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第7話
俺たちの前に二人の男女が現れた。一人はもちろんカナダ人の女性プロデューサーで、もう一人は日本人の男だった。俺は日本人の男を見た時、驚きのあまり口をあんぐりと開けてしまった。
この男……。
それはあの時、俺の舞台挨拶に湊と来ていた男だった。多分名前は、田中とかだったと思う。俺はまさかのこの展開に頭が追い付かず、プロデューサーへの挨拶もしどろもどろになってしまう。
俺たちはお互いに握手を交わすと、アメリカ人の女性プロデューサーは、俺を値踏みするように、頭の先から爪先まで視線を這わせた。男の方は、俺と握手をした瞬間、『僕のこと覚えてますか?』と小声で言った。
「え?」
俺は、男を見つめながら固まってしまい何も言えなかった。ただ、この男の余裕のある態度が妙に癪に触ってしまい、俺はつい男をきつく睨んでしまう。
こいつは湊と……。
もし、あの舞台挨拶に湊がこの男と来なかったら、今頃湊は、この田中という男と付き合っていたかもしれない。そう思うと、俺は一瞬で頭に血が上ってしまいそうになる。
俺たちはソファーに座ると、プロデューサーはすぐに、隣に座る田中に何かを伝えた。田中は頷きながら彼女の言葉を聞くと、俺たちに通訳をして伝えた。
「一磨さんに直接会って、本当に自分の理想以上の人で感動しているって言っています。あなたと一緒に仕事ができることが光栄だって」
俺は別段褒められても嬉しくなくて、それよりも、目の前にいる田中という男が気になってしまい、女性プロデューサ―との会話を適当に熟しながら、田中の様子を逐一観察した。
田中は、育ちの良さが伝わる気品さを醸し出している。所作の一つ一つが洗練されていて、湊が、この男と付き合おうと少しでも思ったことがめちゃくちゃ悔しいが、何となく分かる気がした。
今日のこのラウンジでの顔合わせは、俺が、女性プロデューサーがイメージするキャラに通ずるかを、直接会って確認するということらしいが、どうやら俺はお眼鏡に適ってしまったらしく、女性プロデューサーは意気揚々と、今後の撮影スケジュールを、マネージャーを通して伝えている。
俺はこの仕事がなくなる可能性を僅かに期待したが、もう確実に決まってしまったらしく、どんどん自分の心が苦しくなっていくのが分かった。
半年って、一年の半分だぞ? その間湊に会えなかったら、俺、どうなっちゃうんだろう……。
俺は急にとてつもない不安に苛まれた。急に心臓がドクドクと鳴り出し、冷や汗が出てくる。
その時、俺の様子に気づいたのか、田中は急に立ち上がると、俺の肩に手を置き、『少し休憩しませんか?』と言った。田中はすぐ、女性プロデューサーに英語で、マネージャーには日本語でそう伝えると、女性プロデューサーは納得したように頷き、微笑んだ。
田中は、ホテルのロビーまで俺を連れて行きソファーに座らせると、座った瞬間から俺をマジマジと見つめた。
「湊君は……お元気ですか?」
俺は、田中の口から湊という名前を聞いただけでカッとなってしまい、条件反射的に田中をまた睨んでしまう。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。僕はただ、湊君とあなたが、あの後どうなったのかを知りたいだけなんです」
田中は理性的な大人な雰囲気でそう言った。その自分とは真逆の落ち着いた態度に、俺はひどく情けない気持ちになってしまう。
「……あなたには関係ないでしょ……湊は、俺の恋人ですから」
俺は田中の目を真っ直ぐ見つめながらそう言った。
「ああ、やっぱり、あなたたちは恋人同士になったんですね。良かった。湊君が報われてくれて……」
俺は田中のその余裕のある態度が理解できなくて、本当に? と訝しんでしまう。
「湊君に会えた時、こんな奇跡があるんだと思うくらい嬉しかったけど、やっぱり運命の相手は僕じゃなかったって分かって、凄く辛かったんです……今でも、あなたの舞台挨拶の時を思い出します。僕の肩にしな垂れかかった時の湊君の体温も、柔らかな髪に口づけした唇の感触も……」
田中は挑発するように足を組みながら、俺を淀みなく見つめそう言った。俺は田中の言葉に、爪がめり込むほどの力で、拳をぎゅっと握りしめる。
「分かりますか? 僕のこの悔しい気持ち。あなたは湊君を手に入れたんだ。だから絶対に彼を悲しませるようことだけはしないでください。僕があなたに言いたいのはそれだけです」
「悲しませるって何ですか? そんなこと、あなたに言われなくても絶対にしませんよ。全く持って余計なお世話です」
俺は握った拳から力を抜くと、心落ち着かせながらそう言った。この男には負けたくないという気持ちを隠し持ちながら。
「そうですか。でも、恋人と半年も会えないんじゃ、湊君寂しいだろうな。今度連絡取ってみようかな……」
田中のその言葉に、俺は視界が真っ赤に染まるほどの怒りを覚えてしまい、思わず田中の胸ぐらに手を伸ばしそうになる。でも、俺は深呼吸を何度もすると、その衝動を必死に抑え込む。
「……どうぞご勝手に。その程度で壊れるような俺たちじゃないので。俺と湊は、離れていてもずっと繋がってますから」
本当は田中のことを殴り飛ばしたいくらいの気持ちがあるが、こんな場所でスキャンダルを起こすことを一番望んでいないのは湊だ。
「……そうですか。それは良かった。じゃあ、遠慮なくそうさせていただきます」
「は?!」
田中はにこやかに『そろそろ戻りますか』と言うと、ソファーからゆっくり立ち上がり、ラウンジに向かい歩き始める。
「ちょ、あんた何言ってんだよ!」
俺も慌てて立ち上がると、ラウンジに向かい歩き始めた田中の背中に向かって、思い切りそう叫んだ。
「証明してみてくださいよ。僕に。半年間離れ離れでも、あなたと湊君は絶対に大丈夫だって……」
田中は俺にゆっくりと振り返ると、挑むような目つきでそう言った。
「……ああ、してみせますよ! 絶対に! 俺には自信しかない!」
俺の言葉に、田中は僅かに動揺するように眉間を曇らせた。俺はそんな田中に鼻息が荒くなる。
そうだよ。俺と湊の関係は絶対だから……あんたが入る余地なんてないんだよ!
俺はそう強く自分に言い聞かせると、『俺もラウンジに戻ります!』と言って、田中を追い越した……。
第5章に続く
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