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第9話 ふたり③

継信はベッドの上に膝立ちになり、自分の身体全体を使って光映の身体を抱き込んだ。そしてその頭を撫で続けた。 「そっか‥辛かったね、光映」 「‥ふ、ぅっ‥」 そのまましゃくりあげて泣いている光映の頭を、継信は優しく撫で続ける。 継信が、心のままに気持ちを吐露した時、きっと光映は苦しんだのだろう、ということが今の告白からもわかる。自分の気持ちのことだけ考えて、一人勝手に落ち込んでいたことが、今となっては申し訳ない気持ちだった。 無論、傷ついたことには変わりはないが、それ以上に光映も悩み、苦しんでいたのだということが痛いほどに理解できた。 そしてこの問題は、根深く正解のない問題だ、と継信は思った。 さすがに将来のことまで考えて光映に告白したわけではなかった。言われてみれば、確かに付き合い始めたとしても、友達にも言えないし、人前で手を繋いだり接触するのもやはり憚られる。男女のカップルが当たり前にできていることを、今の日本で同性のカップルがすれば、奇異や嫌悪の目を向けられることの方が多いに違いない。 親兄弟などの家族に至っては、受け入れてくれるかどうかも曖昧だ。今の話を聞いた限りでは、光映の父親には認めてもらえそうにもない。 ただ、人を好きになった、だけなのにな。 そう思うと、継信も少し悲しくなってきた。だが、こんなに今光映が打ちのめされているのに、自分まで落ち込むわけにはいかない。気持ちを奮い立たせ、光映の頭に自分の額を押しつけた。 「光映」 光映は鼻を鳴らしながら静かに泣いている。その頭をぐっと自分の方に引き寄せてキスをした。 「今はまだ、あんまり先のことを考えるのはやめよう?少しずつ、二人で考えればいいよ。おれは‥やっぱりこうして光映と一緒にいたい。光映に、触れたい。だから」 俯いている光映の顔に手を挙げて上を向かせようとすると、 「いまくっそ汚ねえ顔してるから見んな」 と言って頑なに顔を上げようとしない。継信は座り込んで下から覗き込むようにして光映の顔を見た。光映は顔を真っ赤にして腕で隠そうとしたが、すかさず継信はその光映の頬にちゅっと口づけた。 「ばっ、おま、継信、」 「はは、かわいい」 思わず涙と鼻水まみれの顔をあげてしまった光映を見て、継信は笑った。光映はまた腕で顔を隠した。 「‥かわいいわけねえだろよ‥」 「おれにはかわいく思えるんだよ。‥光映、二人で考えようよ、何でもさ」 継信はそう言ってまた光映の背中を撫でた。その言葉を聞いて、光映は顔を上げた。 「そんならお前に水かけたの誰か言えよ」 「え、」 不意を突かれたような顔をして、継信は口ごもった。光映は涙の跡も残る顔で続ける。 「何でも二人で考えるんだろ?言えよ、誰がやったか。知ってるんだろ?」 継信は黙って俯いた。誰がやったかはわかっている。だが、その原因が光映に起因するものだと知られるのはまずいと思った。おそらく、光映は落ち込むだろうし自分から周りにいる人間を遠ざけてしまうかもしれない。 何より、継信を心配して学校では話さないようにしよう、などと言ってくるかもしれない。 光映の唇、光映の肌、光映の熱を知ってしまった継信には、それは耐えられないと思った。 「ごめん、光映‥心配、してくれてるのはわかるけど、これはおれの問題だから」 「は?お前さっきと言ってること違ってないか?俺が心配してる気持ちはわかってくれねえの?」 光映は険しい顔をして言い募る。光映の気持ちもわかるが、自分の中にある不安や恐れを失くしきれない継信はうまく答えることができず、黙り込んでしまった。そんな継信の姿を見て、光映は余計に苛立った様子を見せた。 「何で言ってくれねんだよ。そんなに俺のこと信用できねえのかよ」 「‥そういうことじゃないよ、ただ‥ちょっと時間が欲しい、だけで」 「だからそれが何でだって聞いてんだよ!またあんな嫌がらせされたらどうすんだ!‥言っとくけど、俺次に現場見たらキレる自信あっからな」 光映はそう言って低い位置にあった継信の肩を掴んだ。ギリ、と肩に食い込んでくる手の力を感じて、継信は何と声をかけたらいいのかわからない。 「‥相手は、同じクラスのやつだけど、まず自分で話をする。そんで、どうしても解決できなかったら、光映にも助けてほしい。‥それじゃダメかな」 そう言って見上げてくる継信の顔を見た光映は、これは絶対譲らない時の顔だな、と思ってため息をついた。 「‥‥絶対、困ったら言えよ。隠すなよ」 「うん」 「‥あと、明日から昼飯また一緒に食うから」 「え」 「大体何でおれと飯食わなくなったんだよ。その辺からもう俺メンタルやられてっかんな。継信‥」 そこまで言いさして、光映ははっとした。そして改めて、継信の顔をじっと見つめた。 すると、光映の懸念を裏付けるかのように継信がすいと目を逸らした。 光映は、ぐ、と低く呻くと下を向いた。膝の上で手を握りしめる。そして、低い声を絞り出した。 「俺、か。俺の、ダチの誰かがなんか言ったんだな。‥だから、俺を避けてたんだな。‥‥水、かけたやつも関係‥あるんだな」 そう言って暗い顔をする。せっかく本人には言わずにおこうと思っていたのに、うまくごまかしきれなかった継信は、自分の不器用さが恨めしかった。大きく深呼吸して自分を落ち着かせ、光映の手を取った。 「光映、光映は自分ではわからないかもしれないけど、人を惹きつける力があるんだよ。だから、学校でおればっかり構ってるとほかの人が寂しくなっちまうんじゃないかな。だから、えっと‥飯食うのとかは、週一くらいにしとけばバランス取れていいんじゃない?」 そう提案した継信に、納得できないといった感じで光映は叫んだ。 「はあ?!週一?冗談だろ、何で他のやつのために俺が継信に会うのを我慢しなきゃなんねえんだよ!」 「え、いや、でもさ‥」 どうやって説得すればいいか、光映の勢いにのまれて困ってしまった継信は小首をかしげて口ごもった。 光映はそんな継信を見て目をつぶり、はあと息を吐くと、嫌そうに呟いた。 「‥‥でも、継信が、また嫌がらせされたら困るし‥我慢する」 「ん、よかった!ありがと」 「その代わり、その時は俺の分も継信が弁当作ってくれよな!」 そういう光映に、継信は仕方なくうなずくしかなかった。

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