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第5話 光映②

水をかけられて茫然と立ち竦んでいた継信の姿が、頭の中から離れない。あんなにびしょ濡れになって、どうやって家まで帰ったんだろう。 なぜ、自分は拒絶されてもしつこく面倒を見てやらなかったんだろう。 自分自身にも怒りが湧いてきて、とてもではないがトレーニングに集中できなかった。部長に断り、途中で切り上げて帰ることにした。 着替えてから携帯を取り出し、このところやり取りが全く途絶えていた継信のアカウントを開く。 迷ったあげく、『家に帰れた?』とメッセージを送ってみた。 帰り道にちらちらチェックしていたが、既読もつかない。 (‥前のメッセにも既読ついてねえわ、そう言えば) 光映は携帯の画面を見ながらそう思った。もう、自分からのメッセージは開かないことに決めているんだろうか。 もう、自分とは関わらないことに決めているんだろうか。 今後、継信とはかかわりを持てないんだろうか。 背筋にぞくっと嫌なものが走り、今考えた未来に慄いた。 継信がいない人生。継信の声も聞けずかかわりもできない人生。 そんな人生に自分は耐えられるのだろうか。 この時期さえ乗り切ってしまえば、きっと継信はまた自分と友達に戻ってくれるはずだ、と思っていた。今までのように付き合える日が戻ってくると。 そんな日は来ないかもしれない。‥‥もし自分が、告白した側だったとしたら?時間を置けば何事もなかったようにまた付き合えるだろうか。 付き合える、と一瞬思って光映はぶんぶんと頭を振った。 無理だ。他の誰かならできても継信には、できない。 継信。 俺は何か間違っていたのか。 お前の将来を思えば、俺といない方がいいと思った、それは俺のエゴだったのか。 ‥そう決めたはずなのに、そう決めた挙句自分と継信の関係性がどうなっていくか、俺はわかっていなかった。お前が俺から完全に離れようとしているなんて、俺と、もう口も利かない可能性があるなんて、思いもしていなかった。 それは、傲慢な考えだよな、継信。 こんな俺は、やはりお前の傍にいない方がいいんだろう。 でも、俺はお前がいないと、お前の声を聞けないと、お前の顔を見れないと息ができない。 今さらながらに身に沁みてきたその事実に、光映はふと立ち止まった。 どうする?どうすべきなんだ?俺は、どうすればいい? その時、ふいに携帯が鳴った。驚いて思わず携帯を取り落としそうになる。画面に表示された番号を見れば、覚えのない番号だった。 不審に思いながら通話をタップすると、甲高い声が響いてきた。 「ねえ。陸部行ったら帰ったって聞いたんだけど!何、具合い悪いの?大丈夫?今どこ?」 うるさい。光映は顔を顰めて携帯から少し耳を離した。そして不機嫌さを隠そうともせずに答えた。 「‥誰?」 「何言ってんの?マリだよ!彼女なんだから心配するの当たり前じゃん!ねえどこにいるの?迎えに行ったげるよ!」 「‥‥ああ、もういいよ、お前」 「え?何言ってんの?」 いかにも不機嫌そうな光映の声に怯みつつも、その内容に不審を隠さない女子の高い声が頭の奥にまで響いてきて不快だった。 「お前と付き合うの、やめるわ。もう連絡してくんな」 「はぁ!?何言ってんの、まだ付き合い始めたばっかじゃん、光え」 ぶちっと会話を終了し、名も知らぬままだったその携帯番号をすぐさま着信拒否にした。 もう一度、継信のアカウントを開く。やはり既読にもなっていない。ぎゅっと携帯を握りしめ、立ち止まったまま光映はどうすべきかを考えた。 そして、携帯をポケットに突っ込んで走り出した。 降りた駅から止まることなく継信の家に向かって走る。身体中が熱い。胸が痛い。この先に本当に行っていいのか、継信は会ってくれるのか、そんなことが走っている光映の頭の中を駆け巡る。 自分で継信の想いには応えないと決めたくせに、いざ自分の人生から継信がいなくなるんじゃないかと思った時には絶望しそうになった自分が、光映は途方もなく嫌だった。なんて、わがままで自分勝手で、傲慢なんだ。俺が継信ならこんな男は好きにならない。 なのに、あいつはこんな俺を好きだと言ってくれたんだ。 なのに、俺はその継信の心をはねのけた。 しかも、彼女ができたなんて最低な言葉で。 あと二十メートルで継信の家の前、という地点で立ち止まった。駅から休みなく走ってきたせいで息が弾んでいる。肩が揺れているのが自分でもわかった。 継信に会って、何を言えるのか。 考えても答えが出ない。 でも、今継信の顔がどうしても見たい。あんなひどい目に遭って、絶対に傷ついているはずだ。 ぐちゃぐちゃな頭の中を整理することなく、光映は勢いで継信の家の前まで行ってインターフォンを押した。 返事がない。家の中からも音はしない。何度もインターフォンを押したが全く応答はなかった。光映はポケットに突っ込んだ携帯をもう一度見た。やはりまだ既読はついていない。それでも光映はメッセージを打った。 「今どこ?」 「家にいる?」 「いるなら答えて」 「継信、顔見るだけでもいいから」 「頼むから返事して」 だがいくらメッセージを送っても、全く既読はつかなかった。 光映は携帯を持ったまま、両手で頭を抱えぐしゃぐしゃと掻き毟った。 「どこだよ継信‥返事してくれよ‥」 そう呟いた時、後ろに人の気配がした。さっと振り向けば、そこには驚いた顔の継信が立っていた。 「光、映‥なんで‥」 「継信!」 光映は一足で継信の傍に行くとぐっとその身体を抱きしめた。まだしっとりとしている継信の身体が硬直するのがわかった。 それでも光映は腕の中にいる継信を離したくなかった。目の奥が熱くなる。涙が滲みそうになっているのがわかって慌ててぐっと目元に力を入れた。 継信は、しばらく身体を硬直させていたが何分か経ってからぐっと光映の胸を押してその腕から逃れた。 「何、光映、なんでこんな」 「継信、なんでこんなに帰り遅かったんだ?」 そう尋ねる光映に、継信はポケットから家の鍵を取り出しながら低い声で答えた。 「‥あんな、濡れた状態じゃ電車乗れないと思ったから‥歩いて帰ってきた」 学校から家まで?あの場面を光映が目撃してから既に三時間以上は経っている。運動が嫌いで苦手な継信が、そんな長い時間歩いていたのかと思っただけで胸が痛み、腹が煮えた。 ガチャリと鍵を開け、細く家の玄関扉を開けた継信は「じゃあ」などと小さく言ってそのまま光映から身体を引こうとした。はっとして光映はその扉の隙間に足を差し込んだ。そのまま自分の身体もぐいっと玄関の中に滑り込ませる。あまりに強引な光映の様子に、驚いた継信は知らず知らずのうちに身を引いていた。 「こ、光映、あの」 「継信、とにかく着替えろ。出来たらシャワー‥風呂がいいな。おばさんいるのか?」 「え?いや、今日は二人とも仕事が遅いって‥」 「じゃあ俺が風呂入れてやるから」 勝手知ったる|邑前《むらさき》家の中を、我が家のようにずんずん歩いていく光映を、継信は困惑しながら見つめていた。その視線を感じながらも、光映は勝手に動く自分の身体を制することができなかった。 浴槽を洗って、湯を張るよう風呂自動のスイッチを入れ、継信の部屋に向かった。 「継信」 継信の部屋のドアは引き戸だ。すっと引けば、そこには下着にシャツ一枚という姿の継信が立っていた。シャツの前は全部開いていて、継信の白い肌が見えた。 「ごめん!」 そう言い捨ててスパン!と戸を閉めた。そのまま引き戸に身体を預けてずるずると崩れ落ちる。

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