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第4話
僕は何とか、自分が泊まるホテルを無事見つけることができた。でも、チェックインするまでにはまだ時間があるから、その間どこかで時間を潰そうと考えた。
一磨が無事峠を越えた安堵感から、僕は急にお腹が空いてしまい、ホテルの近くにカフェを見つけ、そこで昼ご飯を食べようと考えた。
でも、店内に入ろうと思った時、僕は現実と直視することになる。
そうだ、無駄遣いはできないんだった……。
僕はまだ就職仕立てでろくに貯金もない。それなのに何も考えずカナダまで来てしまった。飛行機のチケット代やホテル代はクレカで支払う予定だが、果たして貯金残高が追い付くだろうか。
僕は急に動悸が起こり始め、掴もうとしていた店のドアノブからそっと手を離した。
「はあ、コンビニでおにぎりでも買おうかな」
僕はそう呟くと、この場所から一番近いコンビニをスマホで探した。
コンビニはすぐに見つかり、僕はそこでおにぎり二つと、フライドチキンと緑茶のペットボトルを買った。全くカナダと関係のない食品が入った袋の中身を覗くと、僕は思わずおかしくて笑ってしまう。
僕はコンビニを出ると、周辺に公園らしきものがないかを探し始めた。ベンチにでも座って、ゆっくりおにぎりを食べようかと思って。
スマホが案内する公園は電車で二駅先にあった。ちょっと遠いけど、バンクーバーで一番有名な公園のようだから、どうしても行ってみたくなる。僕は勇気を出して公園に向かおうと決めた。
駅から降り、お目当ての公園が近づいて来ると、潮の香りが鼻腔を掠めた。海が近いのかもしれないと思い、僕は僅かにテンションを上げる。
しばらく歩いていると、自分の目の前に海が現れた。この海に面した公園がどうやら、バンクーバーで一番有名な公園のようだった。たくさんの人が憩いを求めてのんびりと寛いでいる。特に特徴的なのが、海沿いにある遊歩道だ。その遊歩道の海側の反対には鮮やかな森が広がっている。
遊歩道には、ウォ―キングを楽しそうにしている老夫婦や、犬の散歩中の人や、同性のカップルも数名いることに気づく。目の前に広がる光景は、まるで幸福を切り取った絵のように輝いているなと、僕は素直に感動してしまう。
何より、日本の8月とは気候が全然違う。湿度は低くカラッとしているし、太陽の日差しはとても穏やかで優しい。
僕はぐるっとこの広大な公園を見渡して、座れそうなベンチがあるかを探した。
しばらく目を凝らしながら探していると、遊歩道に沿って並んで置かれているベンチを発見する。僕は迷わずベンチまでゆっくりと歩くと、そのベンチに腰かけた。
あー、なんて気持ちのいい場所なんだろう……。
僕は目の前に広がる光景を、目を潤わせながら見つめた。
一磨もここに来たよね? きっと僕と同じ光景を見てるよね?
僕は、一磨も見たかもしれない景色を眺めていたら、急に胸が詰まってしまい、突然嗚咽を漏らした。
「一磨! 一磨! 本当に良かった……本当に……」
僕は俯きながら声を震わせそう叫んだ。おかしなくらい涙が止めどなく溢れてくる。
自分がどれほど一磨を失うことを恐れていたか。その絶望的な感情から救われた喜びに、今頃になって、僕の心は激しく揺さぶられてしまう。
「ごめんよ。一磨……でも、君は最後まで頑張ったんだね。本当に君は凄いよ……一磨は僕の誇りだよ」
僕はそう呟くと、太陽に向けて顔をゆっくりと持ち上げた。
「僕も、僕にできることをする……」
僕はそう決心するように呟くと、ビニル袋からおにぎりを取り出し、それに勢いよく齧り付く。日本のおにぎりと何ら変わらないその味に驚きながら、僕はそのおにぎりを一瞬で平らげる。
一磨が退院するまであと4日ある。僕はその時間を使って、ラジオ放送の企画構成案を考える予定だ。それは僕が、保留フォルダに格納しているあのメールに関係することだ。
一磨にはまだあのメールのことを話していない。この企画を完成させたら、正直に伝えるつもりだ。
多分一磨なら、僕のこの思いを理解してくれると思っている。僕自身もいずれそうすることを望んでいるからだ。それが正しいか、間違っているかは正直僕には分からない。僕はただ、あのメールをくれた彼に、本当のことを伝えたいだけ。それをしなければ、多分僕は一生後悔をするだろう。
でも、この行動は一磨の芸能生活に大きな影響を与えることになる。それは一磨に関係する多くの人たちに対しても同じだ。僕一人の思いだけで起こすアクションが、たくさんの人に迷惑がかかることは想像に難くない。
ああ、一磨……僕は間違っていないよね?
僅かに揺らぎそうになる決心を払拭するように、僕はもう一度太陽を見上げた。
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