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第17話 未来①
「君が本当に継信のことを大事に思っているのなら、同じ場所に立ってお互いに守り合ってくれないかな。ひょっとしたらいずれ君たちは別れるかもしれないけど、今の気持ちに偽りはないんだろう?」
「もちろんです」
別れる未来など考えたくはない、が、継信の父親が言いたいこともわかる。光映は素直に返事をした。
「継信は、自分が我慢してすむことなら我慢しよう、と思ってしまう子だ。君もよく知っていると思うが、私はそこが心配なんだよ。だからそういうところを、君にカバーしてやってほしいんだ」
「‥‥‥俺と、継信が、これからも付き合っていて、いいということですか?」
父親は初めて柔らかい笑顔を見せた。その顔は継信によく似ていた。
「それは私たちが許すも許さないもない事だろう?君たちが君たちで考えればいいんだよ。‥難しいだろうけどね」
父親はそういうと、「もう帰りなさい」と言ってその場から光映を帰らせた。
木村は学校に戻って色々と継信のけがに関する書類を作成していた。それに当たって継信に倒れこんだ生徒の保護者にも連絡をするが、なかなか連絡がつかない。留守電に何度か、メッセージを入れ、向こうから連絡が来るのを待つしかないが、この保護者はいつも折り返しの連絡をしなかった。後でまた連絡するしかないな、残業だなあと思いながらため息をついていると、海崎がやって来た。
「邑前のけがはどうだ」
「今のところそこまで重くはなさそうだけど、頭は打ってるのと腹部の打撲が酷いのとで検査入院。腕は二針縫った」
海崎は顔をしかめた。
「まあまあの大きいけがだな。加害生徒の親は?捕まったか?」
「小林な。例によって、まだだよ」
「そうか」
そこまで聞いて、海崎は木村たちが立ち去った後のクラスの様子を話して聞かせた。木村は驚きながらその一部始終を聞いた。
あの、いつも物静かでおとなしい黒江がそんなことを言ったとは、とてもではないが信じられなかった。
「まあ、俺も最初っから聞いていたわけではないけどな‥」
と締めくくる海崎に、木村は尋ねた。
「その、アロマンティック・アセクシャル?ってどういうことだ?すまんが俺も浅学にして知らん」
海崎は、「俺も聞きかじりだが」と前置きをして話してくれた。
「いわゆる、LGBTQ+の+に分類されるセクシャリティで。アセクシャル、というのが他人に性的欲求を覚えない人のことを指す。アロマンティックは、恋愛感情自体がない人を指すから、黒江は他人に対して性的欲求を持たず、恋愛感情も持たない、というセクシャリティになるな」
木村は初めて聞く内容に、目を瞬かせた。
「え、人を好きにならないってこと、か‥?」
海崎は苦笑した。
「よくそう間違われるらしいがな、『好き』という感情は無論ある、『恋愛的な好き』がないだけだ。家族愛、友情、仲間意識なんかはちゃんとあるんだ」
はあ、と頷く木村に、海崎は手に持っている資料を見せた。
「とりあえず、この資料にはアセクシャルのことは書いていたが、アロマンティックのことは抜けてた。それも足しておく。文化祭が終わってからの最初のLHRで配布したいと思ってる。この授業をやってもらえるよう、今学年主任とも話してる。他にネタもないから、二年の担任は多分みんな承諾してくれるだろう」
海崎はそう言いながらも苦い顔をした。
「‥‥いくらいい資料を作ったって、それを伝える大人がしっかり理解をしておかなきゃ無駄だ。教師全員が偏見無くこの資料を受け取れるかは‥微妙だが。やらないよりはましだと思うから、やる」
その言葉を受けて、木村も何人かの教師の顔を思い浮かべ、あの人たちは資料を配って通り一遍の話をして終わりだろうな、と思う。
しかし、海崎の言うとおり、やらないよりはましだ。
海崎は言葉を続ける。
「こういったセクシャルマイノリティは急に増えたわけじゃない。理解の方がようやく進んできただけだ。きっと俺達と同世代の中にも、こういったことで苦しんできたやつがいっぱいいるんだ」
強い調子で吐かれた言葉に、木村は黙って頷いた。
翌日の文化祭、継信も光映も欠席した。継信は身体の様子を見るため、光映は自分で学校に電話をかけて「もう少し考えたいから」と海崎に伝えた。文化祭の代休として月曜も休みだったため、二人は結果として三日間学校に行かなかったことになる。
この間に、光映は自分の父親と向き合う覚悟を決めた。
あらかじめ、近くで一人暮らしをしている従兄に「何かあったら泊めてくれ」と頼んでおいた。父親が激昂する可能性が大きかったからだ。母親もどのような対応をするかわからなかったので、万が一の場合の避難先を決めておきたかった。従兄は快く引き受けてくれ、家に居づらかったら、高校卒業まで自分のところにいてもいいぞ、とまで言ってくれた。
光映の両親にも、継信のことは海崎から説明がいっていた。ただ、二人の関係性については詳しく言うことはせず、継信のけがについて光映が責任を感じているようだ、というだけにとどめておいた。
だから、継信が入院した日に母親が何か話したそうにしているのはわかっていたが、父親も一緒にいるときに話す、と言って言明を避けた。
土曜日。
両親ともに仕事が休みである今日、朝食が終わったその席で光映は話し始めた。
自分は男性にしか性的欲求を覚えないこと。それは小学校四年くらいの頃に気づいたこと。
そのころから継信のことが好きだったこと。
今年になって、お互いの想いが通じあったこと。
だが、修学旅行中に写真を撮られ、それがSNSを通じて拡散したこと。
そのことによって継信が嫌がらせを受けるようになったこと。
自分も少し孤立気味ではあるがそれは気にしていないこと。
昨日のけがもその一環だろうと思われること。
「‥親父は、同性愛者が嫌いだってことはわかってるし、母さんが孫を楽しみにしてるのも知っている。‥でもその期待には応えられない。申し訳ないけど」
長い、光映の話の間、両親は一言も口を利かなかった。父親は眉間に深い皺を寄せ、むっすりと黙り込んでいる。母親は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
光映は締めくくりとばかりに言った。
「認めてくれとか許してくれとかは言わない。そういう話ではないと思うから。‥‥それでも俺のことが気持ち悪いって思うなら、秀兄のところに住まわせてもらう。了承も取ってるから」
「わが子を気持ち悪いなんて思うわけないでしょっ!」
光映の母の甲高い涙声が、ダイニングに響いた。光映は驚いて母親の顔を見た。
「‥あんたが、何か、屈託を抱えてるのはなんとなくわかってた」
母は、そこまで言うと、隣に座る父親の方を向いた。父は、一点を見つめ難しい顔をしたまま口を噤んでいる。
母は、父に向かって何か言おうと口を開いたが、すぐにやめてしまった。
そしてまた光映の方を向き、問いかけてきた。
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