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第8話 見極めてやる
鷹也が大人しく付いてくるものだと思っている間抜けな彼らを捕縛する算段を立てていると、ボソリと低い声で思考を妨害された。
「無駄だ。捕まらねぇし、逃がさねぇよ」
「は、あ……?」
翔は冷めた目で鷹也を睨みつけていた。
すべてを見通しているかのようなそれに、鷹也の心臓がドクリと跳ねた。
(なんでだ。顔には出てないはず……あっ)
よくよく考えてみれば、答えは明白だった。
「テレパシーか」
手を繋いでガイディングを続けている以上、鷹也の心は翔に筒抜けだ。
丸裸の状態で脱出策を考えるなど間抜けにも程がある。
鷹也は自分の失態に唇を噛み締めた。
鷹也が顔を顰めたのを見ると、翔は冷めた目はそのまま、嘲りを孕んだ笑みを湛え、ふんっと鼻で笑った。
「気付くの遅えよ。馬ぁ鹿」
「このっ」
「いいのか? 手ぇ離しても」
「それは……」
反射的に手を振り解こうとしたが、翔に言われて我に返る。
五感を意のままに制御できない今、翔の手が離れればどうなるか。
激しい五感の刺激に耐えられずに動けなくなる。
そうなれば逃げることなどできない。
たが、心を読まれてしまえば逃げる算段は筒抜けだ。
陽介を逃がせたとしても、鷹也は翔がいなければ動けない。
どちらを選んでも詰みだ。
鷹也がどう足掻いたところで、鷹也が彼らを捕まえるのも、逃げ出せる可能性も万にひとつもない。
「俺はどっちでもいいぜ?」
翔はそれをわかって聞いているのだ。
八方塞がりの鷹也を痛ぶって楽しんでいる。
一瞬でも、少しは良心的な奴だと思った自分が腹立たしく、悔しい。
噛んだ唇は僅かに血の味がする。
余裕綽綽の笑みは苛つきを覚え、腹の底から怒りが湧いてきた。
鷹也の感情の昂りに合わせ、膝の上の雛も「ピシャッピッ……」と忙しなく翼をバタつかせている。
「翔さん。ちょっと意地悪が過ぎません? 大人気ないですよ」
「おちょくりたい気持ちはわかりますよ。イジリがいいありそうですしね。でも、これから仲間になるんでしょ? 穏便にいきましょうよ」
伊吹が聞き捨てならないことを言ったが、それはこの際横に置いておくとして。
櫂も伊吹も総じて鷹也の味方だった。
表情を読み取れる二人は心底呆れた顔をしているし、陽介に至っては苦笑いだ。
陽介から見ても、翔の対応は子どもだったようだ。
多少胸がすいた鷹也は、意趣返しとして、未だ怒りで引き攣る頬を持ち上げて笑ってみせた。
「四面楚歌なのはどっちだ?」
「ちっ……悪かったよ」
「どうしようかな」
「鷹也さんも煽らない!」
「……はい」
さっきまで味方だった櫂に一喝され、鷹也の怒りは急激に萎んでいく。
なぜだ。
悪いのは翔だったはずなのに。
反省したふりをして黙ったのだが、櫂は止まるところを知らない。
「はぁ……。大体、なんでそんな喧嘩腰なんです? 親でも殺されたんですか? そりゃあ、鷹也さんがピリピリするのもわかります。突然拐われて、プレゼニングしてるんですから。なのに翔さんは俺たちのことを説明するでもなく、宥めるでもなく、煽る。そこは優しくしてあげるとこですよね。いつも冷静で優しい翔さんはどこに行ったんですか? 何考えてるんですか?」
「えっ、あの……」
「あちゃあ……スイッチ入っちゃったな」
「スイッチ?」
伊吹が額を抑える。
その表情から察するに、櫂を止める手立てはないようだ。
幸いにして矛先は翔に向いている。
鷹也は項垂れ、より一層反省している雰囲気を出してみた。
しかし、櫂の目は誤魔化せなかったらしい。
「鷹也さんも」
「俺ぇ⁉︎」
「熱くなるのは結構。でも喧嘩っ早いのはいただけません。あの戦い慣れた感じといい、あなたもしかしてヤクザ? ヤクザでも何でもいいですけど、もう少し歩み寄れません?」
殊勝な態度を示す鷹也に対しても、櫂は至って冷静な態度と口ぶりで懇々と説教する。
ともすれば悪戯した子どもに善悪を言い聞かせるような、柔らかい笑みと語気だ。
だが、その背後には黒い翳りが見える。
「いや」「だから」「あの」と止まらない責めを止めようと口を挟もうとするが、悉くスルーされた。
違うと思ったことに関してはきっちりと反論してきた鷹也にとって、櫂の怒り方は寒心にたえない。
一番柔和だと思っていた櫂が、まさか激昂すると淡々と怒るタイプだったとは。
ぶるりと身を震わせ、絶妙に針を刺してくる櫂のお小言に耳を塞ぎたくなってきたとき、車内にコンコンと軽快な音が響いた。
「櫂、かーい。もう着くんじゃない?」
伊吹の大声は、果たして櫂の耳に届いた。
はっと視線を巡らせた櫂は、窓の外を見て頷きながらため息を吐く。
「……お説教はこの辺で終わりです。まだ言い足りないけど」
「充分だよ」
翔が力なく呟く。
櫂の説教は、翔にそれなりの打撃を与えたようだ。
説教の矛先がそこまで向いていなかった鷹也は肩の力を抜き、ちらりとフロントガラス越しの空を見た。
うっすらと橙に染まった空。
ここからでは現在位置がわからない。
だが、チャンスは目の前であることは確信できた。
もう着くということは、潜伏先に到着したか移動手段を変えるといくことだ。
彼らを捕まえることはできなくても、逃げることはできるかもしれない。
彼らはなぜか陽介だけでなく、鷹也も仲間に取り込みたいようだ。
翔は逃がさないと言った。
実行可能かどうかはさておき、鷹也が捕縛か逃走を図ることは知られている。
警戒するのは当然のことだ。
伊吹の声をきっかけに、彼らはクッションを毛布で包んで移動の準備をしつつ、ピリリと肌が痛くなるほど空気が張り詰めた。
視線は陽介に一割、鷹也に九割といったところだ。
笑っているのに、三対の目の奥は冷え切っている。
心臓が飛び出しそうなほど胸の中で暴れている。
全身をナイフのような視線で刺され、強い不快感に苛まれた。
(どうする?)
車がゆっくりと停止した。
チャンスは一度きり。
着いた場所がどこであれ、この機を逃せば次がいつになるのかわからない。
翔に筒抜けだと知りつつ最善の逃走方法を絞っていると、伊吹に右腕を絡め取られた。
彼の右手は鷹也の右腕を、左手は鷹也のチノパンのウエストとベルトをガッシリと掴んでいる。
「はぁい、鷹也さんは俺ともお手手繋ごうね」
密着した彼の体は、骨太な体格に見合った筋肉がついていた。
少し離れていた座っていただけではわからなかったが、身長も鷹也より高いようだ。
恵まれた体格は純粋に羨ましい。
こんなときでなければじっくり鑑賞させてもらいたいくらいだ。
両脇を固められいよいよ逃げ場がなくなった。
唇を噛み締めると、伊吹がこそりと耳元で囁く。
「自傷行為はだめだよ。可愛い顔が台無し」
「誰が可愛い顔だ。眼科行け」
「鷹也さんは可愛いよ。ね?」
「どこが? 俺に同意を求めるな」
「あーあ、素直じゃないんだから」
カラリと笑う伊吹の薄茶の瞳がスッと眇められる。
彼らの中で底知れないのは、煽ってくる翔でも、ギャップのある櫂でもなく、にこやかに笑う彼なのだろう。
鷹也は思わずゴクリと喉を鳴らした。
と、目の前が一気に開けた。
初夏の湿気を含んだ風がゴウッと音を立て車内に吹き込み、陽介が持っているコンビニのビニール袋がビビビッと震える。
ドアを開けた櫂の向こう側には、薄暮の空に宵の明星が一等輝いていた。
視線を落とすまでもなく目に飛び込んできたのは、端が見えないほど大きな船だ。
辺りに響く低く大きなエンジン音は、どう考えても出港直前。
船首に書かれた船の名前を認め、鷹也は息を呑んだ。
「豪華客船アテナ⁉︎」
そんな、まさか。
豪華客船アテナは、日本とその周辺を周航する人気の豪華客船だ。
先の世界大戦で大きく地形が変わった中、いち早く運行を始めた老舗の船でもある。
そんな船の乗り場に車を横付けするなんて、一体、裏でどんな権力が動いているというのだ。
「行くぞ」
「頭、気ぃつけてな」
唖然としている間に翔と伊吹に両脇を抱えられ、引き摺られるように降車する。
鷹也のスピリットアニマルは、鷹也が立つと同時に肩に移動し、ソワソワと落ち着かない様子だ。
頬に当たる海風は強く、鷹也の危機感を助長した。
迫るのは大海原へ向かおうとする船へと続く階段だ。
そこまでの距離は歩数にして六歩。
瞬時に頭の中でいくつかのシュミレーションを組んだが、すべて失敗に終わった。
(腹ぁ括るしかねぇか……)
そうぼやいたときには、目の前に階段が迫っていた。
吹き荒れる風は、早く進めと急かしているようだ。
翔が階段に足をかける。
そして、直前で立ち止まった鷹也を見下ろす。
その右の眉はひょいと器用に上がっていた。
「鷹也さん?」
伊吹の警戒を露わにした声が右半身に刺さる。
グサリと鋭い視線が体を穴だらけにしていくようだ。
それを弾くように、鷹也はゆっくりと深呼吸した。
翔たちが言った『能力者への虐待』が何なのかわからない。
わからないからこそ、知る必要がある。
そう判断した。
すべてを見届け、真偽を見極める。
得体の知れない組織と、そこに属する人間たちを。
この、世界を。
「しっかり目に焼き付けろ」
「望むところだ」
翔は相変わらずムカつく顔で挑発してくるが、頭が沸騰することはもうない。
彼らに着いていき、真実をこの手に掴むと決めた。
もう抵抗する意味はない。
鷹也は翔の手をグッと掴み、自らの足で彼らの見る世界へと足を踏み出した。
もう、戻ることはできない。
ゴウッと風が唸る。
それは鷹也の背を押しているようにも、あるいはその選択を咎めるようにも感じた。
「あ。先に言っとくが、飯も風呂も、寝るのもトイレも一緒だからな」
「なっ……トレイも⁉︎」
センチネルの能力を制御できるまでは翔と離れられないということは理解しているつもりだ。
それが、本当に『つもり』だけであることがわかり、鷹也は動揺した。
まさかトイレまで一緒だなんて、そんなのあんまりだ。
「当たり前だろ」
「ざっけんな! 降りる!」
「後ろ詰まってるよ。はぁい、乗って乗って」
躊躇いもなく翔の手を離したが、触れ合った手と手が離れることはない。
ひぃ、と情けない声を上げる鷹也を心底笑う翔に引き上げられ、その二人の会話を聞いてニンマリ顔の伊吹に押し上げられ、船に乗り込む。
その後には一歩ずつ階段を登る陽介と、それを見守る櫂が続く。
五人が船に足をつけると、階段は係員によって外された。
ボーッと大きな汽笛が港に響き渡る。
豪華客船アテナは、意気揚々と航海に乗り出した。
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