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第7話
まるで僕の終業時間を見計らったようにポケットのスマホが鳴った。僕がエレベーターから下りて、ちょうど玄関の自動ドアを潜ろうとしていた時に。
今日は珍しく定時で帰れたから、この貴重な時間を何に使おうかと考えていたのを僕は一旦やめると、スマホの画面を見つめた。
着信画面には見慣れない番号が並んでいた。最近、詐欺まがいの妖しい電話がかかってくることが良くある。これもその類かと思い、電話が切れるまで無視をしようと思ったが、番号を良く見ると、いつものそれとは違う気がして、僕は、もしかしたら会社関係の人からかもしれないと思い直し、慌てて画面をタップした。
「もしもし……どちら様でしょうか?」
僕は恐る恐る丁寧に言った。
「……湊君?」
「え? そうですけど、え? 誰?」
「僕だよ。山田勇二。まさか覚えてくれているよね?」
「や、山田さん! どうして? 全然連絡できなくなっちゃったから、僕は、その……」
僕は想定外の人物からの電話に驚き、思わず声が裏返る。
「ねえ、今時間ある? 食事でもしない?」
「え? 今からですか?」
「そう。急でごめんね。久しぶりに湊君に会いたくなってさ……」
山田さんはあの頃と変わらないフラットな感じでそう言った。
「……あ、はい。丁度定時で帰るところだったので……大丈夫です」
僕は一磨と付き合うことになったことを、山田さんに直接話せていない。それは山田さんが急に連絡先を変えたからだ。
でも、そうでなくても自分にはそれができたか、僕はいつもそのことにモヤモヤしていた。だからこれを機に、ちゃんと伝えることが山田さんに対する誠意だと判断し、僕は山田さんからの食事の誘いを受けることにする。
「良かった……じゃあ、今からショートメールに店の住所送るから。そこに一時間後に集合ね」
「はい。分かりました」
電話を切ると、一分も経たずにメールが届いた。僕はすぐに店の住所を確認すると、その店はちょうど自分がいる場所から徒歩と電車で四十分くらいの距離にあった。僕はまっすぐ駅に向かうと、アプリを使い何線に乗るかを確認する。
でも、どうして急に僕に会いたくなったのかな……。
僕は山田さんからの突然の連絡に不思議に思う。多分、山田さんは僕と一磨が付き合っていることは知らないと思う。でも、もしかしたらそういう可能性があると思い、自分から身を引くように、あの時連絡先を変えたのかもしれないと僕は思っていた。山田さんは知的で思慮深いところがある人だからだ。そんな山田さんが急に僕に会いたいと連絡をしてくるのは、一体どういう心境なのか。僕はそれが気になった。
山田さんに誘われたレストランに行くため電車に乗ると、電車の中は帰宅ラッシュでなかなかの混雑だった。朝の通勤ラッシュに比べれば比じゃないが、まあまあ密度が濃くて疲れるレベルではある。
僕は吊革に掴まりながら、ぼんやりと車窓の景色を見つめていると、自然と山田さんとの初デートの日を思い出してしまう。
あれは忘れもしない一磨の映画の舞台挨拶で、あれがきっかけで、僕と一磨は今恋人同士という関係になれている。
でも、僕は山田さんにとても失礼なことをして傷つけてしまった。僕は一磨を忘れるために、山田さんとあの舞台挨拶に行ったのだから。まさかあんな展開になろうとは思いもしなかったが、僕が山田さんをあの場所に連れていかなければ、山田さんを不用意に傷つけることはなかったのだと思うと、申し訳なさで胸が痛くなる。
僕は吊革をぎゅっと握りしめると、『ちゃんと謝ろう』と強く心に決めた……。
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