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第6話 光映③
クラスも違って体育の着替えなどで一緒になることもないので、継信の肌を見るのはかなり久しぶりだった。運動もしていないから筋肉はないはずなのに、しなやかな身体つきが光映の官能を刺激した。大きく深呼吸をして、何とか下半身の熱を沈める。
そして扉越しに声をかけた。
「継信、もうお湯入れ始めてるから風呂に入れよ。身体洗ってるうちに湯も溜まるから」
「‥わかった、ありがと」
継信の声がして、扉に手をかけられた感覚がした。慌てて体を起こし扉から離れる。ゆっくりと引かれた扉から、シャツにハーフパンツ、という姿の継信が現れた。顔がやや赤らんでいる。
「ありがとう光映、俺、もう大丈夫だから‥帰ってていいよ」
継信は俯きながら早口でそれだけ言うと、そのまま部屋を出て浴室の方に向かっていってしまった。
光映はまたその場にうずくまった。
何をしてるんだ俺は、という気持ちと、久しぶりに継信と言葉を交わせた事実に浮足立つ気持ちとが胸の裡を交錯する。
継信と言葉を交わせないなんてやはり我慢ができない。しみじみとそう思った。だが、どうすれば、継信の幸せに結びつくのか。‥男同士の恋愛なんて不毛だ、という気持ちは相変わらずあった。だが、継信と話さずに過ごすなんてことはもう考えられない。
とりあえず、風呂から上がるのを待って話をしよう。‥ああ、水をかけた犯人を聞くのがいいかもしれない。それが一番確実だ。これ以上継信が酷い目に遭うのは我慢がならなかった。
継信には、いつもあの優しい微笑みを浮かべていてほしいのだ。
そして、日々少しでも幸せに過ごしてほしいのだ。
それだけでいいはずなのに。
傍にいたいと思ってしまう。声を聞きたいと思ってしまう。
あの微笑みを自分にだけ向けてほしいと願ってしまう。
膝の上に額をのせたまま、光映は両手でぐしゃぐしゃと頭をかいた。継信のことを考え出すと、いつも負のループに陥ってしまう。
いつも、明るいね、前向きだよねと言われている自分の中に、こんなおどろおどろしい感情が隠されているなんて誰も思っていないだろう。
はーっと長いため息をついていると、ぎし、という音が聞こえた。
「‥光映?」
いつの間にか風呂から上がっていたようで、少し離れたところに継信が立っていた。
風呂上がりでほんのりと赤らんでいる身体や、タオルをかぶってはいるがまだ濡れたような髪、そのタオルを押さえている意外に男らしい腕。
何よりも、少し上気したようなその顔。
光映はしばらく呆けたように継信の顔を見つめていた。継信はそんな光映に、おずおずともう一度声をかけた。
「光映、おれもう大丈夫だから‥帰っていいよ」
その声にはっとして、光映は立ち上がった。継信はそれだけ言うと俯いたまま、そそくさと自分の部屋に入ってまた引き戸を閉めようとした。光映はすかさずまた足を突っ込んでそれを阻止する。
「っ、光映っ、何」
「誰にやられた?」
光映はそう言って継信の腕を掴んだ。自分よりは細い腕、だがちゃんと男らしさのある筋張った腕。
言われた継信は、すっと顔色を失くしたがそのまま弱々しくかぶりを振った。
「‥わからない、よ、いきなりだったし‥」
「本当か?お前のせい、とか何とか言ってるのも聞こえたぞ。声とかに聞き覚えもないのか?」
腕を掴まれたまま継信は俯いている。全くこちらを見ようとしないその様子に、光映は焦れた。
「継信、」
「‥光映には関係ないことだろ!ほっといてくれ」
「関係ある!継信がひどい目に遭ってるのに関係ないことなんかねえよ!」
「おれ、のことなんか、ほっとけばいいだろ!彼女のことだけ考えてろよ!」
「もう別れた」
あまりの言葉に、思わず継信は顔を上げて光映を見た。ああ、やっと顔を見せてくれた。
「‥は?何言ってんの、まだ一か月も経ってない、よな?」
「そんなことどうでもいい」
そう言いながら継信の腕を掴んだまま、ずいっと部屋の中に入っていく。しかしその言葉を聞いた継信は目を瞠って、強く光映の手を振り払った。
「ど、どうでもいいって何だよお前!つき、付き合ってるって、彼女できたって、おれの、おれが言ったことの返事にしたくせに!お前、そんな」
ぶわっと継信の瞳から大粒の涙があふれてくる。ぼろぼろと滑らかな頬を流れ落ちる涙を、光映は茫然として眺めた。
継信はタオルで顔を覆い、身体を曲げて目元を真っ赤に染めながら涙をこぼし嗚咽している。うっ、うっという押し殺したような声が、静かな室内に虚ろに響いた。
「継信」
光映は恐る恐るタオルをぎゅっと押さえている継信の手に触れた。継信は激しい動作でそれを振り払い、部屋の奥に身体を引いた。そして壁の方を向いて涙声ながらも強く言った。
「帰れよ」
「継信、俺は」
「帰れ!!」
継信は手にしていたタオルを光映に投げつけ、ベッドに座り込んだ。まだしゃくり上げる声がしている。
ああ、継信。
俺が泣かせてしまった。
笑っていてほしいと思ってるくせに、俺が泣かせた。
光映の胸は締め付けられたようにぎゅっと痛んだ。座り込んだ継信の肩が震えている。それを見ただけでたまらない気持ちになった。
光映はその後ろ姿に縋りついた。ベッドの上に座る継信の背中に顔を擦り付ける。
「ごめ‥継信‥」
継信の腹に回した腕にぎゅっと力を込めた。びくりと一瞬、継信が震えたのがわかった。
「お前と、離れたくないんだ、継信」
「‥‥無理だよ‥光映、おれの話覚えてねえの?‥おれ、お前のこと好きなんだよ‥?お前に、傍にいられたら辛いんだ‥お前に他に好きな人いるってわかってるのに、お前の傍にいられないよ‥」
また継信がしゃくり上げて洟を啜った。ぐっと何か呑み込むような声もする。継信が震える手で腹に回った光映の腕をほどこうとする。だが、光映は絶対にそれを許さなかった。
「こう、えい、もう‥無理、やめて‥」
「継信、こっち向いてくれるか?」
継信は袖でゴシゴシと涙を拭ってゆっくりと振り返った。光映は腹に回していた腕を離して継信の手をぎゅっと握り、座り直した。
「継信、聞いてくれ」
「‥‥なに」
「俺は、継信が好きだ‥愛してる」
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