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第11話 甘いコーヒー
そこは広い食堂で、美味しそうな匂いが立ち込めていた。
スパイシーな香りは食欲をそそり、甘ったるい匂いが唾液の分泌を促すようだ。
それに混じったコーヒーの香ばしい匂いが、僅かに残った眠気を吹き飛ばす。
奥にあるカウンター内では白い帽子やマスクを着けた三人が調理をしているのか、棚から調理器具を取り出し、それを使って調理していた。
匂いも感知しているのだろうか。
肩に乗ったスピリットアニマルはそわそわと羽を震わせ、カウンターの奥を凝視している。
魂の持ち主と同じく、食にかなり興味があるようだ。
カウンター手前にあるテーブル席には三人の男たちが朝食をとっている。
彼らは翔や鷹也と同じく黒地のシャツにカーキ色のカーゴパンツを着ていた。
そのうちの一人はシャツの白衣を羽織っている。
彼らは鷹也と翔に気付くと途端に笑顔になり、手を振って二人を迎えた。
それに引き寄せられるようにテーブルに向かうと、食卓を囲む三人の顔が華やいだ。
「翔さん、お帰りなさい」
「ただいま。留守をありがとう」
「俺たちは何もしてませんよ。いつも通りです」
「それでも。ありがとう」
「いえいえ」
気さくに話す姿から、信頼関係が築かれていることは十分に伝わってくる。
伊吹たちに『ボス』と言われていたことから、翔はベフライエンの中でもそれなりの地位にいるのだろう。
その割に上下関係をさほど感じないのは、親しい仲だからなのか、ベフライエンがそういった組織だからなのか。
雑談を交わす彼らを見ていると、どちらも答えとして合っているような気がした。
「初めまして、かな? 突然プレゼニングしたセンチネルさんですよね。スピリットアニマル、鷹ですか?」
会話を眺めていると、見覚えのある一人が人懐っこい笑顔を向けてきた。
どこか幼さを感じる顔は、初対面の人間に遊びをねだる小型犬のようで、弟属性なのは間違いない。
きっと周りの年上に可愛がられているのだろう。
語尾が上がり疑問系になっているのは、厳密にいえば今が初対面ではないからだ。
言葉を交わすのは初めてで、だからこそ迷った結果、そうなったのだとわかる。
鷹也もその気持ちに共感したため、改めて自己紹介をした。
「初めまして。榎本鷹也です。こいつは……多分、鷹とか、隼とかかな、と」
「まだ雛だからわからないんですね。あ、僕のこと覚えていますか? 昨日の夜、少しお会いしました」
「覚えていますよ。受付みたいたところで迎えてくれましたよね」
「そうです。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
握手を交わすと、犬が尻尾を振り回すようにブンブンと上下に振られる。
確かに『シェイクハンド』とは言うが、ここまで激しいのは初めてだ。
彼が見た目通りなことが面白く、口角がニッと上がった。
そう思ったのは鷹也だけではなかったらしい。
ふふっと控えめな笑い声を上げたのは、白衣を着た男だ。
目尻に薄らとある笑い皺が、柔和な雰囲気を醸し出している。
彼は鷹也と目が合うと、より一層目尻の皺を刻んで笑い、軽く会釈した。
声を出さないのは、こんがりと焼けたトーストをもぐもぐと咀嚼しているからだ。
それを見ると、途端に空腹感を思い出す。
僅かにきゅうと締め付けるような腹の感覚は、早く食事をしろと訴えているようだった。
「腹減った」
「俺も。飯、取りに行くか」
翔は鷹也に同意すると、やや早歩きでカウンターに向かった。
中にいる白い調理服を見に纏った彼らと挨拶を交わすと、すぐにトレーに載った食事が差し出された。
大皿にはトーストで何かを挟んだサンド、小皿に落とされた温泉卵、トマトが彩りになったグリーンサラダ、白い湯気が揺れるコーヒー。
空腹を刺激する甘い香りはトーストからのようで、コーヒーの匂いが霞むほどだ。
片手でトレーを支え、挨拶を交わした三人がいる席へと戻ると、同じテーブルに着く。
当然、翔とは隣同士だ。
椅子をぴたりと並べ、互いにその境目に寄り、腕が触れ合うように行儀良く座る。
その動きに違和感がなくなってきたことに、翔は気付いているのだろうか。
気付いているとしたら、どんなことを思っているのだろうか。
胸の辺りがむずむずとする感覚をコーヒーで胃に仕舞い込む。
すると、濃厚な甘さが喉から胃を駆け下りていく。
「んぶッ⁉︎ なんだこれ⁉︎」
カフェオレやキャラメルラテのような、日本で親しんだマイルドな甘みのあるコーヒー飲料とはまた別の甘さ。
ガツンとした暴力的な甘さは粘膜を焼いていくようで、水を飲みたいとコップに手を伸ばして煽り飲むと、また灼熱の甘みに襲われる。
感覚が共有されているのかはわからないが、行儀良く肩に乗っていた青白い雛は、狭い肩の上で転げ回っている。
「うわぁああ」
「何やってんだ……?」
そっとコップを置いて悶えていると、翔から怪訝な目を向けられた。
解せない。
コーヒーがこんなに甘いなんて聞いていない。
知っていたのなら、一言言ってくれればいいものの。
恨めしげに視線を飛ばすと、それこそ解せぬと目で訴えられた。
「コピは初めてですか? コーヒーにコンデンスミルクや砂糖が入ってるんですよ」
コーヒーのことを教えてくれたのは、鷹也の斜向かいに座っている白衣の男。
苦笑した彼は、けれど美味しそうにコピを飲んでいく。
「だからこんなに甘いのか」
「ええ。慣れれば何杯でもいけます」
「まじか……」
化け物級のカロリーがあるであろうコーヒーを何杯も?
訓練で一日のカロリー消費量が多い日は、鷹也も一般に漏れず甘いものが欲しくなる。
だが、こんな殴りかかってくるような甘さのものを無限に腹へと収められない。
せいぜい飲むのは一杯で、あとはがっつり肉系を食べるくらいだ。
慣れればというが、一体どれくらいの期間飲み続けたらなれるのだろうか。
気が遠くなりそうだ。
僅かな目眩を覚えていると、白衣の男は柔らかな笑みを浮かべた。
「申し遅れました。内海爽太 です。ここで医者をしています」
「だから白衣なんですね」
「ええ。内科も外科もできますので、体調を崩したりお怪我されたりしたらすぐに来てもらえればと。もちろん、ない方がいいんですけどね」
それはそうだろう。
ここは孤立無縁の海の上。
船上で、しかも国際犯罪組織の拠点ともなれば、医療品は確保しづらいはず。
誰だって体を悪くすれば医者にはかかりたいだろうが、重症になる前に治してしまわなければ取り返しのつかないことになるだろう。
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