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第4話 光映①
継信。
継信も、俺のことを好きでいてくれたのか。
継信。
俺の、一番大事な、俺だけの。
光映は隣で取り留めもなく喋り続ける女子をぼんやりと眺めた。こいつの名前、なんだっけ?継信からの衝撃的な告白を受けた一週間後くらいに付き合ってと言ってきた女子だった。光映は「いいよ」と言った。誰でもよかった。
継信が好きだ。いや、誰よりも愛している。
だからこそ、継信の気持ちに応えてはならない。男同士なんて、この国では何もいいことがない。結婚できるわけでもなければオープンにできるわけでもないし、親兄弟、友人だって理解してくれるとは限らない。進学先、就職先なんかにバレてもいいことはない。
継信は幼稚園の頃、好きな女の子がいた。だからゲイというわけではないと思う。自分に対する気持ちはきっと、一過性のものだ。
(俺とは違って)
継信が告白してくれた時に掴んだ、あの腕。自分よりも細いあの腕に押し倒されたいなんて。
自分より背の低い継信に、自分の身体を蹂躙してほしいと思うなんて。
そんな、信じられない欲を持っている自分は、継信から離れた方がいいのだ。継信が‥勘違いしてしまう前に。
きっと継信は、もし両想いになったとしたって自分が組み敷く方になりたいなんて思っていないだろう。ましてやこんな自分より大きな男を。
光映は継信に抱かれる妄想はできても抱く妄想はできなかった。それも、継信を遠ざける理由ではあった。
だが、何より———継信を一時の気の迷いで、世の中の多数派から弾くようなことはしてはならない、と強く思っていた。
今までは、「友達」として継信の一番近くにいられればそれでよかった。絶対に自分の気持ちを継信に悟らせない自信はあった。自分の親友は継信で、最優先事項は継信なのだと常に周りにも言っていた。友人の中でも、継信のことを一番大事にしたかった。継信にとって一番大事な友人でいたかったのだ。
継信からの告白を受けて、崩れ落ちるかと思うほど嬉しかった。
それとともに、恐ろしくなった。
今、自分がこの気持ちを受け止めたら、継信はずっと少数派の、日の当たらない場所で生きていくしかなくなるのではないか。光映は自分自身の性的指向が男性である自覚を、小学生の頃から持っていた。だから自分の事はもう諦めているし、そうとしか生きられないと思って覚悟もしている。
とはいえ、学校という閉鎖空間の中でうまく生き延びるためには擬態も必要だ。光映は何人かの女子と付き合った。だが、手を握る、ハグぐらいはできても、キスや性的接触は吐き気を覚えてしまうので無理だった。
だが、擬態のために女子と付き合う事はやめなかった。それが自分がこの先生きていくための手段だと思ったからだ。その代わり、性的接触以外では充分相手に尽くしていたつもりだった。しかし、彼女たちは暫くすると勝手に光映から離れていった。きっと彼女たちなりの防衛本能が、この男ではないと感づかせたのだろう。
性的興奮を覚えるのは男性だったが、一番昂奮するのは継信の姿態だった。あの身体に抱きしめられることを、口づけられることを、愛撫されることを夢見て自らを慰めた。高校生になって、通販で買った玩具で後ろを慰めることも覚えた。コンビニで初めてそういった荷物を受け取る時には手の先が震えたが、一度その快楽を覚えれば次に買う時にはもう手は震えなかった。
横で名前も知らない女子がずっと喋っている。これまでで一番不誠実な付き合い方だというのに、彼女は楽しそうだ。光映が上の空であることにも気が付いていないようだった。
この女子からの申し出に諾と答えて継信の携帯にメッセージを送るまで五日かかった。継信からの返信はない。朝は、継信の家の玄関が見えるところで待っていて、継信が出てくれば距離を開けてそっとその後ろを歩いた。
授業が同じ体育の時と選択授業の時は、さりげなく継信を見た。あの告白から継信とはまったく目が合わない。一度だけ、光映がおはよう、と声をかけたが、継信は顔も見ず会釈をしただけで光映の前から走り去った。胸を突かれるような痛みが走ったが、継信のためなんだと自分に言い聞かせて耐えた。継信を、自分の欲のために犠牲にしてはならない。
こっそり観察していれば、継信に友人がいないことは明らかだった。いつも、どんな場面でも継信は一人だった。ある日、選択授業の時にプリントを継信を飛ばして回したやつがいた。授業後、そいつをとっ捕まえて理由を聞いたらしどろもどろに謝ってきた。
謝るなら継信にだろ。そういうとそいつはもごもごしながら光映の前から逃げていった。
(ちっ)
もっとボコボコにしておくべきだったか、と思いつつ自分のクラスに戻ったのだが、その後継信がより一層ひどい目に遭わされるとは思わなかった。
次の日の放課後、部活に行こうとして忘れ物をした光映が自分のクラスに戻ろうとした時、廊下でガシャンという音がした。
そして「お前のせいだからな!」という捨て台詞のようなものが聞こえ、不審に思って渡り廊下の方に急いで行って見てみると、
「継信!」
頭から水をかぶってぐしょ濡れになっている継信が立ち竦んでいた。髪の毛や顎からまだぽたぽたと雫が滴っている。手にはいつもの通学鞄を持っていたが、その鞄も上の方は色が変わってしまっているのが見て取れた。
光映はすぐさま走り寄って継信の腕を握った。そして首にかけていたタオルで身体を拭いてやろうとした。
「っ、いい!いいから!」
継信はそう言ってバシッと光映の手を振り払った。光映は掌に走った鋭い痛みに驚いて、そのまま固まった。継信は光映の顔を見ることもせず、ずぶ濡れのままそこから走り去っていった。
継信に拒否された、という事実と、継信がこんなところで嫌がらせを受けていた、という事実が光映の頭の中をぐるぐる回る。
どう、すればいい、俺はどうすれば。
なぜ、継信が嫌がらせを受けるのか。継信は物静かで人の悪口を言ったりするようなやつではない。その上、最近見た感じでは特に親しく付き合っているような友人もいない。トラブルに巻き込まれることもその分少ないはずだ。それなのに、こんなところで、頭から水をかけられるという酷い嫌がらせを受けている。なぜだ。
光映の頭の中に、先日選択授業の時に継信にプリントを渡さなかった生徒の姿が浮かんだ。あいつなら何か知っているかもしれない。何ならあいつが犯人かもしれない。
その生徒の部活を知らなかったので、問い質すのは明日にしようと部活に向かったが、全く集中できず部員に不審がられた。
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