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第18話 未来②

「この後、その状態であんたは学校に通い続けられるの?」 「‥‥俺は、何言われたって我慢できる。継信がやめない限り俺も学校に行く」 母は、硬い表情でそう語る息子の顔をつくづくと眺めた。 思えば、手のかからない子だった。こちらの思うところを先読みして動くようなところがあった。やや威圧的な父親を、少し苦手に感じているのも知っていた。 なのに、今、息子はしっかりと自分の意志を持って話し、親の反対があろうとも負けない、という顔をしている。 母は、そのように成長した息子のことを嬉しく思うやらこの先を考えると不憫になるやらで、目の前の息子に何と言葉をかければいいのかわからなかった。 父が、ここで重い口を開いた。 「同性愛なんて社会に受け入れられない」 自分を、すべて否定するような言葉。 覚悟はしていたが、目の前で面と向かって言われると心に重く響いた。 「‥でも、俺は俺自身を変えることはできない。一生、結婚はしないから孫も生まれない。それを見せてやれないのは、ごめん」 父親はまた黙り込んだ。光映も、どう言葉を続けていいのかわからず黙る。話し始めたはいいが、どうやってこの話し合いを終わらせればいいのか、光映にもわからなくなっていた。 「光映」 父がまた話し始めた。その声はかすれて、少し弱々しくさえ聞こえた。その声を聞いて不審に思った光映は、顔を上げて父の顔を見た。 父の顔は、苦悩と悲しみと、苛立ちに満ちていた。 「お前、この先の長い人生、社会に弾かれたまま生きていける覚悟はあるのか」 光映はごくりと唾液を飲み込んだ。ここで、父親に怯むわけにはいかない。 「正直、俺はまだ高校生だし、この先多分嫌なことにもいっぱい出くわすと思う。‥でも、‥同性愛者だってことを含めて俺という人間だからそれで生きていくしかない。好きでもない女性と結婚なんてしたらそれこそその女性に失礼だし、その人の人生を台無しにする。だって俺は、女性には魅力を感じないんだから」 少し早口に語る光映の顔を、父は固く唇を結んだまま聞いていた。 「でも、異性愛者だって人生いろいろあるだろ?今から起こりうる不幸のことばかりを考えたって仕方がないよ。どうすれば幸せになれるか、そっちの方を考えて生きていきたい」 光映がそこまで言って言葉を切ると、父は目をつぶって俯き、はあっと大きく息をついた。 ぱた、とテーブルに水滴が落ちた。 「え」 (‥‥親父、泣いて、る‥?) ぱたぱたと途切れなく涙が落ちる。テーブルの上に涙の滴が広がる。母親がそっと父の背中に手を当てて、軽くたたいた。 母が差し出したティッシュを取って鼻をかみ、涙を拭うと父は鼻の頭を赤くしたまま光映の顔を見た。光映は知らず、背中を伸ばして居住まいを正した。 「光映、俺の兄のこと知ってるか」 「‥‥うん、若い時に亡くなった伯父さんでしょ?」 「兄は自殺したんだ」 思わぬ言葉に光映は目をみはった。 父はぽつぽつと語り出した。 ――兄も、お前と同じ同性愛者だったようだ。 家族は誰も知らなかった。そうだろうな、兄はひたすらにそのことを隠していたようだから。俺たち家族も、そんなことなんて想像もせず日々を過ごしていたんだ。 だが、兄には大学に入って恋人ができた。おそらく初めての恋人だったんだろう。 二人でルームシェアをして大学に通い、楽しそうにしていた。思えば兄が、心から楽しそうに笑っていたのはあの時期だけな気がしている。 光映は呼吸も忘れて父の話を聞いていた。 ――だが、兄たちの交際に気づいた同級生がいたんだ。 そいつは、面白おかしく兄たちのことを大学内で言いふらした。‥‥兄たちは、誹謗中傷や嫌がらせを受けるようになった。‥‥風紀を乱す、と大学から注意まで受けたそうだ。他の恋人たちには言わないのになぜ、と抗議したがそれも受け入れてもらえなかったらしい。 なぜ、マジョリティであるというだけで「正義」のようなものを振りかざすのだろう。「正しさ」なんて、「正義」なんて立場が変わればごろりと反転するものなのに。 そして、自分を「正義」だと思っている奴らは、なんて残酷で傲慢なんだろう。 父の話は続いた。 ――兄とその恋人は、色々頑張ったみたいだった。‥でも、だめだった。それに絶望した二人は‥‥一緒に海に飛び込んで死んだ。 父はそこまで話すと、テーブルの上にあったコーヒーを飲んだ。それはすっかり冷めきっていて湯気もたっていなかった。 ――ことの仔細を書いた遺書が、俺の家と兄の恋人の家に送られていた。それで知ったんだ。 ‥‥兄は、‥‥俺にまでもし迷惑が掛かったら申し訳ない、と謝ってくれていた。俺は当時中学生だったが‥無力感に苛まれた。 父はそこまで話し終わると、少し黙った。肩が震えているので、また涙を流しているのかもしれない。母はまた父の背中をさすっていた。 「‥社会は、世の中は残酷だ。俺達は、兄を助けられなかったし、兄の友人たちも何もできなかったと悔いていた。あのころから、三十年くらいしかたっていない、この世の中で、お前は、お前たちは生きていけるのか‥?」 弱々しくそう言う父に、光映は言った。 「‥まず、親父。伯父さんにも俺にも謝って。同性愛なんて、って悪口言ってたこと。俺のことを心配して言ったのかもしれないけど、それこそが『悪意』だよ。『悪意』が人を殺すんだ」 「‥‥すまない‥」 「うん」 光映は大きく頷いて、それからまた言った。 「三十年前と、世の中は大して変わっていないかもしれない。でも、俺達はこの社会の中で生きていかなきゃいけない。俺という人間のままで。多分、大変だろうし、差別や嫌がらせも受けるだろうと思う。でも、幸せになるための努力はしていきたい」 父親は、もう辺りを憚らず声をあげて泣いていた。調子狂うな、と苦笑しながら光映は言った。 「だから、こういう俺をあなたたちの息子だって認めてほしい」 「当たり前よ。そんな心配しないで。何でも、私たちができることはする。だって、あんたは私の大事な子どもなんだから」 泣き崩れている父をなだめながら、母が力強くそう言ってくれた。光映は、自分も涙がこみ上げてきそうになって、慌てて咳払いをしてごまかした。 ***** 今年、作品をお読みくださってありがとうございました。 皆様よいお年をお迎えくださいませ。

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