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第3話 特殊部隊

 鷹也が所属する特殊部隊の任務は、ハイジャック等の重大テロ事件、銃器等の武器を使用した事件等の現場に臨場し、被害者や関係者の安全を確保しつつ、被疑者を制圧・検挙すること。  特にセンチネルとガイドが手を組んでが被疑者側に回ると被害は甚大だ。  センチネルとガイド――。    センチネルとは、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚が異常発達した能力者の総称だ。  厳密にいえば、五感のすべてが発達した者をセンチネル、五感のいずれかが発達した者をパーシャル、未覚醒状態の者をレイタントと分類している。  そして、ガイドとは、五感を開放しすぎたことに伴って疲弊した精神と肉体の均衡を保つガイディングをすることができる能力者のことだ。  能力が覚醒――プレゼニング――した者をガイド、未覚醒状態の者をセンチネルと同じくレイタントと分類している。  彼らは、レイタントとして認知されるか、プレゼニングした後、国が管理するタワーと呼ばれる施設で能力操作を勉強し、自立の時までを過ごす。  そして、類い稀なる力を使い、非能力者――ミュート――には困難な仕事を国から斡旋されることもあるという。    だが、全員が善良であるわけではない。  能力を使って犯罪に手を染めてしまう者もおり、その結果、大規模なテロに発展することもある。    テロを企てる者は国家に仇なす者。  特殊部隊は国民を守ると同時に、国家そのものを守るのだ。    鷹也はその仕事に誇りを持っている。  厳しい訓練を続けている自負もある。  しかし、やはり選ばれた者――能力者――には敵わない。    自分には感知できない領域を目の当たりにすると、不可視の壁に阻まれたように感じる。  それは、越えることのできない高い壁だ。  鷹也は壁を目の前に、何もすることができない。  それが、今だ。  金城は男に触れたまま目を閉じている。  ゾーンとは、センチネルが能力を酷使したり、使用能力に集中し過ぎた際に起こる障害のことだ。  能力を使った器官に痛みを感じるのを発端とし、やがては昏睡状態に陥り、最悪は死ぬ。    突入前の作戦会議で、銀行強盗の男は視覚が発達したセンチネルだと聞いている。  犯行時から能力を発動させていたとしたら、ゾーンになるのも無理はない。  当然の帰結と言えた。    ゾーンから脱するには、ガイドの力が必要だ。  ガイドがゾーンになったセンチネルをケア――ガイディング――することにより、症状を緩和することができる。  それを、ガイドである金城は銀行強盗の男にしているのだ。    自業自得だ。  そのまま放っておけばいい。  女性を人質に取った卑劣な銀行強盗に相応しい罰ではないか。  そう思わないでもないが、警察官の使命は国民を守ること。  例え犯罪者でも、国民であることには変わりない。  その命を助けるのは義務だ。    そして、日本は法治国家だ。  彼らを裁くのは法律であり、決して一個人が独断で制裁を加えてはならない。  金城のガイディングは順調だ。  その証拠に、男の叫び声が小さくなり、ついには呼吸の音だけになる。  苦悶の表情を浮かべていた顔は、刻まれた皺が薄くなり、穏やかな表情に変わった。 「よし。ガイディング完了です」  金城が目を開く。  頷いたその目には自信に満ちていた。  周りに知らせるように、ヒラヒラと手を振る彼の様子はリラックスした雰囲気がある。    緊張していた現場から、一気に空気が抜けていく。  鷹也の肩からも自然と力が抜けた。 (やっぱすげぇな。金城さん)  応急処置とはいえ、ゾーンになっているセンチネルを完璧にガイディングするのは困難だと言われている。  ガイディングを専門にする医療従事者ではないSAT隊員の金城がこのガイディングを成し遂げたのは賞賛に値する。  通常なら拍手が起こりそうな場面ではあるが、状況が状況なだけにそれはない。  その代わり、感謝と尊敬の視線が金城に向けられた。    銀行強盗を所轄の警察官に引き渡し、現場となった銀行の裏から出る。  表の規制線の外側には、報道カメラがぎっしりと並んでいる。  目標はお縄となった銀行強盗たちだが、鷹也たちが裏から出るのは、万が一カメラに映ってしまわないようにするためだ。  SATはその任務の特殊性から、隊員は警察官でありながら警察組織内の人員名簿から氏名を削除され、家族やかつての同僚にさえどこの部署で働いているかも知らせることはできない。  そのため、世間への露出は最も避けるべきことなのだ。  それを辛いことだと思ったことはない。  鷹也たちの任務は重要なのだ。  その対価と思えば、仕事もプライベートも秘密にしておくことなど大した苦労ではない。  銀行の裏は住宅街となっており、犯人たちが銃を持っていたことから、住人たちは近くの小学校に避難している。  その狭く入り組んだ路地の一角に、鷹也たちSATの車が駐車されていた。  防弾性能が高い、SAT専用の車だ。  後部座席のドアを開くと、別行動をしていた米田夏央(よねだ なつお)が重い装備を外しているところだった。  彼はこちらを振り返り、ひらりと手を振る。 「お疲れさまでした」 「お疲れさま。ナイス狙撃」 「ありがとうございます」  杉浦は米田の声に応えて拳を作り、彼に突き出した。  その拳に米田も拳を合わせる。  バラクラバを外した米田は、嬉しそうに笑みを浮かべた。    それもそうだろう。  米田は警察官として働き始めた当時、直属の先輩であった杉浦を慕い、彼を追いかけてSATに入隊したと聞く。  今の労いで任務の疲れも吹き飛んだだろう。  満面の笑みを浮かべた米田は、今度は杉浦と合わせた拳を鷹也に突き出してきた。 「榎本もお疲れさま。圧倒的な強さだったよ。おかげて狙撃に集中できた」 「ありがとうございます。いや、米田さんの狙撃があったからできたことですよ」  今回は銀行強盗の犯人の中に視覚が発達したセンチネルがおり、狙撃場所を現場から遠ざけなければならなかった。  それでも、犯人のランクは五段階のうち下から二番目のCで、はっきり視認できるのは八百メートルがせいぜいといったところ。    視覚と聴覚が発達したセンチネルの米田はいずれも最高ランクのSで、国内でも五本指に入る優秀なスナイパーだ。  不測の事態が発生しない限り、ミスなどあり得ない状況でもあった。  それでも、犯人の能力とライフル銃の飛距離を勘案し、現場から一キロ以上離れたビルの一室から銀行強盗を狙った射撃を成功させた米田は凄い。  そんな米田から感謝され、鷹也は素直に喜んだ。    鷹也にとって、米田は鷹也が昔から憧れるセンチネルそのもの。  班内では最年長の三十五歳でありながら、その戦闘能力は十歳年下の鷹也とほぼ互角。  鷹也と同じ歳の頃の彼と戦っていたら間違いなく負けている。  洗練された彼の動きは鷹也の理想であり目標だ。  そんな彼に褒められて、嬉しくないわけがなかった。 「そうですよ、米田さん。榎本は単なるゴリラなんですから!」  米田に褒められて良い気分になっていたというのに、それを台無しにしたのは、銀行強盗の現場で女性を救出した紅一点の馬場由紀子だ。  レスリングのジュニア世界選手権で何度も優勝した経歴の持ち主で、鷹也とは警察官の拝命同期で警察学校では同じ教場、おまけにSATへの配属も同期という、切っても切れない腐れ縁。  体を動かすことが好きなもの同士、馬が合うと言えばそうだ。  彼女との会話はテンポが良く、話してして気持ちがいい。  闘争心が強い故に何かと張り合うことが多く、それがまた楽しかったりする。  だが、たまにだる絡みをされるのは面倒だ。   「誰がゴリラだ」  あからさまな侮辱にすかさず反論する。  ゴリラとは失礼な。  せめてもう少し格好良い動物に例えてほしいものだ。  例えば、ライオンや狼、シャチがいいんじゃないか。  そうだ、それがいい。  ゴリラ案に反論するため口を開こうとしたが、一瞬で別の声に先を越されてしまった。   「いやいや猪でしょ。ほら、猪突猛進」  ゴリラ論に対抗して猪論を唱えたのは、班内では最年長の三十八歳のガイドである金城保だ。  綿飴のような柔らかい雰囲気と物言いで人当たりがいいが、仕事となるとアイスピックのように鋭く尖り、触れると怪我をしてしまいそうなくらいに怖くなる。  銀行強盗をガイディングしたときも、普段とはまるで違う金城だった。  その切り替えは見習いところだ。   「それ褒めてます?」 「いんや?」 「俺の扱い酷くないすか?」 「普通でしょ」 「普通とは……?」  亥年生まれならともかく、猪に例えられるのは不本意だ。  鷹也はそれなり考えて慎重に動いているつもりで、言われるほど猪突猛進ではない……はずだ。    班員からの酷い扱いに唇を尖らせてぶすくれていると、太い咳払いが響いた。 「んんっ……まだ仕事中だ。冗談は基地に戻ってから……んふっ、な?」  鷹也の窮地を救おうと動いたのは杉浦圭吾。  三十一歳の若さで鷹也たちを率いる班長に選ばれたエリートだ。  肉体派が多いSATの中では珍しく頭脳派で、彼の指示には無駄がない。  義理堅く人情に熱い彼は頼れる兄貴分だ。   「締まらないですよ、杉浦班長」 「ゆるゆるじゃないすか」  不発に終わった杉浦のフォローに、笑いの渦が巻き起こる。  ますます居た堪れなくなった鷹也は、どこに視線を向けたらいいのかわからない。  誰かこの状況をどうにかしてくれ。  そう呟くと、まさしく望んだ救世主の声が上がる。 「そういや、保。お前、また俺以外のガイディングしたろ」  米田が装甲板でさえ撃ち抜くような視線を金城に向ける。  低い声は金城を責め、鋭い視線には憤りと嫉妬が含まれていた。 (あー……まぁた始まった)  任務終わりに、度々繰り返されるこのやり取りには慣れたものだ。  車内に険悪な雰囲気が漂っているが、結末はわかりきっている。    鷹也も馬場も、班長の杉浦でさえ、涼しい顔をして装備品を外していく。  茶番劇には付き合っていられない。  三人で視線を交わし、小さく頷き合った。   「人命救助だよ」 「犯罪者のガイディングは危険だ。だから何度もタワーの連中に任せろって言っている」 「応急処置だって」 「それが一番危ないんだろうが」  危機に陥っているセンチネルが最もリスクがあるように思えるガイディングだが、実はガイドにも相応の危険がある。  ガイディングは、ガイドがセンチネルの精神と繋がる必要がある。  そのため、万が一ガイディングに失敗した場合、センチネルだけではなくガイドにもダメージが入り、最悪の場合は意識を喪失してしまう。  特にゾーンに陥っている場合はそのリスクが高い。  さらにセンチネルが犯罪者となると、警察官や能力者を管理・支援するタワーの職員のガイドに反発してガイディングを受け入れないことが多い。  金城が行ったガイディングは、その行為の中でも最もリスクがあるものだ。  基本的には、能力者を専門に扱うタワー職員が担う任務であるが、犯罪現場であることから、往々にして第一線にいる警察官が対応している。  米田はそれが気に入らない。  人命救助が警察官の使命であるから、金城の行為は正しい。  仕事だから仕方がない。  それでも、仮とはいえ、バディ契約であるボンドを結んでいる金城が危険に晒されることを嫌う。  誰かに金城を取られたくないという独占欲と執着心も、どうやらあるらしい。    ただの凡人である鷹也には、心配する気持ちはわかるものの、米田の金城に対する独占欲や執着心がいまいち理解できない。  金城が仕事でガイディングする者、一人一人に対抗心を燃やしていたらキリがないだろう。  心も平穏ではいられない。  サクッと割り切ればいいだろう。  だが、そうもいかないのがボンドを結んだセンチネルとガイドなんだろう。  面倒な感じもするが、そんな関係がやはり羨ましい。  装備品を外し終わった鷹也は、シャツの上からグレーの作業着を被る。  建築業や電気設備業の作業員にも見える格好をすれば、帰り支度はばっちりだ。  似たような格好をした馬場と運転席に乗り込み、あとは言い合いをしている二人の用意が終われば基地に向けて出発できる。 「わかってるよ。心配かけてごめん」 「それで機嫌取ろうったって意味ないからな」  着替え終わった金城は、ぶすくれている米田の手をぎゅっと握る。  それはまるで、駄々を捏ねる幼児に言い聞かせている親のようだ。  大人が何をしているんだと思わずにはいられないが、これも歴としたガイディングだ。  ガイディングは身体接触が不可欠。    センチネルが能力を使えば、多少なりとも体にも精神にも負荷が掛かる。  それらを調整するのがガイディングだ。  また、精神を繋げることで心の安定を図る。  それもガイディングの大切な役割だ。   「ごめんって」 「俺以外、ガイディングするな」 「時と場合によるなぁ」 「嘘でも約束しろ」 「無理だって」  後部座席に座り、ふはっと吹き出して笑う二人に険悪な雰囲気はない。  今日も丸くまとまったようだ。  やれやれと肩を竦める杉浦から、鷹也の肩を優しく叩かれる。 「帰ろう。安全運転でな、榎本」 「了解です」  杉浦の指示に力強く頷き、鷹也はサイドブレーキを解除した。   「猪突猛進しないようにね」 「馬場ぁ。黙って補助しろよ」 「はいはい」  鷹也は馬場の減らず口に素早く応戦すると、基地に向かって車を発車させる。  任務帰りの車内は、そうとは思えないほど賑やかで、眠気など小指の爪の先ほども感じなかった。

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