぐちゃぐちゃにしてた。  塩飴は星七くんと僕の口内の熱で溶けて消えてしまった。わずかに残るしょっぱくて甘い味。 「その顔、他の男に見せないで」 「……?」  キスに溶かされてぽーっとしてる顔、そんなに情けないかな。  僕はこくんと頷いて星七くんが荷物をまとめてくれるのをぼんやりと見ていた。  着ぐるみのお仕事以上に、今のキスが衝撃が強くてしばらく動けなかった。

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