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第5話 遅れたプレゼニング
貨物車仕様の車内に座席はない。
床には申し訳程度に毛布が敷かれ、さらにクッションが四個あり、そのひとつの上に陽介は座っている。
対して鷹也は右腕の関節をきめられ、毛布すら敷かれていない固い床にうつ伏せに押さえつけられていた。
陽介のひっ、ひっ……と喉を鳴らす音と鷹也の怒号。
鷹也が拘束から逃れようと暴れ、それを男が押さえ込む音と、それに伴う激しい揺れ。
車内は修羅場の真っ只中だ。
そこに。
「翔さん。その人、何で連れてきたの?」
静かな声が届いた。
運転をしていた男の声は叫ぶわけでもないのに、妙に耳に響いた。
「そうですよ。あなたと互角に戦えるようなの連れて行くなんてリスク高すぎです。何考えてるんですか」
陽介の隣に腰を据える男も異議を唱える。
それもそうだ。
鷹也は全国にいるSAT隊員の中でも五本指に入る実力を持っている。
当然、それはセンチネルやガイドを含めての番付だ。
馬場たちからゴリラなどと称されるのは、ミュートでありながら能力者に混じって上位を争っていることも要因なのだ。
普通に考えれば――いや、考えたくもないが――陽介の誘拐が完了した段階で鷹也を牽制すればいいだけの話。
追い縋るなら車で轢くこともできた。
だというのに、鷹也を連れ去るなど誘拐の失敗を自ら招いているようなものだ。
「こいつはセンチネルだ」
翔と呼ばれた男の声は低く静かで、けれどはっきりと鷹也の耳に届いた。
だが、その言葉の意味が咀嚼できない。
鷹也は顔をぐしゃりと歪めた。
「は、ぁ? 何、言って……? 俺は、ミュートだ」
首だけで振り返って翔を仰ぎ見るが、その顔は冗談を言っているようには見えない。
そんな、まさか。
十八歳の誕生日を目安に最終確認の意味でセンチネル・ガイド能力検査をしたが、それは陰性に終わった。
一生、凡庸な人間と値札を貼られたはずだ。
それが覆ることなどあるのだろうか?
「レイタントってこと?」
「さあ。それより陽介くんへの説明が先だ」
「ぇっ、おれ……?」
「了解」
翔からの指示を受け、陽介の隣にいた男は、それ以上鷹也の話題に触れることはなかった。
あっさりと話を打ち切ると、迷彩柄のタブレットケースを取り出して起動させ、タプタプと画面を操作していく。
「おい俺の話を」
「少し黙ってろ」
「ぐっ」
鷹也がセンチネルだという話はどこにいったのか。
まずはそれを説明しろと抗議しようとして、翔から首の後ろを掴まれて床に押さえつけられる。
気道を絞められているわけではないのに息が苦しい。
嫌な圧迫感に踠くが、体は自由になる気配はない。
そんな鷹也を陽介は心配そうに見ながらも、男から渡されたタブレットを受け取った。
陽介の右側にいる男が画面をタップする。
『陽介、驚かせてごめんね』
「父さん!」
流れてきたのは陽介の父、生田雄介の声だ。
それは通話ではなく動画のようで、陽介が発した呼びかけに雄介が応えることはなかった。
『その人たちは陽介と同じガイドで、今日から陽介と一緒に暮らす仲間だ。だから、父さんと母さんとはお別れだ。日本は能力者を虐待している。日本だけじゃない。他の国も同じだ。詳しいことはその人たちに聞くといい。日本にいたら陽介も危険だ。だから、どんな形でも陽介に無事でいてほしくて、幸せになってほしくて、離れることを決めた。勝手に決めてすまない。本当は、陽介と一緒にいたかった。一緒にご飯を食べて、たくさん話して、旅行に行って。ずっと、陽介が社会人になっても……』
言葉を詰まらせた陽介はスンッと鼻を啜った。
感情を堪えきれなかったんだろうか、何度か息苦しそうに深呼吸を繰り返す。
『陽介。父さんも母さんも、君を愛している。陽介が歩む道が希望に満ち溢れた穏やかなものでありますように。きっと大丈夫。父さんも、陽介が日本に帰ってこれるように頑張るよ。だから、少しの間だけさよならだ。じゃあ、またね。陽介、愛しているよ』
そこで動画は途切れた。
唇を噛み締め、嗚咽を漏らす陽介の嘆きが狭い車内に木霊し、それは見る者の憐憫を誘う。
だが、鷹也の胸の中にはマグマのように煮えたぎった憤りが次々と破裂していた。
全身が小刻みに震え、押さえつけられた首を無理矢理捻り、犯罪者たちをギッと睨みつける。
「動画は今時AIでも作れる。こんなもので騙すつもりか!」
陽介は二十歳だったと記憶している。
立派な成人ではあるが、まだ社会の荒波に揉まれてない大学生だ。
親が恋しいに決まっている。
それを逆手に取り、こんな動画を作って洗脳しようとするなど、人間のやることではない。
まさに悪魔の所業だ。
だが、鷹也の怒号を否定したのは他でもない陽介だった。
「違う! これは本物です」
「いや、君は……」
「騙されてない。父は僕に言ったんです。『陽介が歩む道が希望に満ち溢れた穏やかなものでありますように』と。『愛しているよ』と。僕が答え合わせできるように、昨日の夜、父は答えを教えてくれていた。だから、これは本物の父です」
はらはらと涙を落とす目元は真っ赤で、鼻先も赤くなり、その姿は白兎のように見える。
成人男性であっても、鷹也にとって、彼は守るべき存在だ。
だが、その瞳には幾度となく修羅場を潜り抜けてきた鷹也をも気圧するほどの強い意志が静かに揺れていた。
彼は官僚の息子。
それ相応の教育を受けてきたのだろう。
頭が良いのも、張り詰めた糸のようなこの状況でしっかりと受け答えができる肝が座っているということも見て取れた。
社会人にもなっていない大学生だからと侮ってはいけない。
彼らは時に大人よりも聡明だ。
所詮は学生の言うことだと切り捨てることは容易いが、陽介の判断を拾うのは今しかない。
「後悔しないか」
「しません。それに、父は標準語で話してるつもりで、家族だけのときはほんの少し訛っているんです。家族しか知らないし、AIでもそこまで調整できないですよね?」
「……そうか」
鷹也の耳に僅かな訛りは認められなかった。
だが、陽介にはそれがわかった。
それが動画の真偽を判断する決定打になったんだろう。
陽介の潤んだ瞳に迷いはなかった。
万が一、億が一。
動画が本物だと仮定しよう。
しかし、鷹也にはその内容に納得がいかない。
「国がセンチネルとガイドに『虐待』をしているってのはなんだ」
「今伝えて、お前は信じるのか?」
翔が鼻で笑う。
その態度には歯軋りをするほど腹が立つ。
だが、その通りだった。
犯罪者の言うことなど信じられるわけがない。
「まさか」
「だろう? てことで、お前はしばらく縛られてろ」
「暴れねえよ」
「はっ、どうだか」
翔は右腰から手錠を取り出すと、片手で器用に鷹也の手首にあてがった。
カチカチと不快な金属音を鳴らして締められ、固く冷たい手錠が手首を締めていく。
「おい、痛えよ」
「動くから痛いんだ。じっとしてろ」
「やめろ、暴れねえって」
「暴れてんじゃねえか」
「手錠かけようとするからだろ!」
暴れるに決まっている。
ここで体の自由を奪われれば、彼らを捕まえるチャンスが激減する。
それだけはなんとしてでも避けたかった。
どうにか翔の下から這い出そうと体を動かす。
(クソッ全然抜け出せねえぞ⁉︎)
SATでは、当然拘束から抜け出す訓練もある。
鷹也はいつでも最初に抜け出し犯人役を制圧してきた。
それなのに、今は手も足も出ない。
一抹の不安と焦りを押し除け、闘争心が膨らんでいく。
「話にならんな」
呆れたように息を吐いた翔は、抵抗を受けながらも淡々と手錠に鍵をかけた。
次は左手だ。
翔の指先が鷹也の左腕に触れた瞬間だった。
それまでパチパチと弾けていた奇妙な感覚が、風船が割れたかのようにバチンッと大きな音を立てて破裂した。
途端、胸の辺りから青白い炎が溢れ出した。
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