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第2話 継信②

昼食を食べて昼休みが終わったら、今日の光映との時間は終わりだ。光映は陸上部に入っているので放課後は部活がある。長距離選手の光映は毎日走り込みとトレーニングを欠かさない。身長が183cmと長身の光映は、本来ならあまり長距離向きではないらしい。だが、光映自身は長距離を走るのが好きらしく、いつかフルマラソンやウルトラマラソンを走ってみたいと言っていた。 運動があまり得意ではない継信からすれば、そんなもの狂気の沙汰としか思えなかったが。 だから、授業が終わればすぐに帰宅する継信とは昼休み以降は会わない。それくらいの距離感が、継信にはちょうどよかった。隣のクラスで、体育の時と選択授業の日本史の時だけ一緒になる。そのくらいの付き合いでよかったのだ。 しかし、高一の時からクラスや部活などでどんどん人気を高めていった光映は、二年に上がった時には学年でも有名な人気者になっていた。一年生の時の体育祭で仮装競争に参加してぶっちぎりで一位になり、文化祭でのミスターコンで一年生ながら準優勝し、その時のコメントでもみんなを煽って大いに盛り上げてしまった光映は、上級生にも受けがよかった。 進級した今では、三年生からもよく声をかけられ、何故か一年生からも黄色い声を上げられるという状況になっていたのだ。 そういう光映の傍に、いわゆる「ひそかなるボッチ」継信がいることを皆不審に思った。光映に直接「なんでいつもあの暗いやつといんの?」と尋ねた豪の者もいた。その時光映が「ああ、あいつおれの幼馴染だからさ、家も近いし」と答えたことで、一応周りの不審はおさまった。 しかし、別のものが膨れ上がってきた。「なんであんな冴えないやつが、あの光映と一緒にいるんだ?」という僻みや妬み、やっかみである。 そこそこの進学校であるこの学校で、あからさまに継信に対して嫌がらせをするものはさすがにいなかった。ただ、空気のような存在だった継信が、いない方がいいやつ、という認識に変わっていっただけだ。 一学期も後半、六月ごろになるとクラスの中で継信は完全に孤立していた。新学期が始まってすぐ、クラス全員で作ったグループSNSは、いつの間にか継信一人しか参加者がいなくなっていた。あ〜これはきっとおれ以外のやつらで新しいグループを作ったんだな、と継信は冷静に思った。そんならおれも抜けようか、と思ったが、今後何か別の嫌がらせを受けた時クラスのグループにいなかったことをたてにとられても困る。一人だけのグループでもいっか、あっても困らねえしと思ってそのままにしておいた。 忘れ物をしても借りられる相手が光映しかいないので、特に持ち物には気をつけるようになって忘れ物はしなくなった。持ち物を傷つけられるとか、そういう幼稚なことはされない。ただ、クラスの連絡が継信のところまで来なかったりプリントを渡されなかったりするくらいだ。 教師が生徒に返却を頼んだノート類は、まず間違いなく返ってこない。二回目にそうなった時は、もうあきらめてノートを写真にとって残しておくことにした。 めんどくさい。本当にめんどくさい。 あの、きらきらしい男の傍にいるにはこんなめんどくさいことを我慢しなければならないのか。我慢したって、本当の意味で手に入ることなんてないのに。 今日もそんなことを考えてぼんやりしていたら、いつものように弁当箱から光映の指が卵焼きをつまんでいった。葱を入れ込んだ卵焼きは、継信が好きで毎回入れているものだ。 「あ、お前またっ」 「うん、やっぱりうまい、これ好きだな俺」 「‥お前の分じゃねえ」 継信は光映に背を向けて弁当箱をのせた膝を隠した。 涙が滲みそうだった。 そんなふうにおれの作ったものを食うなよ。 そんなふうにおれの作ったもの食って笑うな。 お前は、おれのこと何だと思ってる。 ただの幼馴染で、反抗もしない便利なやつ。 ‥‥それだけだろ? 「あ~継信の弁当腹いっぱい食いたいのになあ」 「‥知らねえ」 光映は継信の内心など思いもよらないだろう。ただ、目の前の飯がうまかっただけだ。たまたま口に合っただけだ。 それなのにこんな風に言ってもらえて、震えるほどうれしく思う自分が、浅ましく思えて虚しく思えていっそ憐れだった。 継信はかき込むようにして弁当を平らげた。昼食をともにするという大義名分が消失してしまえば、光映から離れられる。 「次移動教室だしもう行く」 短くそう言い置いて手早く弁当箱を包み、継信は腰をあげた。光映はまだ菓子パンをかじっている。 「はええ」 「じゃな」 そう言ってその場を立ち去ろうとする継信の背中に、光映は声をかけた。 「ん、また明日な!」 どうしてこの声は、おれに明日を期待させるのだろう。 胸の中がずきずきと痛む。心の動きだけで胸が痛むということを、継信は光映への気持ちを自覚してから初めて知った。心と身体はやはりつながっているんだなと変に感心したことを覚えている。 いつから、こんな風に光映の事を好きになったのだろう。考えてみれば、一番強く意識したのは、あの夢を見た時からだ。 光映の身体を、裸の身体を抱きしめて、口づけている夢。身体中に口づけて、その唇を貪って、光映の中に自分の楔を打ち込んで揺さぶっている。腕の中の光映は、甘く啼いて継信に取りすがってくる。もっと、もっとと継信に行為を強請る。 光映に強請られるままその身体を愛撫し、色んな痕をつけて揺さぶった。 目が覚めた時は、全身に汗をかいて身体は濡れていた。そして、股間も。自分が、光映の夢を見て夢精したのだと理解するまで時間がかかった。中学一年の時だった。 (あの時は、なんか光映にすごく悪いことをしたような気がしてすげえ泣いたなあ‥) 朝、自分が見た夢と夢精したという罪悪感に打ちひしがれて、継信は熱が出るほど泣いてその日学校を休んだのだった。 放課後、連絡用のプリントを持ってやってきた光映を継信は頑なに拒否して会わなかった。光映がなんでだよ!と叫んでガンガンドアを叩いたのを覚えている。 あの後どうやって仲直りしたのかも、もう覚えていない。 ふう、とまた重く息を吐いて弁当を入れたランチバッグを鞄に突っ込もうとした時、声をかけられた。 「邑前(むらさき)」 「‥え?」 クラスで継信に声をかけるものなど、誰もいない。はずなのに聞こえてきた声に、不審を抱いて、前かがみの姿勢のまま継信は顔を上げた。 その継信の胸ぐらをぐいっと掴み引き上げるようにして首元を締めてきた男の顔を、確かにどこかで継信は見たような気がした。 しかし、首を圧迫されてうまく声が出ない。

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