11 / 21
第11話 世間②
「はい」
「ありがとう、ございます‥」
継信の母親が入れてくれたコーヒーを光映は飲んだ。砂糖なしのミルク入り、継信の母親は光映の好みをよく覚えていた。
ダイニングテーブルに並んで腰かけた少年たちに向かって腰を下ろした母親は、ふー、と長い息を吐くと二人の顔を正面から見た。
「さて。まずは継信に聞くわ。さっき言ってたことは本当?恋愛的な意味で光映君が好きだってこと」
「‥うん」
「将来も一緒にいたいくらい好きってこと?そこまでは考えてない?」
「できれば、将来も一緒にいたいって思ってる」
「なるほど」
継信の母親は軽く頷いてから、今度は光映の顔を見た。
「光映君の気持ちはどうなの?うちの継信と将来も一緒にいたい?」
「俺、は‥」
「光映、ちゃんと言って」
「継信は黙ってなさい、光映君の本当の気持ちを聞きたいんだから」
光映の頭の中に、父親の吐き捨てるような言葉と嫌悪を含んだ顔がよみがえる。握りしめた拳は白くなって膝の上で震えた。
「気、気持ち、は、一緒に、いたいです、でも‥」
「でも?」
母親が言葉を促す。光映は唇を噛んで息をのみ応えた。
「将来のこと、は、‥わかりません」
「光映!」
横にいた継信がガタンと椅子を蹴って立ち上がった。肩を掴んで揺さぶられる。
「一緒にいようって言ったじゃんか!一緒にいられるように考えようって、二人で考えていこうって」
「継信、うるさい。ちょっと黙って」
母親は冷静に継信を制した。継信は悔しそうに光映を見つめながらまた座った。光映は、継信の顔も母親の顔も見ることができず、俯いていた。
「光映君」
「‥‥はい」
呼ばれて、光映はなんとか返事をした。喉の奥が乾いてはり付くようだ。だがコーヒーに手を伸ばす気になれず、少ない唾液を飲み込んだ。
「私は、光映君が真剣に考えていることがわかってほっとしたよ」
優しい、継信の母親の声を聞いて、その内容に驚いた光映は思わず顔を上げた。その視線の先にいた母親は、いつも見かけるような顔でニコッと笑っていた。
「正直、同性愛?のことは私にはわからないけど、昔から知ってる光映君がいい子なのはわかってる。‥でも、この国で同性愛はまだ一般的に受け入れられてるわけじゃないよね。そのあたりを、ちゃんと考えてるのかなって思ったの」
「‥‥はい」
母親の言うことは尤もだし、光映自身も考えていたことなので素直に返事をすることができた。横で継信が憤っている気配がしたが、何もできなかった。
母親は、二人を交互に見つめた。
「あんたたちはまだ若いし、好きだっていう気持ちがどうしても一番に来るよね。今はそれでいいかもしれないけど、将来的には考えなきゃいけないことがいっぱい出てくるのよ。二人の気持ちが確かなら、時々そういうことを考えるのもいいと思う」
「母さんは、反対じゃないの?」
かすれた声で継信が聞いたのに対し、あっははと母親は笑った。
「いや~正直驚いた!けど、‥人の気持ちなんてどうしようもないでしょ?あんたたちの問題なんだから二人でよく考えたらいいよ。まあ」
と言って、母親は立ち上がり、それぞれの頭の上にぽんと手のひらを載せて撫でた。
「困ったときは、何とか助けられるようにはしておくから」
そう言われて、二人ともボロボロ泣いてしまい、母親に「ちょっと男子高校生が二人そろって号泣しないでよ~~」と言われてしまった。
しばらくして落ち着いてから、光映は自宅に戻った。戻るときに、
「あの、俺の親には‥そのうち自分で言うんで、まだ黙っておいてもらえますか?」
と、継信の母親に頼んだ。彼女はちょっと目を見開いて少し考える様子を見せたが、光映の悲壮感あふれる表情に押されたのか、うんと頷いてくれた。
光映が帰った後、気まずい沈黙が流れる中、母親が継信の方を見てニッと笑った。
「‥あんた、金曜に光映君の弁当作ってたんだね?」
「ぃえっ!?」
鋭い母の指摘に思わず声が上ずった。母親はにやにやしながらじいっと継信を見ている。
「なんかお弁当金曜だけやたらと豪華になったじゃない?でも夏休みになったら普通だしさぁ‥いやいや、恋の力ってすごいね!」
いしし、と笑っている母親を見て、継信はあっけにとられた。そのまま買い物袋を机の上にあげて中身を取り出している母親に継信は尋ねた。
「‥他、に、なんか言いたいこととかないの‥?」
「うん~?」
首をめぐらせてこちらを見た母親に、継信はふいと視線を逸らしながら言った。
「何で男同士、とか、変だとか‥」
「ああ、」
母親は手に持っていた牛乳を冷蔵庫にしまいながら応えた。
「まあ、よくわからないけど子どもが好きだって言ってるもんを私がどうこうできないでしょ?困ったら力になってやりたいとは思うけど、実際力になれるかはわからないし」
そう言いながら今日使う分の野菜をより分けている母親に、継信は胸が温かくなるのを感じた。
この母親で、よかった。おれは恵まれてる。
「‥‥ありがと」
「ん、困ったら言いなさいね」
継信は袖口でぐいと目尻を拭いながら頷いた。
自分たちのことを、きちんと考えようと心から思った。
夏休みが過ぎて二学期になった。席替えが行われ、継信は教卓の真ん前という「当たり席」になってしまった。だが、別に授業を不真面目に受けているわけでもないし、授業中にしゃべる相手もいないからまあいいかな、くらいの気持ちだった。
ところが、「席を代わってほしい」という人物が現れた。彼女はクラスでも目立たない生徒でレンズ厚めの眼鏡をかけていた。
「私、酷い乱視だから眼鏡かけてても字とかがよく見えなくて。席、代わってくれると助かるんだけど」
黒江というその女子生徒は淡々と継信にそう言った。継信には何も不都合はなかったのでそのまま席を代わった。代わった席は、窓側の後ろの方だった。
今まで黒江のことを気にしたことはなかったが(というより、クラスの生徒のこと自体をあまり気にしたことがなかったのだが)、席を代わった縁もあるし、この席からは黒江がよく見えるので、何の気なしに見つめてしまうことが多くなった。
継信も友人がいないが、黒江も友人がいない方らしかった。誰とも話すことはないし、昼も一人で食べているようだった。休み時間は勉強しているか本を読んでいるか、寝ているかだった。だがそれでも、黒江は別にクラスから弾かれている様子はなく、ただ仲のいい人がいない、という存在としてそこにいた。
自分と同じような立ち位置の生徒がいるとは思っていなかったので、気づいてしまうと新鮮だった。特に話す機会はなかったが、なんとなく勝手にシンパシーを感じていた。
二学期になれば、学園祭や体育祭、修学旅行などのイベントが目白押しだ。クラスで決めねばならないこともたくさん出てきて、継信のような立ち位置の生徒はいつもどうすればいいのかとおろおろする羽目になる。体育祭の場合は、余ったものを拾っていけば何とかなるが、修学旅行の時は困った。比較的話していた友人は文理選択の時に離れてしまい、部屋割りやグループ活動のメンバーを決めるとき少し微妙な空気になった。なんとなく、自分が押しつけ合われてるんだろうな、とは思ったが、継信にはどうしようもないことなので黙っていた。
痺れを切らした担任教員が、人数が半端なところに無理に押し込んでくるという結果に終わった。その時に黒江も女子生徒から同じような扱いを受けていることを知った。継信のクラスは理系で女子の数も少なかったので、黒江の方が継信より嫌な気持ちになったのではないかと思ったが、当人は見た感じには飄々として気にしていないように見えた。
体育祭も終わり、いよいよ修学旅行が近づいてきた。継信の学校の行き先は「日本の魅力発見」がテーマらしく、海外ではなくて金沢だった。継信は新幹線に乗ったことがなかったので、それは少し楽しみだった。
光映とも現地の自由時間には少し一緒に回ろう、という話をしていた。
そして修学旅行の日がやって来た。
ともだちにシェアしよう!

