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第6話

 一磨からビデオ通話が届いたのは、日曜日に、自分の部屋のベッドでうつらうつらしていた時だった。気づくと、すでに一磨がカナダへ旅立ってから一月半が過ぎていた。  僕は毎日なかなかの激務で、せっかくの休みにもかかわらず外出する気も起きなくて、読みかけの本をぼんやり読んでいる間に睡魔に襲われていた。  僕は着信音に飛び起きると、頭の脇に置いていたスマホを素早く手に取った。着信画面の名前を見た瞬間、胸が躍るのが分かった。それはビデオ通話の通知で、相手が一磨だったからだ。  時刻は午後の二時だった。多分カナダはちょうど午前零時ぐらいだと、僕は素早く頭を回転させる。  僕は逸る気持ちを抑えながらゆっくりと画面をタップした。タップした瞬間一磨の顔が画面一面に現れ、僕はその顔を見た瞬間、思わず泣きそうになってしまった。張りつめていた心の糸が切れたみたいに、涙腺が決壊しそうになる。 「一磨!」  僕はそう言うと、ベッドに正座をして座りなおす。 「湊、やっと電話できたよ」  一磨は笑顔でそう言うが、僕はすぐに一磨の表情にいつもの輝きがないのが分かった。少しやつれているような気がして、僕の、零れそうになっている涙は急に堰き止められてしまう。 「撮影始まってまだ一週間なんだよ。それまでの準備期間がえらく長くてさ」  一磨はうんざりしたようにそう言うと、自分もベッドの上にいるのか、白い壁に寄りかかるようにして座りなおす。 「そっか、英語の発音とか、すごく大変そうだよね」 「それが一番キツイかも……」  一磨は天を仰ぐような仕草をすると、溜息交じりにそう言った。上を向いた時の顎のラインがいつもよりシャープに見える。もしかしたら海外の食事が口に合わないのかもしれない。そんな想像が僕の頭の中で勝手に動き回る。 「ちゃんとご飯食べてる?」  僕はわざと、一磨をしつこく見つめるような仕草をしながらそう言った。 「それがさ、カナダの食べ物って味気ないっていうか、味が素朴過ぎて、食べてもテンション上がらないんだよ。だから自然と食欲失せちゃってさ……」  一磨は口をへの字にしながらそう言った。  海外生活で何が一番辛いって、食べ物が口に合わないことだ。でも、今は海外に日本のコンビニもあるけど、毎日コンビニというわけもいかないだろうし。 「そっか……でも、食欲無くてもちゃんと食べないと……ね、一磨」  僕は心配を押し殺すようにわざと笑顔でそう言った。 「そうだね。食べるよ……ところでさ、湊は? 仕事順調?」  一磨はさっきの僕みたいに、僕をまじまじと画面越しに見つめながらそう言った。  実はあのラジオ放送の時にいたインターンの子と同じ部署になってしまったことを話そうか迷ったが、何となく今はやめておこうと判断する。  そしてもう一つ。僕たちのあの放送での出来事が、一人の視聴者を傷つけてしまったことを知ったメールのことも、僕は今ここで一磨に話すことができなかった。 「順調というか……ただ、毎日が余計なこと考えられないくらいめちゃくちゃ忙しくて、逆にそれが助かってるかも……」  一磨は顎を指先で摩りながら、何かを考えるような仕草をすると数秒間黙った。 「……それって、俺のこと考えちゃうのを、忙しさで紛らわしてるってこと?」  一磨は、画面に少し顔を近づけるとそう言った。 「やめてくれよ……言わせないでくれよ」  僕は一磨から顔を反らすと、ベッドに仰向けに寝転んだ。 「……嬉しいような、寂しいような複雑な気持ちだな。俺はどっちかって言うと、いつも湊のこと考えてるよ。早く会いたい。早く会ってキスしたい……もちろんそれ以上のこともめちゃくちゃしたいって……」  一磨はわざと官能的にゆっくりとそう言った。そのせいで、僕の胸はカッと熱くなり、呼吸が乱れてしまう。 「……僕に何を言わせたいの?」  僕はわざと怒ったような顔をして一磨を見上げた。 「俺と同じだって言ってほしい」  一磨は真剣な顔で僕を見下ろすけど、僕はその真っ直ぐな視線を上手く直視できない。 「……はあ、同じだよ。だから忙しくてありがたいんじゃないか……そうじゃなかったら、僕の気が狂っちゃう……」  僕は微妙に一磨の視線をずらしながらそう言った。 「……気が狂うほど、俺に会いたくなっちゃうって思っていいのね?」  一磨はまだ僕を追いつめるようにそんなことを言う。どこか楽しんでいるのか、目の奥にきらりと光が覗く。 「もう、この話終わり!」  僕は仰向けからうつ伏せに体勢を変えながらそう言った。 「はは、あー今すごい幸せ。湊と話せて元気百倍出た。俺今まで、自分がこんなにも上手くいかなかったことなかったから。毎日挫折してるんだよ……」 「一磨……」  僕は、海外の映画に出演することの大変さを、一磨の口から聞いて改めて思い知らされる。それは本当に当たり前のことで、生半可な精神力じゃ乗り越えられないことだということを。 「僕もだよ。僕も同じ。社会人になってね、毎日が勉強だって気づいたんだよ。自分の不甲斐なさに落ち込むことも沢山あるし……でも、一磨も頑張ってると思うと、僕も頑張れる……本当に不思議なくらい頑張れるんだよ」  僕は一磨にそう強く訴える。この思いが一磨に届くように心を込めて。   一磨は、僕の言葉を噛み締めるように小刻みに頷く。僕はそんな一磨の顔を探るようにチェックする。   やっぱり、いつもの一磨と違う気がする……。  僕は、最初にビデオ通話で顔を合わせた時の違和感を反芻する。 「湊に会えるまであと四か月半か……撮影はさ、あと三か月ぐらいで終わると思うんだ……ただ、撮影終わってもプロモーションの仕事が残ってるんだよ。宣伝に海外を飛び回るようかもしれない……」  一磨は溜息交じりにそう言うと、気持を切り替えるように笑顔を作った。 「湊……俺たちは離れていても心は繋がってる。絶対に……」  一磨はまるでそれが僕たちの合言葉みたいにそう言った。 「そうだよ。その通り。忘れないでいてね」 「うん。忘れない……あっ、そうだ、あのさ……」  急に一磨が僕に何かを言いかけた。 「何?」 「いや、何でもない……」  一磨はそう言うと、また笑顔を作り僕に投げキッスを送る。  僕も笑顔でお返しすると、僕と一磨は、名残惜しくビデオ通話を終わらせた……。

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