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第五章(第1話)
一磨がカナダへと旅立ったのは、偶然にも僕の入社式と同じ日だった。僕は空港で一磨を見送ることもできなくて、前日の夜に、電話で少し話をするぐらいしかできなかった。その時何故か、一磨は山田さんのことを聞いてきた。
山田さんとは、一磨と気持ちを確認し合えた時に、正直にお断りの電話を入れようと思ったが、携帯の番号もラインのIDも変えてしまったのか、連絡が付かなった。それならとマッチングアプリで連絡を取ろうとしたが、山田さんはいつの間にか退会をしていて、僕と彼を繋ぐ手段は完璧に消えてしまっていた。
僕はそれを一磨に知らせると、一磨は何故か安心したように『そうか』と一言だけ言った。僕は少し不思議に思ったけど、別段気にもせず、一磨との電話を終わらせた。
半年間離れ離れ。それは恋人同士にはとても長い時間だ。さすがに半年間もずっと会えないなんてこと、僕と一磨の中では始めてだ。この初体験を僕は、自分がやりたいと思って手に入れた、ラジオ局勤務という仕事に無我夢中で取り組んで、何とか乗り越えようと考えている。余計なことは何も考えず、自分の仕事にただひたすら集中するのみ。僕はそう強く自分に言い聞かせながら、毎日勤務をしている。
新入社員は、入社時に配属部署の希望を取らせられる。希望通りになった試しがないと聞いていたが、人事部が僕の適性に合っていると判断してくれたのか、僕は運良く希望通りの制作部に配属された。
でも、もちろんいきなり番組企画にメインで携われるようなことはなく、新人は、ラジオゲストの資料をリサーチしたり、ロケの荷物運びだったりと、裏方に徹することが殆だ。でも、希望の部署に配属された幸運を僕は絶対に無駄にしないと決め、与えられた仕事に真摯に取り組んでいる。
ただ、ひとつだけとても気になることがあった。それは何かと言うと、僕と同じ制作部に配属された同期のことだ。
彼の名前は神野真樹(じんの まさき)と言い、僕と同い年だ。彼は、ドッキリという名目で誤魔化した、一磨とのラジオ放送の時に僕と一緒にインターンとしてスタジオにいた男だった。彼もこのラジオ局に採用され、尚且つ、僕と同じ部署に配属されてしまったことに、僕は正直頭を抱えてしまった。
番組を企画したプロデューサーがリアリティを持たせるために、一磨の恋人役を、役者ではなく、わざと現役の大学院生である僕に演じさせるという企画だったと、スタジオにいたすべての人間に上手く説明し事なきを得た。ただ、何故、同性愛という設定にしたのかの説明は、昨今のBLブームに便乗したと言って、プロデューサーは顔を引きつらせながら高笑いをしていたと、後になって一磨のマネージャーから聞かされた。
だから僕は一応、このラジオ局では、番組に役者として貢献した元大学院生として通っている。面接でも、特にそのことに触れられることはなく、僕は無事採用されてしまった。もちろん、あの時の敏腕プロデューサーだけは、僕と一磨の関係を知っているが、彼にはもちろん人事権などないから、僕と制作部で顔を合わせた時は、目玉が飛び出るほど驚いていた。
はあ、すみません……まさか一緒に仕事をすることになるなんて……。
僕は心の中で、彼に最大限に謝罪する。
神野は、僕を入社式で見かけると、向こうから近寄り、僕に声を掛けてきた。僕は正直知らない振りをしたかったが、そんなことは無理で、『君も採用になったんだね。お互い頑張ろう!』と無難な挨拶を交わし、その場から素早く逃げた。
でも何の因果だろうか。まさか彼と同じ部署に配属されるなんて。でも、今のところ彼はあの時のことに触れてくる様子はなく、僕がまたネガティブに考え過ぎているだけだと、そう思うことにした……。
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