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第6話
一磨との思い出は沢山ある。高校で一磨と出会い、お互いに惹かれ合い不思議なほど自然に友達になれた。毎日のように一緒に帰ったり、お互いの家で勉強をしたり。そのどれもが良い思い出で、僕の中で宝物のように存在している。
でも、一磨とは一度だけ喧嘩をしたことがあった。
僕らは大学生の時、休みの日に良くラジオの公開収録に行った。完全に僕の趣味に付き合わせて。一磨は、自分には特に趣味がないからと言って僕に付き合ってくれていたが、本当は無理をしていなかったか、今でも少し不安になる。
あれは大学2年の冬だった。ある日、いつものように一磨と、とあるラジオ局の公開収録に行く約束をしていた。その公開収録は、たまたま一磨の好きな作家が出演する回で、前々から楽しみにしていた。にもかかわらず僕は、前日のゼミの飲み会を断り切ることができず、ダラダラと明け方まで飲んでしまい、気づいたら、同じゼミの子の家で目が覚めた。それも夕方の17時に。慌ててスマホを見ると、一磨からの着信が50件近くあった。僕はやばいと思い、すぐに返信をしようとしたが、一磨に嫌われたらどうしようという妄想が暴走してしまい、怖くて電話ができなかった。僕はあの時の焦りと恐怖を、今でもありありと思い出せる。
次の日、僕は一磨の大学に自分から向かい、ちゃんと顔を合わせて謝ろうと思った。本当は逃げ出したいくらい怖かった。
僕は一磨に会ったらすぐに謝ろうとした。でも、一磨は僕に会うなり、ものすごい剣幕で僕に怒りをぶつけてくるから、全く謝る余地がなかった。
『どうして電話に出なかったのか』『何故返信をくれなかったのか』『もの凄く心配で夜も眠れなかった』『湊がこんなテキトーな奴だとは思わなかった』とか、これでもかと怒りを爆発させてきたから、流石の僕も『そこまで言わなくても!』となり、その場で初めて喧嘩になった。
その日は喧嘩別れするような形になったが、その日の夜には一磨から電話が来て謝罪をもらった。僕も悪かったと伝えたら、気まずさは一瞬で消えて、二人で安堵のあまり涙ぐんだことは、僕と一磨の思い出の中で一番心に残っている。
僕は自分がゲイだということを高校生辺りから薄々感じてはいたけど、本当は確信が持てていなかった。でも、一磨と喧嘩をした日を境に、僕の一磨に対する恋愛感情は大きく膨れ上がってしまった。そのことが、僕の曖昧だった性思考を、しっかりと確信に変えるきっかけになったことは言うまでもない。
僕は男なのに、一磨があんなに感情的になって僕を心配してくれたことが嬉しかったのもある。僕は愚かにも錯覚しそうになっていた。一磨も僕を好きなんじゃないかって。でも、その気持ちはやっぱり愚かだと思い、すぐに打ち消して今に至る。
待ち合わせの場所は、公開収録に良く行ったラジオ局の一階にある喫茶店だと僕は思って来ているが、果たして合っているだろうか。勘違いだったらどうしよう。少し不安になってくる。
公開収録が終わると、ここで良くお茶を飲んだ。2人ともこの喫茶店の雰囲気が好きで、僕は紅茶を、一磨はコーヒーを飲みながら、公開収録の感想を言い合った。
僕はあの頃の思い出に浸りながら、ミルクティーを注文し、一磨が来るのを待った。
季節はもうすぐクリスマスだ。喫茶店の内装もクリスマス仕様に彩られていて、この季節特有の空気感に心がワクワクする。
時計の針は待ち合わせ時間の10分前を刺していた。久しぶりに二人きりで思い出の場所で会える。僕は胸の高鳴りを押さえようにも抑えきれず、トクトクと脈を打つ心臓にそっと手を当てた。
そうだ、一磨が僕に確認したいことって何だろう……。
そんなことをぼんやり考えながらミルクティーを飲んでいると、僕のスマホが鳴った。慌ててスマホの画面を確認すると、相手は一磨だった。僕は少し嫌な予感を感じながら電話に出た。
「もしもし、どうしたの?」
僕はすかさず一磨に問いかけた。
「湊……ごめん。急に仕事が入って行けなくなったんだ」
明らかに落胆しているのがその口調から痛いほど伝わって来る。本当は僕も心の底からがっかりしているが、一磨にそれを知られたくなくて、つとめて明るく言い返す。
「しょうがないよ。一磨は今売れっ子だから。この時期を大切にしないとね」
「……は? 何のために?」
「え? 何のためって、応援してくれるファンとか、事務所のスタッフのためとかでしょ?」
一磨は僕の言葉を聞くと、電話越しに深い溜息を吐いた。
「湊に会えない今なんて、俺にとって全然大切じゃない……」
「一磨? どうしたの?」
そんなことを言う一磨の気持ちが分からなくて、僕は慌ててそう問いかけた。
「……いや、何でもない。ちょっと悔しくなっただけだよ……またすぐ電話する」
一磨はそう言うと、少し乱暴に電話を切った。
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