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第2話

 俺の共演者の俳優の名は、ローワン・ブレイクと言い、カナダではそこまで有名な役者ではない。主にインディーズ映画に多数出演しているオープリー・ゲイの俳優だ。しかも彼は既婚者で、相手は割と有名な写真家だと聞いた。  彼と初めて会った時の印象は、その場をパッと明るくさせる、気さくで陽気な男だということだ。だから、俺はすぐに彼と打ち解けることができた。そんな彼は、俺が監督にガン詰めされている時も、いつも笑い飛ばすように俺を明るく励ましてくれた。  濡れ場のシーンでも、彼は、俺がヘテロであることを十分に理解していて、いつも紳士的な態度で気遣ってくれた。本当に人間的に素晴らしい人物で、湊以外の日本人男性は、彼を絶対見習うべきだと俺は心からそう感じてしまった。   撮影が残り一か月になった頃、俺はローワンから自宅に食事に誘われた。俺は自分のセクシュアリティをローワンには隠している。ローワンからすれば、日本人のヘテロが、海外でゲイの役を演じることにとても興味を持っていた。俺はバレないように最善の気を張っているが、多分、心の中で『本当にゲイではないのか?』と、疑われているかもしれない。  カナダの芸能界は、例え俳優がオープリー・ゲイでも、役とプライベートは完全に切り離して考えている。だから、ゲイの俳優がヘテロの役をやることはもちろんあるし、それは国民に自然と受け入れられている。でも、日本でもしカムアウトしてしまったら、途端にヘテロ役のオファーは減ってしまうだろうし、芸能界から自然とフェイドアウトされていく未来が容易に想像できてしまう。  時代は変わりつつあるとしても、俺の事務所だって、正直、俺がゲイだということがバレることを恐れているのは確かだ。  カナダの同性愛事情は、最も法的保護と社会的受容が進んでいるという。だからこそ同性婚が認められている。ただ、地方や保守的な地域では、未だ偏見が見られるケースがあることは否めない。それでも日本に比べたら、ゲイが自分らしく生きやすい国であることは明瞭すぎるくらい明瞭だ。  俺は、約束した時間にローワンの住むマンションに向かった。ローワン夫夫は俺を玄関で快く受け入れてくれた。ローワンの夫は多文化系の都市に最も多い、フランス系のカナダ人で、ローワン自身は北米系の血を引くらしい。  俺たち3人は、二人が作ってくれた夕食を食べ、酒を飲み、まったりとした楽しい時間を過ごした。会話は、お互いにスマホを駆使ししながら、何とか頑張ってコミュニケーションを取り合った。  食後のデザートに、ローワンが作ったカナダの伝統菓子であるメープルシロップパイを食べた。俺は余りの甘さに度肝を抜かれたが、残すのは悪いと思い、青い顔をしながら必死に食べていると、ローワンがいきなり俺に問いかけた。 「カズマ、君のスマホの待ち受けの男性は誰なんだい?」  俺は、うっかりテーブルに表にして置いてしまった自分のスマホに慌てて目をやった。通知が来る度に待ち受けの湊が顔を出すから、あっさりローワンに俺の湊を気づかれてしまう。  俺は悪魔のように甘いメープルシロップパイの最後の一口を何とか飲み込むと、何でもないような軽い感じで『親友』だと嘯いた。 「親友? 日本人は親友を待ち受けにすることがあるのかい?」  ローワンは驚いたように目を見開くと、俺を興味深く見つめてくる。 「ああ。あるよ。普通のことだよ」  俺はもうやけくそになってそう言った。多分日本人でもそんなこと滅多にしないだろう。ましてや男同士なら尚更しない。でも、女性同士なら、仲の良い親友とのツーショット写真を待ち受けにすることはあるだろうけど、俺は完全に、俺のお気に入りの湊だけの写真を待ち受けにしているから、かなり不自然極まりない。 「そうか。じゃあ、その親友との、一番の思い出の話を聞きたいな。カズマが待ち受けにするほどの彼が、僕は興味があるよ」  ローワンがそう言うと、隣にいた彼の夫も『僕も!』と言って、瞳を輝かさせながら俺を見つめてくる。 「うーん。そうだな。じゃあ……初めて喧嘩した時の話をするね」  俺はそう言うと、テーブルに、やっと食べ終わったメープルシロップパイの皿をそっと置いた……。 

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