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第5話
結局俺はローワンに嵌められたような形で、自分のセクシュアリティをあっさりバラしてしまった。自分では気持ちを抑えながら湊との思い出を語っていたつもりだったが、ローワンによると、俺の湊に対する愛情がかなり激しくダダ洩れていたようで、それがとても感動的だったらしい。
『多分、誰が聞いても、あーそういうことかってなると思うよ。だってさ、もう待ち受けの時点で怪し過ぎるだろう?』
ローワンの言っていることは全くごもっともで、俺はあの時、絶対に二人を誤魔化せると思っていた自分の自信は、一体どこから来たものかと呆れてしまう。
『俺もまだまだだなあ、役者としてローワンを騙すこともできないんだから』
俺が溜息交じりにそう言うと、ローワンは苦笑いをしながら、『まだまだだね』と言い、俺の肩を強めに叩いた。
映画の撮影はやっと終盤に入っている。俺は毎日台詞を必死に覚え、発音の練習も時間のある限り何度もしながら、自分に叩き込んできた。その努力の甲斐あってか、最初の頃の、俺のせいで伸びてしまった時間を上手く回収しながら、撮影は順調に予定通り進んでいる。
ローワンは俺がゲイだと分かってからも、俺に対する接し方は何も変わっていない。ただ、性的なシーンを撮る時は、前よりも何となく遠慮を省いているような気がする。そのエモーショナルさがカメラを通して監督にも伝わったのか、監督は不思議そうな顔をしながら『君たち二人は、随分と仲良くなったのかい?』と尋ねるから、俺たちは顔を見合わせながら『イエス!』と言って笑い合った。
撮影が早く終わった日、ローワンに飲みに誘われた。ガスタウンという場所にあるそのバーはとても大きく、日本のバーとはスケールが全然違う。店内は明るく賑やかで、活気に溢れている。
カナダという国は、世界でもトップクラスに人種や民族の多様性が高い国だ。だからこそこの国には、それらをまとめて受け入れてくれる懐の深さがある。それはセクシュアリティに対しても同じだ。この巨大なバーは、そんなカナダを強く象徴しているなと、俺は胸を熱くしながらそう感じた。
俺はバーに入るなり、落ち着きなくキョロキョロと店内を見渡してしまう。
「凄い……カナダにはこんなにも酒飲みがいっぱいいるんだな……」
俺は素直な感想をローワンに吐露した。
ローワンはおかしそうに笑いながら『日本だって同じだろう?』と問いかけた。
確かに日本もそうだが、日本にはこんなに大きなバーなど存在しない。絶対にない。
俺はローワンに案内された席に座ると、ローワンは俺に確認した後、この店のおススメのドラフトビールを二つ頼んだ。
「ここは観光客も多いから、多文化感が強いんだ。カズマも、ここなら落ち着いて飲めると思って選んだんだよ」
ローワンはそう言うと、運ばれたビールを一気に半分くらい飲んだ。俺は笑顔で『ありがとう』と言うと、ビールを一口、味わうように飲み込んだ。
「ところでカズマは、日本ではかなりの人気俳優なんだろう? だから君は、自分がゲイだってことをオープンにはしていないみたいだけど、でもそれって、日本では当たり前のことなのかい?」
ローワンは俺を真っ直ぐ見つめながら、そんな質問をぶつけてくる。
「ああ、そうだね。カナダと違うのはさ、日本でゲイだって分かると、明らかに仕事が減っちゃうんだよ。ヘテロ役もオファーされにくくなる」
「そうか、そうなのか。でも、仕事が減るなんてもったいないよ。君には才能があるのに! 僕が保証する!」
ローワンは慌てながら、大袈裟な身振り手振りでそう言った。
「あはは。ありがとう……湊も、俺には才能があるって言ってくれるんだよ」
俺はビールを一口飲むと、湊に思いを馳せながらそう言った。
「へー、君の彼氏は、君の一番の理解者なんだね?」
「そうなんだよ。本当に。役者の仕事に執着がなかった俺に、才能があるからって言って、俺にこの仕事を続けさせたのは湊なんだ。湊が応援してくれるからね、取り敢えず俺は、ゲイだってことを隠したまま、この仕事を続けていくつもりかな……」
「……でも、君は本当にそれでいいのかい?」
ローワンは、俺を切なげに見つめながらそう言った。
俺はローワンの言いたいことが良く分かる。仕事が減ることを避けるために、本当の自分を隠すというそんな不自然な生き方に対して、ひどく危惧しているのだということを。
「良くないと思う。多分、俺が耐えられなくなると思う。だから、俺はいつかカムアウトするつもりだよ。それでもし、本当に人気も仕事も減ったら、それはそれでいいと思ってる。ただ、俺がカムアウトしたらさ、日本の芸能界に何かしらのアクションを起こすことになるだろう? それって、ちょっとワクワクするなぁとは思うよ」
ローワンはきょとんとした顔で俺を見つめた。
「わお! それはとても楽しみだ! 日本の芸能界がどう変わるか見ものだね」
ローワンは急に表情を変えると、嬉しそうにそう言った。
「ローワン、俺さ、本当はこの映画の仕事、最初はすごく嫌だったんだよ。湊と離れ離れになっちゃうし。でも、ここまで諦めずにやり切れたことでさ、俺は初めて、純粋にこの仕事を続けてみたいっていう情熱を感じられたんだよね。俺はどんな形でもいいから、この先もこの仕事を頑張ってみようと思う。それはね、ローワンのおかげでもあるんだよ」
ローワンは露骨に感動の表情を作ると、俺の腕を力強く摩った。
「僕もカズマと共演できて嬉しかったよ。沢山刺激を貰えたしね。ありがとうカズマ……でも、僕はこれだけは強く言いたい。君は自分のセクシュアリティにもっと誇りを持つべきだ! 否、日本という国が、もっと君たちに誇りを持たせるべきなんだ!」
ローワンはビールジョッキ一杯で酔いが回ったのか、突然俺の両肩を掴み、強く揺さぶりながら熱く語った。
「うん。そうだね。俺も心からそう思うよ」
日本の芸能界にアクションを起こすなんてことも、役者という仕事に対する情熱も、ちょっと前の自分はそんなこと考えたこともなかった。ただ俺は、湊にとっていつもかっこいい男でいたいという思いしかなかった。でも、カナダに来て、俺は少し変わったみたいだ。湊は俺の変化をどう思うだろうか。きっととても驚くかもしれない。
俺は自分の中で初めて芽生えた情熱を、そっと胸の中で大切に包み込む。この情熱は、カナダで映画を撮るという運命によって得られたものだと思うと、俺はとても不思議な気持ちになる。
日本もいつか、カナダのようになればいいよ……。
俺は酔いが回ってきた頭で、そんな願いを心の中で呟いた……。
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