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第9話

 初めてラジオの収録現場に入るとことができ、僕は一気にテンションが上がった。夢にまで見たラジオ局のスタジオの雰囲気に、僕の胸はめちゃくちゃに高まる。  僕たちは、プロデューサーから番組の進行についての説明を一通り受けると、スタッフがいきなり『北村一磨さん入りまーす』と大きな声で言った。  僕はスタジオに興奮していた気持ちを一気に緊張に変えると、スタジオのドアが開くのを恐る恐る見つめた。  一磨は静かにスタジオの中に入ってきた。黒のタートルネックに紺色のツイードジャケットを羽織った一磨は、いつもよりも大人っぽくて、僕はその魅力に息を呑んだ。僕も今日はスーツを着ているが、まるで着こなせてなくてひどくおこちゃまな気がする。  一磨は僕と目が合うと、あの時と同じように大きく目を見張った。本当にこんな形で二回も一磨を驚かせてしまって、ひどく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。僕は顔を引きつらせながら、必死に一磨に笑顔を向けた。  一磨は僕からすぐに目を逸らすと、案内された席に座り、番組は予定通りスタートした。  一磨への質問コーナーは番組終盤の企画で、その間僕は、こっそり一磨を見つめた。やっぱり僕の気のせいではなく、一磨の頬は少しこけている気がする。僕は一磨の集中力をそがないように、じっと静かに一磨を観察した。 「さて、次はお待ちかね質問コーナーの時間です。今日は当ラジオ局のインターシップの学生さんたちがスタジオにいらしています。その中から北村さんへの質問を募集したところ、こちらの3名が選ばれました」  アナウンサーが恙なく番組を進行していく。どうやら僕の質問が最後で、トリのような扱いを受けている。僕は他の2名の番が終わるのを緊張しながら待った。 「さて、最後の質問です。桜井湊さんお願いします」  アナウンサーに促されると、僕は軽く深呼吸をした後、一磨にこう問いかけた。 「北村一磨さんにとって、人生で一番大切な、胸を熱くさせるものは何ですか?」  一磨は僕の質問にハッとした表情を浮かべると、食い入るように僕を見つめた。 「俺には……」  一磨はそこで言葉を詰まらせると、まるで何かを決意するように、瞳に強く力を宿らせた。 「ずっと好きな人がいます。その人は、ラジオがとても好きで、全く趣味のなかった俺は、その人の誘いを受けて、良く公開収録に行きました。俺はその人が好きだったから、公開収録に付き合うのは全く苦じゃなくて、むしろ、楽しそうに俺の横で笑う姿を見ているのが、とても嬉しかった……」  スタジオ内がシンと静まり返る。僕は一磨が何を言おうとしているのかが分からず、困惑した表情で一磨を見つめた。 「俺が芸能人になったのも、その人が勧めたからです。その人が喜ぶなら俺は何でも良かった。でも、俺は今後悔しています。俺が人生で一番大切で、一番胸を熱くさせるその人に会えないからです。俺は芸能人としての地位や名誉よりも、その人を選びたい。今すぐにでも……」  僕は一磨に見つめられながら、一磨の言葉を震えながら聞いた。明らかに様子のおかしい僕に、番組スタッフたちが気づき始める。 「俺は彼を愛しています。でも、彼が俺の気持ちに応えてくれるかは分からない。もしかしたら、他に好きな人がいるかもしれないし……」  僕は涙が零れそうになるのを必死に我慢した。でも、我慢しきれず、僕は生放送であるにもかかわらず、思わず席を立った。  やっぱり、やっぱり、一磨も僕のこと……。  それは喜びよりも驚きの方が強すぎて、僕はフラフラと夢遊病者のようにスタジオのドアまで向かった。 「あ、あれ? さ、桜井さん、どこに行かれます?」  アナウンサーがスタジオを出ようとする僕に気づき、思わずそう言ってしまう。番組スタッフたちは慌てて、アナウンサーに進行を元に戻すように合図を送る。 「い、いやあ、し、しかし北村さん。なかなかの濃い恋愛をされているようで。で、でも、これって映画の宣伝の延長ですよね? フィクションですよね?」  アナウンサーが、取り繕うように必死にその場の空気を変えようとしたその時だった。 「湊! 待って」  ドアを開けてスタジオを出ようとする僕に一磨は言った。僕は振り返ることもできず勢いを付けてドアを閉めると、闇雲にラジオ局の廊下を走った。

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