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第4話
「一磨!!」
僕は思わずそう叫びながら立ち上がった。観客が一斉に僕に視線を向けるのが分かったが、僕は隣にいる山田さんに『ごめんなさい』とだけ言い、深く頭を下げると、迷わず一磨の後を追いかけた。山田さんは少し悲しそうな顔をして僕を見ていた。
舞台の袖に消えた一磨を、僕は躊躇いなく、正面から舞台によじ登って追いかけた。僕の行動は完全に不審者で、僕は危うく係員に捕まりそうになったが、何とかすり抜け、舞台裏の通路の突き当たりをちょうど右に曲がる一磨の後ろ姿を見つけると、大声で一磨の名を呼んだ。
「一磨! 待って!」
僕がそう叫び右に曲がった時だった。誰かに背後から腕を掴まれ強く引っ張られた。視界が一瞬暗くなり、ここは何処だと驚きながら辺りを見渡すと、自分が倉庫らしき薄暗い部屋の中にいることに気づく。
「湊……何で?」
その時、僕の背後で声がした。その声は明らかに動揺し、震えている。
「一磨?」
僕は急いで振り返ると、僕の背後には、苦しそうに眉をしかめる一磨が立っていた。久しぶりに近くで見る一磨は、息を呑むほど格好良くなっていて、別人かと疑ってしまう。
一磨は僕と目が合った瞬間、僕の両肩を掴むと、僕を倉庫だと思われる部屋の壁に強く押し付けた。
「……俺の試写会で、俺の目の前で、知らない男と、何で湊はイチャイチャしてるんだ? 一体どういうつもりだ?」
一磨は僕をまっすぐ見つめながら、必死の形相で僕に詰め寄った。
「え? 何でって、それは……」
言えるわけがない。自分はゲイで、一磨がずっと好きで、その思いを諦めるためにわざわざ試写会まで来たなんて。そんなことをここで口にしたら、一磨をひどく悩ませてしまうに決まっている。現に絶好調な一磨の芸能活動に、悪い影響など絶対に与えたくない。
でも、僕は今、現在進行形で一磨にとても悪い影響を与えてしまっているようだ。試写会中に主演俳優が退席するなどあってはならないのに。会場内は今、絶対パニックになっているはずだ。
「そうだよ、一磨! 何してんだよ。こんな所にいる場合じゃないよ。早く舞台に戻りなよ!」
僕は話を変える意味も込めてそう言った。こうなったのは自分のせいなのは分かっているが、今はいち早く一磨を舞台に戻すのが先決だ。
「嫌だ! 戻らない! 俺は湊ここにいる。やっと会えたんだぞ?……でも、何でこんな形で俺たち会ってんだよ! くっそ」
一磨は深く項垂れると、悔しそうにそう言った。
「駄目だよ。そんな我が儘。一磨はもう自分だけの人生を歩んでいないんだからね。こんなことしたらたくさんの人に迷惑かけちゃう……あれだけのファンがいるのに」
僕も一磨の両肩を掴むと、必死に心込めて伝えた。本当にそうだ。一磨はもう多くの人を巻き込んでいる。
「関係ない……俺には湊が……」
その時、部屋のドアを強く叩く音がした。
「一磨!! ここにいるのか!! 今すぐ出てこーい!!」
マネージャーらしき人がドアをガンガンと叩きながらそう叫んでいる。僕はまずいと思い、もう一度一磨の肩を強く掴むと、上目遣いで懇願する。
「一磨! やばいって、早く戻らないと」
一磨は僕を数秒間見つめると、いきなり僕の耳元に口を寄せた。
「今から俺の言うことを聞け。じゃないとここから出ない」
「は? 何それ」
僕は一磨との至近距離に焦り、慌てて離れようとするが、力が強くて敵わない。
「いいから聞け。二週間後の水曜日18時に、二人でよく行ったあの場所で待ってる。必ず来い。確認したいことがあるから」
「確認したいこと?」
「そうだ。必ず来てくれ……その前に、あの男は湊の何なんだ?」
「え?……た、ただの、友人だよ」
僕は一磨から顔を背けると、上ずった声でそう言った。
「友人? 湊はただの友人と、恋人繋ぎをしたり頭にキスされたりするのか?」
一磨に耳元に囁かれ、僕の心臓は破裂寸前になる。ダメだ。早く離れてほしい。心臓が持たない。
「ち、違うよ。あれは僕の友人が、変な冗談が好きなだけで……」
「変な冗談? そんな風には見えなかったぞ? 湊、お前ってやっぱり……」
一磨がそう言いかけた時、またドアが強く叩かれた。僕と一磨は同時のドアの方に目を向けると、鍵を差し込まれているのか、部屋側のドアノブの鍵がゆっくりと回る気配を感じた。
「やば、ドア開けられる……湊! 約束分かったか? 必ず来いよ!」
一磨は必死に僕の耳元にそう囁く。
「わ、分かったよ」
僕がそう答えたと同時に、部屋のドアが勢いよく開いた。そのタイミングで一磨は僕の肩をいきなり抱き寄せると、滝汗を流した太ったマネージャーに向かって信じられないことを言い放つ。
「ごめんよ! 行方不明だった仲の良かった従兄弟が目の前にいて、感極まって席から飛び出しちゃったんだ」
はあ?
僕は唖然として一磨を見つめた。
「今すぐ戻るよ。本当に迷惑かけてごめんなさい」
一磨は、俳優さながら涙ぐむ演技までしてマネージャーに深々と頭を下げると、僕に向かって『じゃあ、また連絡するよ』と爽やかに言い、部屋を出て行った。
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