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第15話 世間⑥

その後、三日続いたテスト期間は何事もなく終わった。だが、ひそひそと噂される事態は何も変わっていない。念のため、継信は毎日上履きを持ち帰っていた。机の中にも物を置かないようにしたが、毎日誹謗中傷の手紙のようなものが入っている。それとは別に、クラスのSNSや、二年の生徒のSNSなどではずっと誹謗めいた書き込みがされているようだった。書き込み自体は時折運営が削除してくれたが、数が全く追いついていない。光映のSNSに中学校の同級生から、ポストやその内容について問い合わせが来たこともあった。 中間テストが終われば、文化祭に向けてのクラス展示制作が行われるの。だが、継信はすっかりクラスから弾かれていた。LHRの時間など、木村がいるときにはそこまで露骨ではないが、黒江以外の生徒はほとんど継信と口を利かなかった。とはいえ、それは一学期からあまり変わってはいなかったが、困るのは様々な制作作業に紛れて継信を傷つけようとするものがいることだった。 絵の具やペンキ塗料をかけられる、重いものをわざと継信の身体や足に落とす。一度など、長く引き出されたガムテープを頭に巻かれたこともあった。髪の毛が絡まってなかなか取れず、少し髪を切らざるを得なかった。 そういった嫌がらせをしてくるものは、すぐに「ごめーん」「見えなかったぁ」などと軽い謝罪の言葉を口にする。意図的、というには証拠に弱く、木村もあまり強く口出しができなかった。 しかし、そういった暴力が行われると必ずくすくすと忍笑いが聞こえ「キモ」「ウザ」「ホモのくせに」などといった呟きが耳に入ってきた。 継信は、いろいろ考えながら我慢をしていた。そのうち飽きるだろう、大きく騒ぎ立てて光映により迷惑がかかるのは避けたい、というような気持ちからだった。一度だけ、黒江が 「邑前さん、こっちで小物制作をしよう」 と言ってくれたが、結果黒江までもが「はあ?何あいつ」「陰キャ女マジうざいんだけど」 「引っ込んでろよ」などと言われる羽目になった。継信は目でそっと黒江に謝った。 継信はそういったことを光映には悟られないように気を付けていた。もし光映にばれたら、きっとクラスにまで乗り込んできて爆発してしまうだろう。それは光映のためにもならない、と思ったのだ。 光映は光映で、大体あのポストが生徒に一周したあたりから、自分のクラスや光映を取り巻いていた生徒たちに、 「あのキモいやつにつきまとわれてんの?」 「かわいそう」 「俺らがシメてきてやろうか」 などと言われるようになっていた。 そう言われるたびに、光映は激怒し、 「俺が継信を好きなだけだ」 「キモいっていうならおれがキモいんだ」 と主張して相手を黙らせた。その結果、少しずつ光映自身も周りから浮くようになってきていた。そのことも、継信が心を痛めている原因の一つだった。 そして、文化祭前日。この日は終日文化祭の準備に費やされ、授業はない。それぞれのクラスに一応監督のため教師はいるが、基本的には生徒主導で作業が進んでいく。 継信のクラスは、簡単なゲームを作って高得点の人に景品を出す、というものだった。ゲームのための仕掛けや看板など、この日は大きいものを制作する予定だった。 入口に置く、大きめの立て看板をベニヤ板と段ボールを使って組んでいる横で、継信は黒江と一緒にゲームに使うボールの色塗りをしていた。 座り込んでちまちまと色を塗っている継信の耳に、「ああ~っと!」というわざとらしい声が聞こえ、次の瞬間には身体中に激痛が走った。大きなベニヤ板で作られている立て看板の下敷きになったのだ。しかも支えの太い角材がある方が倒れてきたので、その角が頬と腕に食い込み鋭い痛みを与えた。 立て看板を倒した生徒は、看板側から「誤って」のしかかるようにして倒れてきており、その体重分も合わせて継信にかかって来たので、継信が受けた衝撃はかなり大きかった。最終的に身体を床に押しつけられる形になった継信は、頭を強く打ったことと腹部にも重い衝撃を受けたことによって気を失った。 「誤って」倒れこんできたのは、いつもふざけた言動をする生徒だった、木村に「疑うなんてひどい」と言った生徒である。起き上がってからにやにやして継信を見ていたが、継信が意識を失ってピクリとも動かないのを見て、少し顔色を変えた。 黒江はすぐに「先生!」と離れたところにいた木村を呼んだ。木村も物音に気付いて立ち上がったところだった。すぐに継信のところに来て様子を見る。腕と頬は、角材によって切り傷ができ、結構な出血になっていた。それを見た女子生徒が甲高い悲鳴を上げた。ざわざわとし出した雰囲気が広がったか、隣のクラスにいた光映がそれを察知して飛んできた。 「継信!!」 人をかき分けて継信の傍に寄った。出血して青白い顔のまま気を失っている継信を見て、光映はカッと胸の内を何かが灼くのを感じた。 「誰だこんなことしやがったのは!!」 光映の声は廊下を伝って大きく響き渡った。倒れた生徒は自分も顔を青くしてガタガタ震えている。それを目ざとく見つけた光映は一足ですっ飛んでいき、そいつの胸ぐらをつかみ上げた。 「てめえか!」 「ひ、」 そこに木村の鋭い声が響いた。 「やめろ安芸坂(あきさか)!先に邑前(むらさき)の手当てだろ!!」 そう言われて、光映はぎりぎり歯を食いしばりながら相手を掴み睨んでいたが、投げるようにしてその手を離すと、すぐに継信のそばに駆け戻った。 木村は継信の耳の近くで何度か名前を呼び掛けた。すると、継信がうっすらと目を開けた。 「邑前、俺がわかるか?声は出るか?」 「‥は、い」 「継信!」 光映は目に涙を浮かべて継信の手を握った。その手にも擦り傷ができている。よく見れば手首の少し上に青あざのようなものもあった。 「大、丈夫‥」 「血が出てんだぞ、大丈夫なわけねえだろ!」 鼻をすすりながらそういう光映に、継信は大げさだなあ、と思いながら目をつぶった。 「運んでも大丈夫かな、車椅子か担架を‥」 「俺が運ぶ。保健室だろ?先生」 「とりあえずはそうだな。抱えられるか?」 木村と光映がゆっくりと継信を起こして抱えあげ、保健室に行くのをクラスの者たちは見送った。その姿が見えなくなると、倒れこんだ生徒が悔しげに吐き捨てた。 「何だよ、大げさにしやがって‥安芸坂もキモいな、必死でさ、なあ!」 同意を求めるような生徒の声に、クラスのものたちが引っ張られようとしたとき。 ガシャーン!とけたたましい音がした。 両隣のクラスにも響き渡るような音で、クラスの者は勿論、何事かと廊下に出てきた他のクラスの生徒もいる。 音の発生源は、黒江が力いっぱい投げ捨てた塗料の入った缶だった。辺り一面に、鮮やかな黄色が散った。

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