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(第7章)第1話
一磨のマネージャーから電話が来たのは、職場で昼休憩をしている時だった。僕は何となく嫌な予感がして、机から勢いよく立ち上がると、トイレに慌てて駆け込み、個室に入った。
僕はスマホを強く握りながら、マネージャーの言葉に耳を傾けた。
「もしもし、湊君? あのね、落ち着いて聞いてね。実は一磨君、マイコプラズマ感染症に感染してたのに、無理して仕事続けちゃって、そのせいで、運悪く別な細菌に二次感染しちゃったみたいなんだよ。昨日、それが原因でひどい高熱と呼吸困難で救急車で運ばれてしまって……今、集中治療室にいるんだけど、予断を許さない状況なんだ……」
マネージャーは一磨から、もしカナダで自分に何かあったら、どんなことでもいいから必ず湊に知らせてくれと言われていたらしい。本当は僕に心配をさせたくなくて、伝えることを躊躇っていたみたいだったが、一磨との約束を反故するわけにもいかず、渋々連絡をしてくれたようだった。
僕はマネージャーから聞かされた衝撃的な内容に、自分の意識が薄れてしまうのを何とか必死に繋ぎ止めた。
今、自分が聞いている話は現実だろうか。これは夢ではないのだろうか。そうであって欲しいという気持ちに強く引っ張られてしまい、自分が今どこにいて何をしているのか分からなくなりそうになる。
「湊君? ねえ、湊君! 聞いてる? 僕は今晩、飛行機でバンクーバーに向かう予定だよ。一磨君と約束していたから君に知らせたけど、一磨君は絶対大丈夫かだから。こんなことぐらいでくたばる子じゃない。湊君は、一磨君が頑張るように、必死に日本から願ってて」
僕はマネージャーの口からバンクーバーに向かうという言葉を聞いた時、トイレの個室で思い切り叫んだ。
「僕も行きます! 何時の便ですか? 今から休暇を取ります!」
「え? 今からって、急にそんなことできるの? 君が来てくれれば一磨君も喜ぶとは思うけど。21時発の便だよ。チケット二人分取っておく? え、でも、本当に大丈夫?」
「ええ、お願いします! 本当にありがとうございます!」
僕はそう言うと、電話を切った。
ああ、神様、神様……。
僕は今にも卒倒しそうなほどのおぼつかない足元で、奥村のもとに迷わず向かった。
奥村は僕の只ならぬ様子に、ぎょっとした顔を露骨に見せた。
「休暇を……ください」
「ど、どうしたの? いきなり……そんな、青い顔して」
奥村は僕の腕を掴むと、慌てて人気のない場所に連れて行った。僕は、そこで奥村を縋るように見つめた。
「か、一磨が……にゅ、入院して、しまって……僕が今晩……カナダに、行かなきゃ、いけないんです……行かないと……か、一磨は!」
僕は感情が爆発してしまい、奥村の胸に顔を埋めながらそう叫んだ。
「おいおい、一体どうしたんだよ。恋人の北村一磨がカナダで入院? 危険な状態なのか?」
「そ、そうなんです! 予断を許さないって……どうしよう、一磨が死んじゃったら、僕は……僕はどうしたら!」
完全に取り乱している僕を、奥村は僕の両肩を掴んで引き剥がすと、僕の目を真っ直ぐ見つめた。
「落ち着け。桜井君。そんな状態で会いに行っても、事態は変わらないだろう? とにかく冷静になって会いに行くんだ。仕事は何とでもなるから」
奥村は僕を落ち着かせるために、笑顔でそう言った。
「あ、ただ、桜井君の仕事は神野君に代わりにしてもらうから、後でちゃんと神野君に礼を言っておくんだよ」
僕は神野という名前を聞いた時、自分が彼についた嘘を思い出した。それなのに、彼にこんな形で助けられてしまうことに、胸がギュッと痛くなる。
神野、ごめんよ。後で必ず、本当のことを君に話すよ……。
「分かりました! ありがとうございます! 奥村さんには何度もご迷惑をおかけしてしまって……本当に、本当に申し訳ありません!」
僕は、少しだけ冷静になった頭で、奥村にまた深々と頭を下げた……。
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