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第8話

 レストランに着くと、山田さんが先に着いて僕を待っていた。雰囲気の良い創作イタリアンの店で、落ち着いた大人の客ばかりの高級そうな店だ。  僕はその店の雰囲気に圧倒されてしまったのもあるけど、どんな顔をして山田さんに会えば良いか分からず、緊張しながら山田さんの前に腰かけた。  山田さんは僕を眩しそうに見つめながら、いつもの余裕ある雰囲気で僕に軽く微笑んだ。僕はその山田さんの笑顔で、一瞬で緊張が解けたような気がして、ホッと胸を撫で下ろす。  この人は、誰もが羨むような共感力と包容力を持っていて、多分、出会った瞬間、皆山田さんのことを好きになるような気がする。この世に完璧な人などいないと分かっていても、『もしかしたらこの人だけは……』という期待を持ってしまう、そんな稀有な人だ。  僕は山田さんにマッチングアプリで出会えた奇跡を誰かに自慢したくなるが、今となっては、そんなことは無意味だと自分にそっとツッコミを入れる。 「お久しぶりです……お元気ですか?」  僕は、山田さんを正面に見据えながらそう言った。 「うん。元気だよ。湊君と会わなくなってからすぐに転職したんだ。今は通訳の仕事をしてるよ」 「通訳? すごいな! 山田さんって英語も得意だったんですね」  僕は正直に驚いてしまい、興奮気味にそう言った。 「そう。大学は英語専攻だったからね……楽しい仕事だよ。湊君は? 大学院卒業したよね?」 「はい。僕は今○○ラジオ局に就職して、制作部に配属されてます。毎日すごい激務で、ある意味充実してます」 「それは良かった。ラジオ局か。そう言えば僕とはラジオ好き同士でマッチングしたんだよね? 僕は最近忙しくてあまりラジオ聞けてなくて。でも、湊君が勤めてる放送局のラジオ、今度聴いてみるよ」 「是非! そしたらいつか僕が作った番組を聴いて欲しいです。いつのことになるか全くわかりませんが」  僕は山田さんとラジオで繋がっていたことを思い出し、つい嬉しくなってしまい、大口を叩いてしまう。 「うん。それはとても興味ある。ぜひ聴きたい。その時は教えてね」 「はい。喜んで」  そんな会話をしていると、注文した料理が並び始める。僕と山田さんは白ワインも頼み、二人で乾杯をする。僕は早く、肝心の話に触れたかったが、そのタイミングを上手く見つけることができずにいた。 「ところでさ、この間僕は通訳の仕事したんだけど、誰に会ったと思う?」  山田さんはワインを口に運びながら、僕を見つめそう言った。 「え? 誰だろう。僕の知っている人ですか?」 「もちろん。良く知ってる人だよ」 「え? 誰だろう……」  僕が頭を巡らせていると、山田さんは僕のワイングラスに白ワインを注ぎ始める。 「北村一磨だよ。カナダの映画プロデューサーとの顔合わせの時にね」  僕は持っていたワイングラスを落としそうになるのを何とか防ぐと、目を見開いたまま山田さんを見つめた。 「か、一磨……ですか。ああ、そうか、なるほど……」  僕はテーブルの一点を見つめ、途切れ途切れにそう言った。 「僕も驚いたよ。彼、凄いね。今カナダにいるんだろう? どう? 湊君は寂しくないの?」  山田は自分のグラスにもワインを注ぐと、驚いたままの僕を見つめそう言った。 「僕たちが付き合っていることは一磨から聞いてますか? 本当はちゃんと山田さんに会って伝えようと思ったけど、それが叶わなくって……あの時は本当にすみませんでした。僕は山田さんを傷つけてしまいましたよね?」  僕はワインを一口飲むとそう言った。別に酒の力を借りるためではないが。 「傷ついたよ。だって僕は、今でも湊君が好きだから……できることなら、このままどこかに連れ去っちゃいたいくらいだよ……でも、そんなことしたら、北村一磨に殺されちゃう」 「山田さん……」  僕は何も言えず固まってしまう。どんな返答をして良いのか、上手い言葉が全く見つからない。 「ごめん。重いよね。あのね、大丈夫だよ。僕が今日湊君に会いに来たのは、確かめるために来たんだ」 「確かめる?」  僕はワイングラスをテーブルに置くとそう言った。 「そうだよ。僕は北村一磨に言ったんだ。半年間離れ離れでも、二人の絆は絶対だって証明してみせてよって」 「どうして、そんなこと……」 「単純に嫉妬だよ。ほんと余計なこと言ったなって後悔してる。でも、構わないよね? 僕は傷ついたんだから……」  山田さんはナイフとフォークを両手に持つと、器用に肉を切り口に運んだ。  すべての所作が洗練されていて美しい。本当に僕にはもったいないくらい素敵な人だ。そんな人でも、嫉妬という感情に振り回されてしまうことに、僕は恋というものの一筋無さに、軽く眩暈を覚えてしまった……。

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