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第12話 世間③
新幹線の座席は、余りもの同士なのか黒江と二人席になった。黒江はスマートフォンや本を見ていることがほとんどで、あまり話すことはなかったが、沈黙が気づまりに感じられることはなかった。たまに、「トイレ行くから通るね」「お菓子、いる?」などとぽつぽつと言葉を交わすだけだったが、意外にそれが居心地よかった。
現地一日目と二日めは、それぞれのクラスなどでの行動が多かった。行き先でちらりと継信と光映、お互いの姿が見えることはあったが、声をかけ合えるほどの余裕はなかった。
三日目の午後からはようやく自由時間になる。この時は一緒に回ろうと言っていたので、目的地であるにし茶屋顔で落ち合った。ここにしたのは、ひがし茶屋街よりも人が少なそうだったからだ。案の定、同じ学校の生徒の姿はあまりなく、二人でゆっくりと回ることができた。
そこまで見どころが盛りだくさんなわけでもないので、主には歩きながら二人でたわいもない話をしていた。だが、それだけで楽しかった。
カフェでお茶を飲み、そろそろ帰らなければならない時間になってくる。継信は寂しい気持ちが募った。
同性カップルでは、外で手を繋ぐのも憚られる。堂々としていればいいのかもしれないが、それをすれば光映に迷惑がかかる。光映を困らせたいわけではないので、外では触れ合うことはない。
だが、平日昼間の観光地。あたりにはあまり人影はなかった。継信はこっそり家と家の間の小道に光映を誘った。
「継信?どした?」
そう声をかける光映の手を、周りを見ながら恐る恐る握った。光映が一瞬身体を硬直させ、同じように辺りを窺ってから握り返してくれた。
「‥ありがと、継信」
「え、何で光映がお礼言うの?この場合お礼言うのおれじゃない?」
驚いて訊き返した継信に、光映は顔を赤らめて応えた。
「いや、俺も継信に‥触りたいと思ってたから」
そう言って顔を真っ赤にさせ照れている光映は、継信の目にはとてもかわいらしく映った。思わず継信は光映の大きな体を抱き寄せた。腕に力を込めてぎゅっと抱きしめる。光映は、おずおずと背中に手をまわしてくれた。
時間にすれば十秒もなかっただろう、その触れ合いに、二人は満足して離れた。そして顔を見合わせて笑い合うと、ホテルを目指して帰路についた。
だが、その一部始終を目にしていた人物がいた。二人が潜んでいた小道の向かい側にあるカフェの二階席から、西野マリがその光景を目に収めていたのだ。
マリは、光映がやけくそになったときに交際を承諾したものの、その後二週間も経たずに一方的にふられた女子生徒だった。マリは自分の容姿に自信があり、人気者である光映の彼女には自分こそがふさわしいと思っていた。だからすぐに交際を承諾してもらったときには「やっぱりね」と得意満面だったのだ。
だが、光映は「つきあって」いても、何もしてくれなかった。自分から連絡してくれたこともなければどこかに連れて行ってくれたこともない。学校の帰りには一緒になったが、その時だって喋っているのはマリばかりで、はかばかしい返事が返ってきたことはなかった。
そして、二週間も経たないうちに、しかもわけもわからないうちに「もういいよ」と言ってふられた。理由を問いただそうにも電話はつながらないし、SNSはブロックされていた。
マリは怒り心頭だった。これまで、こんな酷い扱いを受けたことはなかった。いつも男子をふるのはマリの方からで、頼むからと言われてつきあって「やった」ことだってあったのだ。
そんな自分のことを、こんなふうに粗雑に扱った光映が許せなかった。今日は、自由時間に光映は誰と動くのか観察しようと思って後をつけてきたのだった。
光映の連れは女ではなく、幼馴染とかいうさえない陰キャの男だった。クラスが違うので詳しいことは知らないが、みるからにひょろくて陰キャって感じの男だ。光映に付きまとっているからと言って、光映の友達が一回シメたことがあるというのは聞いたことがあった。
まだ付きまとっているのか。そう思うとマリの心は最高にイライラした。
しかし、ここから目撃した光景に目を疑った。二人はあたりを確認して手を握り合って見つめ合っていた。一瞬茫然としたマリは、その後慌てて手にしていたスマートフォンを構えた。
二人は抱きしめ合った。
いかにも、愛おしそうに。
スマートフォンのシャッターを押しながら、マリの心にどす黒くどろどろとしたものが渦巻くのがわかった。
あの陰キャ、信じられない。ホモじゃん。ガチホモじゃん。光映に付きまとって、あんなことまでして。
身の程を知らせて、光映から離さなきゃならない。
マリは自分のSNSのアカウントを開いた。
最終日は寺院での法話を聞き、工芸体験をして終わりだった。帰途の新幹線で、継信は固まった体をぐっと伸ばした。その手が隣の黒江の座席に当たってしまい、「あ。ごめん」と謝ると黒江は黙ってこくんと頷いた。黒江に謝った際に通路の向こう側に座っている生徒と目が合った。が、相手は一瞬嫌悪のにじんだ目でこちらを見てからすいと目を逸らした。
継信は心の中で首を傾げた。
三日目まで、自分などいないかのようにふるまっていたクラスの生徒が、昨日の夜から自分の方を見て何やらひそひそ話しているなあと思っていた。だが正面切って何か言われたわけでもなかったので、まあいいかとそのままに流していた。
行きは黒江が窓側だったので、帰りは継信が窓側に座った。外の景色を眺めてぼんやりとしていると、横から少し緊迫した声が聞こえた。
「邑前 さん」
黒江は男子も女子も「さん」づけで呼ぶ。継信は窓から黒江の方に顔を向けた。
「ん、何?」
黒江は手にしていたスマートフォンを差し出してきた。
「私、特進の犀川 さんと仲いいんだけど、こういうのが今回ってるらしい」
見せられたスマートフォンの画面には、抱き合う光映と継信の姿があった。少し上から撮られたようなアングルで、しっかりと継信の顔がわかるものだった。コメントには「ガチホモ、キモい。Kかわいそう」とつけられていた。
全身から血の気が引くのがわかった。
何も言えない継信に、黒江が静かに言った。
「最初は鍵アカで回ってたらしいんだけど、今は結構誰でも見られる状態みたい。犀川さんうちらのクラスと全然交流ないのに回って来たって言ってたから‥知ってた?」
「知ら、ない‥‥」
黒江の言葉がどこか遠いところで話しているように感じられた。おれが、あんなところで、あんなことしたから。
光映に、迷惑がかかる。
「一応私も、このSNSの運営の方にこれはヘイトコメントで肖像権を侵害しているって送るつもりだけど、邑前さんも送った方がいいよ。こういうのは、対処早めがいいから」
「‥‥う、ん」
黒江の言葉は継信の脳の中で滑るだけで、まったく理解ができていなかった。
光映、光映。
おれ、どうしたらいいんだろう。
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