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第3話
映画を見終わると、僕の期待通り一磨はこの映画で新たな魅力を発揮し、その未知数な才能に驚かされた。これは天職かもしれない。僕の後押しは、日本のエンタメ界に大きな功績を残すきっかけを作ったかもしれない。
「映画面白かったね。主演の北村一磨良かったよ」
山田さんが褒めてくれたのが嬉しい。僕はまるで自分のことのように喜んでしまうのを隠しきれず、マシンガンのように、ついつい一磨の魅力を語り始めてしまう。
「熱量凄いね。湊君って北村一磨のファンなのか。だから今日試写会でデートなんだね?」
山田さんは僕の顔をのぞき込むように近づけながらそう言った。
「あ、はい。そうなんです。でも、あくまでも演技が好きなだけですからね。あと、たまたまチケット2枚手に入れたから」
僕は言い訳がましい嘘をつきながらそう言った。多分、失礼な奴だと思われている確率はだいぶ高いと思うが、今日だけはどうか許して欲しい。
「そっかあ、何か妬けるなあ」
そう山田さんが言った時だった。舞台の幕が上がり、映画の主要キャストや監督、プロデューサーたちがぞろぞろと舞台袖から現れ始めた。
僕はすぐに一磨を目で追いかけた。4ヶ月ぶりに生で会う一磨のオーラは圧倒的に輝いていて、悲しいことにとても遠くに感じた。
あれ? おかしいな。半年ぐらい前に、僕の家で一緒にカップラーメン食べたよな? あれは夢? 僕の妄想?
一磨が輝けば輝くほど、僕の心は引き潮のように遠ざかる。もう本当に手の届かない存在になってしまったことを突きつけられたみたいで、僕は思わず泣きそうになり、慌てて目頭を押さえた。
「あれ? 感動して泣いてるとか?」
山田さんはそんな僕に気づくと、俯く僕をのぞき込んだ。
「い、いえ、違います。目にゴミが入って」
「構わないよ。泣きたい時は泣けばいいさ」
山田さんは優しくそう言うと、僕の肩をそっと抱き寄せた。
僕は少し驚いたけど、その優しい言葉に、山田さんに対する罪悪感が増してしまい、こんなことをしている自分が情けなくて嫌になる。
僕は目まぐるしい感情に耐えきれず、思わず山田さんの肩を借りると、そっと頭を乗せた。
その時だった。偶然にもちょうど僕の真正面に座った一磨と、ばっちり目が合った。一磨は僕に気づくなり、これでもかと大きく目を見開いた。僕は気づかれたと思い、慌てて山田さんの肩から頭を上げたが、それと同時に、山田さんは僕の手を取ると、わざと指を絡ませるように手を繋ないでくる。
「山田さん?」
僕は驚いて山田さんの方を見た。
「見て、北村一磨、俺たちのことガン見してるよ。何で?」
「え?」
慌てて一磨の方に目を向けると、一磨は露骨に驚いた顔しながら僕たちを見ている。それは、今にも立ち上がり、こちらに近づきそうな勢いだ。
「北村さん。今回は映画の初主演でしたが、苦労した点は何ですか?」
その時、『何で今?』と、突っ込みたくなるタイミングで、司会者が一磨に質問を投げかけた。
「北村さん? あれ? 北村さーん?」
全く反応がない一磨に、司会者が一磨の名を何度も呼んだ。司会者の言葉が耳に入っていないのか、固まったまま一点を見つめる明らかに様子のおかしい一磨に、会場内はザワザワとざわめき始める。
僕はやばいと思い、山田さんから手を離そうと思った。何となくそれが、一磨を刺激しているような気がしたからだ。
一磨は僕がゲイだということを知らない。でも、今の僕たちのやりとりで気づかれてしまったかもしれない。男の肩に頭を乗せたり、恋人つなぎをしたりしたら、否が応でも僕がそっち側の人間だと気づくかもしれない。
本当はそんなつもりなどなかった。でも、以外にも積極的な山田さんのせいで、図らずもこんな大舞台で一磨に動揺を与えてしまうなんて。
ごめん。一磨。そんなつもりじゃなかったんだ。
一磨があれほど動揺しているのは、ゲイのような行動をしている僕に驚き、失望しているからかもしれない。そう思ったらまた泣きたくなってしまい、僕は涙を堪えるために必死に瞬きをした。すると、またもや山田さんは、僕の頭を優しく撫でながら引き寄せ、そっと僕の頭に唇を押しつけるという、過激な行動を起こす。
「もしかして湊君……北村一磨と知り合いなの? じゃないとあそこまで俺たちのこと睨まないよね?」
山田さんは僕の頭に唇を付けながら、怯える顔で正面を見つめている。
「え? それは……」
僕がそう言いかけた時だった。
「本当にすみません!! ちょっと失礼します!!」
突然一磨は大声でそう言うと、観客席に深々とお辞儀をした。そして、僕たちの方に近づき、ワナワナと震えながら僕たちを見下ろすと、舞台袖に走って消えてしまった。
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