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第13話 世間④

*いじめ、ヘイト発言的な表現が出ます。これらを容認・助長する意図はありません。閲覧にご注意ください。 「邑前(むらさき)さん?大丈夫?」 黒江に声をかけられ、さらに腕をたたかれて、ようやくはっとして継信は黒江を見た。黒江は、痛ましそうな顔をして継信を覗き込んだ。 「しっかりして。相手の人って、隣の安芸坂(あきさか)さん?」 「‥‥うん‥」 「知らないと対処のしようもないから、すぐに安芸坂さんにも知らせた方がいいと思う。連絡できる?」 言われて、自分のスマートフォンを取り出そうとする。手が震えてしまってうまく操作できない。隣の黒江がぎゅっと腕を掴んでくれた。 「邑前さん、しっかりして。とにかく連絡しないと」 「‥‥ん」 震える指でメッセージを送る。SNSで自分たちが抱き合っている画像が拡散しているらしい、ということとそのSNSの画像を添付して送り、目をつぶった。息が苦しい。光映はどんな気持ちだろうか。 「邑前さん、ちょっと何か飲んだ方がいいよ」 黒江は重ねて声をかけてくれた。言われるがままにお茶を取り出して飲む。飲み下したのを確認した黒江が、スマートフォンを操作し始めた。 「邑前さん、違反報告私も今したから、邑前さんもやった方がいい。早めがいいから。犀川さんもしてくれたって」 「ありが、と‥」 まだ気持ちは全く落ち着いていないが、黒江の指示する通りにスマートフォンを操作して違反報告をした。早ければ明日にもできる限りの画像が消えるかもしれないが、こればかりは運だと黒江は言う。 「また、ネットの中のこういうのってしっかりした手順とかが確立してないからね‥でもしないよりましだから。安芸坂さんにも言った?」 「‥言って、なかった」 「じゃあそれも今メッセ送っといた方がいいと思う、できればほかの友達にも協力してもらって」 そう言われて光映と、数少ない去年同じクラスだった友人にも事情を説明してメッセージを送る。友人からはすぐに違反報告するよ、という内容の返事が返ってきた。 しかし、光映からの返事はまだない。 (怒っちゃったかな、おれのせいでこんな画像がみんなに見られて、‥光映のお父さんにまで伝わったらどうしよう、光映は、あんなに知られたくなさそうだったのに) 考えても考えてもマイナスなことしか浮かんでこない。真っ青な顔つきの継信を見かねた黒江が、声をかけようとしたとき大きな足音が聞こえた。 「継信!」 光映が、スマートフォンを片手に継信の席まで来た。隣の車両から気付いてすぐに駆けつけてくれたのだろう、息が弾んでいる。 光映の登場によって、それまでがやがやとしていた車内が一瞬静まった。周りの生徒たちが興味津々とこちらを窺っているのがわかる。 「継信、大丈夫か?違反報告はしたから」 「光映、」 「継信が悪いわけじゃないからな!何でもねえからこんなの!」 格別に大きい声で光映が怒鳴る。ああ、光映が自分を守ろうとしてくれている。そう感じられて、継信は涙が出そうだった。 周りの生徒たちも皆光映の勢いにのまれ、なんとなく視線をそらしているようなのが気配でわかった。 「継信、何かあったらすぐ俺に言えよ。隠すなよ」 「‥うん、ありがとう、光映」 「‥‥大丈夫か?」 たぶん自分の顔色はかなり悪いのだろう。これ以上、光映に迷惑はかけられない、と思った継信は無理にも微笑んだ。 「うん、大丈夫。後は帰るだけだし」 「‥帰りは、一緒に帰るから」 「うん」 光映はそう言いおくと、名残惜しそうに自席へ戻っていった。その姿を見送って黒江はぽつりと言った。 「いい友達ね」 「うん」 友達。 そういうしかない、自分たちの関係。 なぜだかじわりと涙が滲むのがわかり、慌てて窓の方を向いた。 一緒になるのは最寄りの駅からにしよう、と光映にメッセージを送る。これ以上光映に変な噂を立てたくなかった。自宅の最寄り駅まで着いて、光映を待つ。すぐに光映が声をかけてきた。 「ごめん、継信、待たせたか」 「全然。同じ電車だったかな」 「そか、よかった」 二人そろって家に向かい歩き出すと、すぐに光映は言った。 「継信、俺は‥お前のこと好きなのがばれてもいいと思ってる」 「光映!」 驚いて立ち止まった継信を、光映はじっと見つめた。 「継信が、これ以上嫌な目に遭うのは嫌だ。そんなら俺がゲイだって噂される方がましだ」 「光映、おれだって、光映が嫌な目に遭うのは嫌だよ!」 大きな荷物を道端に放り出した光映は、あたりを憚らず継信の両手を握った。そんな振る舞いをこれまで光映はしたことがなかった。手を握られたまま、継信は光映の顔を見た。 「継信が好きだ。‥誰に、なんて思われても」 「‥‥おれも、そうだよ」 ただ、お互いが好きなだけで。 誰にも迷惑なんてかけてないのに。 どうして、こんな気持ちにならなきゃいけないんだろう。 自然とこみ上げてくる涙を、継信は我慢できなかった。手を引いてぐいと顔を拭う継信に、光映が声をかける。 「‥頑張ろう。高校生活なんて‥正味あと一年くらいだから。‥そうすれば、もうここのやつらなんて関係ないから」 「うん‥」 光映の大きな手が、継信の背中を優しく撫でる。腕で目を覆ったまま、継信は静かに涙を流した。 修学旅行が終わるとすぐに中間試験が待っていた。さすがに試験期間中は、人のことなど構っていられないんじゃないか、と光映は言っていたが、そうではないことを継信は知ることになる。 登校すると、継信の個人ロッカーのカギが壊され、中にあった上履きや教材などがびしょ濡れになっていた。茫然とロッカーの前で立ちすくむ継信の後ろで忍び笑いが聞こえる。 「ウケる」 「ガチホモ驚いてる」 「キモ」 とうとう、この学校でも幼稚ないじめに発展したのだ、と継信は思った。 とにかくロッカーのカギが壊されたことは教師に伝えねばならない。そのまま、職員室に向かおうとした継信の後ろ姿に、容赦のないクラスの生徒の声が降り注いだ。 「チクろうとしてんじゃね?」 「ホモのくせに」 「キムセン(継信のクラス担任教員)にも色目使うんじゃねえの」 「うわ、キモ!」 そんな声を振り切るように、継信は職員室に向かった。担任の教員、木村はもう来ているようだった。出入り口から声をかけた継信のところにやって来た木村は、継信の顔を見て眉をひそめた。 「邑前、お前大丈夫か?顔色悪いぞ」 「‥‥あの、ロッカーのカギが、壊れて‥」 「はあ?壊したのか?」 「‥‥朝、来たら‥壊されてて」 消え入るような継信の声を聞いた木村の顔が、ぐっと引き締まった。 「わかった、教室に行こう。状態を見るから」 「‥はい」

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