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第9話
レストランの会計はすべて山田さんが支払ってくれた。ここでお別れだと思っていた僕に、山田さんは言った。
「ここからすぐの、俺の行きつけのバーに行こう……」
「え?」
「まだ、確かめることができてないからさ」
山田さんは意味深にそう言うと、僕の腕を掴み、つかつかと歩き始める。
レストランから歩いて5分ぐらいの場所に、山田さんの行きつけのバーがあった。ここも漏れなく落ち着いた大人な店という感じで、僕は山田さんのセンスの良さと、どこまでも外さない格好良さに、軽く溜息が零れた。
二人席に着くと、山田さんはビール。僕はハイボールを注文した。お酒がテーブルに並んだ瞬間、山田さんはすぐにビールグラスを掴むと、また『乾杯』と言って僕にグラスを近づけた。
「はー、上手い」
山田さんはビールを半分くらい一気に飲むと、そう言って、僕ににっこりと微笑む。
「ねえ、湊君。今日最初に会った時、何となく元気がないように見えたけど……やっぱり遠距離恋愛がしんどいの?」
「……なるほど。それを山田さんは確かめたいんですね? だとしたら、僕のどんな言葉を期待してるんですか?」
僕も酔いが回っているせいで、少しばかり嫌味っぽい返答をしてしまう。
「そんなこと、分かってるでしょ? 『芸能人とはもう寂しくて付き合えない。僕は一磨と別れます……山田さん。やっぱり僕と付き合ってください』……これ以外ないでしょ?」
「あはは、もう山田さん面白すぎます……でも、寂しい気持ちはもちろんあるけど、それ以上に僕は今、一磨を心配してるんです。慣れない異国の映画撮影にかなり苦戦しているみたいで。僕はあんな追いつめられている一磨を見たことがなくて……一磨自身は芸能界に執着なんて全くないんです。でも僕が、一磨に芸能界で頑張って欲しいって言ったことは、本当に正しかったのかなって、急に後悔してしまって……」
僕は山田さんに、あのビデオ通話から感じた一磨に対する不安を、止めることができず吐露してしまう。一度口にしてしまったら、そのネガティブな感情は、吐き出される二酸化炭素に交じって僕の周りを漂い始める。
「そっか……それは心配だね。でもさ、湊君が言ったんだよね? 北村一磨に芸能人を続けて欲しいって。彼は芸能界に執着はないんでしょ? だったら自分の言葉に責任持たなきゃ。多分、君が彼の世界の中心だから。君がしっかり北村一磨の中心でいる強さを持たないとね……頑張って強くなるんだよ。湊君……」
山田さんは僕の肩に手を伸ばすと、ぎゅっと力を込めて掴んだ。僕は山田さんの手から伝わる熱が、ダイレクトに自分の心臓に届いて行くのを感じる。
そうだよ……僕が言ったんだ。言った張本人がブレちゃダメじゃないか!
僕は自分を戒めるように、自分の胸を強く叩いた。
「北村一磨と付き合うと決めたからには、強く覚悟しないと。僕はその意思を湊君から確認したいんだけどなあ……それとも、まだ僕にチャンスがあるの?」
山田さんは少し意地悪な顔をしながら、僕の肩をわざと官能的になぞった。
「ごめんなさい。本当に申し訳ないけど、チャンスはないです。ただ、今日山田さんに会えたことは、僕にとってとても幸運なことです。僕は今、山田さんの言葉に勇気をもらいましたから……僕は強くなります。不安に負けず、一磨を信じます。それと、もう一つ悩んでいたことがあったんですけど、それについても、僕はやっと思いを固めました」
あの同性愛者の男性から届いたメールの件についても、僕は自分の中でちゃんと答え出せたと実感する。
山田さんはそんな僕の肩からそっと手を離すと、腕を組みながらゆっくりと僕の方に顔を近づけた。
「はあ、良く分からないけど、僕は何てお人好しなんだろう……君を勇気づけるなんて。ほんと僕ってバカだなあ」
自虐的に僕に微笑む山田さんは、多分この世で一番完璧に近い人なのかもしれない。僕は自信を持ってそう思える。
「いいえ。バカじゃありません。山田さんは最高に素敵な人です。出会う順番が違っていたら、僕は迷わず山田さんを好きになっていたと思います」
「ふっ、その言葉、今度仕事で北村一磨に会った時、彼に言ってもいい? 多分彼、ものすごく嫉妬して、僕に何するか分からないよ?」
「そ、それは絶対にダメです! ここだけの話にしておいてください!」
僕は慌ててそう言うと、そっと山田さんに握手を求めた。
「山田さんに出会えたことに感謝しています。僕はあなたの幸せを、心から望んでいます」
「ああ僕も。湊君の幸せを、心から願ってる……」
僕たちは心込めて握手を交わすと、それぞれ一杯ずつお酒を飲んだだけで、店を後にした……。
第6章に続く
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