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第32話 黒みみうさぎの睦

「ごめん。寝坊したー」  文化祭2日目スタートの15分前に玲乃が教室に入ってきた。九重くんがピエロのように貼り付けた笑顔のまま、玲乃の腕を縛り裏方へ連行する。 「九重。手ぇ痛いー」 「スタート15分前だぞ。まじでハラハラさせんなよ。西園寺ー! 玲乃連れてきた」  西園寺さんが般若の如く顔を歪めて玲乃の腕を引っ張る。 「あんたねえ舐めてんの?」 「ごめんね。でもそんなに顔顰めてたらメイクよれるよ」  遅刻したことを謝るものの、まったく悪びれない様子で口をきく玲乃に西園寺さんがバシンとクッションファンデを頬に叩きつけた。 「ねえメイクするから黙って?」 「……はい」  その時の西園寺さんの圧に玲乃は初めて女は怖いと思ったのだという。 「ふうー。やっぱイレギュラーあると、この私でも焦る」 「ごめんね。メイクも衣装もありがとう」  玲乃がきゅるると目を潤ませて言えば、西園寺さんは仕方ないなあとばかりに溜息をついた。 「まあ。元が整ってるからそんなにメイクに時間はかからなかったのがムカつく」  ぶつぶつ呟くご立腹な様子の西園寺さんを恐れて玲乃は裏方から抜け出し教室へと顔をのぞかせた。 「んん?」  玲乃は教室の入口でお客さんを待つキャストのうちのひとりに違和感を覚える。  白エプロンの黒色のメイド服を着た人物の背格好がよく知る人物に似ていて目を疑った。しかし、自分の見間違えだと思ったのにその人物のおしりには丸いふわふわの黒いファーがついていて、黒い耳もつけている。その長くて黒い耳がひょこんとこちらを振り向いた。 「おはよう。玲乃」 「……」  目を見開き無言のままの玲乃を安心させるために、僕はちょっとずつ玲乃に近づきながら再び声をかける。 「玲乃? 寝坊したってほんと?」 「睦……?」  僕が目の前で喋ったことでようやく理解したらしい。 「え。なんで。なにやってんの? キャストやるの?」  慌てる玲乃の様子を見れることが珍しくて僕は内心むふふと笑いながら事の経緯を説明しようとすると、西園寺さんがひょこっと横から出てきた。 「高見くんの代わりにね。コンカフェのキャストとして女装してもらうことにしたの。高見くんのやつ、昨日かき氷食べすぎて体調不良で急遽休みになったの」  呆れたように話す西園寺さんに玲乃も「うそでしょ」と呟く。  玲乃は真顔で手を口もとにあてた。  まるで『考える人』のポーズのような横顔に僕は綺麗だなと見入っていた。  その時の玲乃の胸の内が、嵐みたいに荒れているなんて、僕は知る由もなかった。 (──かわいいかわいいかわいいかわいい)    もちろんそんな玲乃の心の声が聞こえない僕はスカートの裾を下に引っ張ってなるべく肌の露出を避けようとする。 「守須くんって髪の毛で顔が隠れてることが多いからこんなに美形だったなんて知れてびっくり。高見くんなんかよりずっと素直でかわいい。今日は一緒にお仕事頑張ろうね」  にぎにぎと西園寺さんに手を握られて僕はこくんと頷いた。 「こんなに西園寺さんが綺麗にしてくれたから、一生懸命頑張ってみる」  西園寺さんは僕のうさ耳をつんつんとして形を整えてから教室の入口へと向かった。 「玲乃も行こ。もうお客さん来ちゃうよ」  後ろを振り返り手を差し伸べると、玲乃は無言でその手を掴んだ。

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