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第12話 保護された能力者たち

 内海の言葉に頷こうとしたとき、やけに元気な少年の声が食堂に響いた。 「あっ翔だぁあああ!」 「お帰り!」 「翔!」 「翔さん、お帰りなさい」  続いて少年も少女も入り乱れた子ども特有の高い声と、バタバタと駆ける音。  下は三歳くらいの幼児から上は十歳くらいまでの子どもたちが食堂の入口からワラワラと押し寄せてくる。  その後ろにはおそらく保護者役の大人たちもいた。  彼らの肩や頭の上には、小さなスピリットアニマルがちょこんと行儀良く乗っている。  人間も、青白いスピリットアニマルも、翔の帰還を喜んでいた。 (可愛い! いやいや、子ども? なんで子どもがここに?)    その目的地は鷹也の隣に座っている翔で、彼は鷹也の困惑を認めたものの、ニッコリと微笑んで子どもたちの突撃に応じる。  翔は慌てることなく飲みかけのコップをソーサーに置くと、翔の手を反対の手で繋ぎ直して体を反転させてしゃがみ、さざなみを真正面から受け止めた。   「ただいま。みんな、いい子にしてた?」 「してた!」 「ちゃんと勉強したよ!」 「お! じゃあテストしても満点取れるよな?」  戯けた様子は小学校の教師そのもの。  それは鷹也の精神世界で垣間見た綺麗な笑顔だ。  なるほど、あの笑顔はここから来ているのかと納得した。 (それにしてもガラリと変わるな。一周回るどころか四回転半くらいしてるぞ)  顔も、声も、仕草も柔らかく、まるでふわりと浮く真綿のようだ。  それでいて作りものでも嘘でもなく、これもまた翔の一面であると直感が告げていた。    警察官になってから培われたこの手の直感はほぼ外れなし。  そして、今回においては変な確信もあった。  翔は善人である、と。   「うん!」 「言ったなぁ? 難しい問題出すぞ?」 「大丈夫!」 「よし、じゃあ午前はテストするよ。頑張れるようにたくさんご飯食べておいで」 「はーい!」 「こら、走るな」 「はーい!」  翔の注意を律儀に守り、子どもたちは歩みを緩めた。  ただし、走るのを止め、競歩のように早歩きに切り替えただけ。  子ども特有の誤魔化しだ。  カウンターの前に着いた彼らは素知らぬ顔をしながらきっちりと列を作り、それぞれ朝食を手に取っている。  子どもたちの顔には喜びと希望が燦々と輝いていた。 「もう、返事だけは元気なんだから」  ため息混じりに、けれどどこか楽しげに話すのは、子どもたちの後ろについていた大人たちだ。  その瞳には慈愛と安らぎが浮かんでいる。  まるでここが、この世で唯一の安息の地だと断言するような、そんな色が見えた。   「お土産を買ってきました。午後に配ってください」 「いつもありがとうございます。嬉しいです。子どもたちもきっと喜びますよ」 「ええ。そうであれば俺も嬉しいです」 「ふふっ。じゃあ私たちもご飯いただきますね」 「はい」  彼らはゆっくりと、女性は全員揃って右足を引き摺りながら歩き、子どもたちが成す列の最後尾に並んだ。  その歩き方に違和感を覚え、ひとつひとつの疑問を解消するため、テーブルに向き直った翔に問いかけた。 「あの子たちは?」 「三ヶ月前にとある地域で不法に活動している武装組織からベフライエンが保護したセンチネルとガイドだ。男は兵士に、女は次の能力者を産むために捕えられていた」 「なっ……⁉︎」  センチネルもガイドも、その能力は遺伝する。  これは数十年前、日本のタワーの研究者によって解明された事実。  それにより、各国はますます能力者を手厚く保護するようになり、各種法の整備も進められ、当然、能力者の人権も殊更に守られることとなったはずだ。  かつて日本にも能力者の繁殖と私的利用を目的にした非合法組織があったが、それはことごとく警察によって壊滅に追い込まれている。  研究が発表された後、各国で似たような事例はあったものの、すべては過去のこと。  今は撲滅したといっても良い状態だと認識していたが、それが間違っていたなんて。  湧き上がってきたのは驚き。  そして、非道を行う輩と、何にも知らずに日本で訓練に明け暮れていた自分自身への怒りだ。  握りしめた拳は震えるだけで何も掴むことはない。  それを包み込んだのは、他でもない翔の温かい手のひらだった。   「最近、ようやく落ち着いてきたんだ。で、これからのために大人も子どもも勉強してもらっている」 「そう、なのか……」  はしゃいでいる子どもたちと、それを嬉しそうに眺める大人たち。  その影には、今にも弾けそうな絶望と悲しみが潜んでいる。  胸がズキズキと痛むのは、同情なのだろうか。   「ちなみに俺たちも元はベフライエンに保護された側の人間だよ」 「運が良かったよな」  互いに顔を見合わせ、感慨深く頷くのは同じテーブルの二人。  懐かしむような笑いの中に、一滴の苦味が混じっていた。   「元々ベフライエンではなく?」 「そう。俺たちは保護された上で、戦うことを選んだ。それがベフライエンの構成員ってわけ」  誇らしげにサムズアップする二人は豪快にコピを飲み干すと、じゃあと言って席を立った。  トレーをカウンターに返却する彼らの足元には順番を待つ子どもたちがわらわらと集まり、楽しそうに談笑している。  では、翔と内海は?  昨日会った、伊吹や櫂は?  彼らはどういった経緯でベフライエンに入ったのか。  気にはなるが、それはきっと過去の傷を抉ることと同義だ。  そんなこと、聞けるわけがない。  彼らを知るには、やはりそれなりの信頼が必要だ。  カタン、と可愛らしい音が真横で鳴った。  顔を上げると、小学校に入ったか入っていないか、それくらいの年齢に見える少女がいた。  その足元には、手のひらに乗りそうなほど小さな青白い猫がちょこんと座っている。  彼女は、食事の載ったトレーを鷹也の隣の席に置いて、じっとこちらを見上げてきていた。   「ここ、いい?」  たどたどしい英語は、まだ習い始めたばかりだからだろう。  鈴の鳴るような声と、それに似合う可愛らしい小さな顔。  守るべき存在を体現している彼女は、大きな目をじっと鷹也に向けていた。  鷹也は彼女が聞き取りやすいように、出来るだけ簡単な単語を使いつつ、ゆっくりと話すことを意識する。  子ども相手に英語は初めてだ。  ある種の緊張感が鷹也の心臓を逸らせつつ、笑顔を意識した。 「お? ああ、いいよ」  鷹也の返事を聞いた彼女はニカッと笑うと、躊躇いもなく鷹也の隣の席に腰を下ろした。  彼女のスピリットアニマルは、ぴょんと彼女の膝に飛び乗り丸くなった。  初対面で、体が大きい男の隣で彼女はいいのだろうか。  戸惑いが勝り、何と声を掛けていいのかわからない。  翔に助けを求めようとした矢先、彼女はコピに立った湯気を吹き飛ばしながら聞いてきた。   「お兄さん、新しい人?」 「そうだよ。榎本鷹也です」 「マイカです。鷹也は翔と仲良し? お手手繋いでる」 「そうだよ。仲良し」 「仲良し、いいことだね」  マイカは自分のことのように喜ぶと、コクリとコピを飲んで朝食を食べ始めた。  それを習うようにトレーを持った子どもたちが鷹也を囲み、同じテーブルでいいかと聞いてくる。  当然了承したが、子どもたちが一言も口をきいていない鷹也に群がる理由がよくわからない。 「子どもに好かれるタイプか」 「久しぶりだけどな」 「ここで人気者になれる」 「俺が?」 「子どもと同じ目線に立てるだろ」 「……馬鹿にしてる?」 「褒めてんだよ」  胡乱な目を向けても笑顔でひらりと躱される。  付き合いが浅くても確信が持てる。  この顔は面白がっている顔だ。  助け舟を求めて内海に視線を移すと、人の良さそうな微笑みで返された。  きっと鷹也の意図は伝わっていない。    鷹也が困惑していても、子どもたちは容赦ない。  好きな食べ物、好きな色、何が得意か。  自己紹介で考えうる限りの質問をぶつけられ、それに答えつつ子どもの顔と名前を一致させていく。    交番勤務時代に遊びに来た子どもたちの話し相手をしたことがあるが、こんなに大勢の子どもと接するのはそれ以来だ。  ブランクは軽快な会話を詰まらせる。  鷹也は必死に当時の感覚を呼び戻した。    子どもたちにとって楽しい時間になればいい。  そう願いながら。 「すまんな。多分彼らなりの復習だ」 「英語の?」 「そう」  翔から会話の合間にこそりと耳打ちされ、この状況に納得がいった。  語学は話して覚える。  それが上達の近道だ。  どうやら子どもたちは、新顔である鷹也で自分たちの英語力を試したかったらしい。    それなら喜んで相手をしよう。  鷹也は子どもたちの会話に積極的に入り、時に質問を返していく。  その頃には、意識せずとも子どもの話す速度に合わせられ、鷹也自身も楽しいと思うようになっていった。  その合間に食べたトーストはコピと同じくらい恐ろしく甘かったが、ココナッツの味がクセになる。  こんな美味しいものを知らなかったころには戻れない。  人生の半分は損していた気分だ。  後に翔にあのトーストは何だと聞いたところ、シンガポールで定番の朝食カヤトーストであることを教えてもらった。  ココナッツミルクと砂糖、ハーブで作ったカヤジャムを塗ったトーストで板状のバターを挟んだもの。  その正体を知り、コピも含めてカロリー計算をし、天を仰いだのは必然だ。  食べ終わり翔に目配せすると、彼は神妙に頷いた。  その真剣な顔に、一体何が始まるのかと身構える。  翔は内海にも視線を向けるとカタリと席を立つと声を張り上げた。 「じゃあ、俺と鷹也、内海先生はもう行くね」 「えー! まだ話し足りない!」 「もうちょっといいでしょう?」  三人を引き留める大合唱が始まり、鷹也は翔の表情の意味を知る。  つまり、これが恒例ということだ。  子どもたちの行かないでのおねだりを断るんだから、そりゃあ神妙な顔にもなる。   「残念。続きは昼ごはんの時な」 「はぁい」  翔の一言に渋々といった様子で引き下がる子どもたちは皆一様に可愛らしい。  鋼の意志を持たなければ、自分のやるべきことに辿り着けないだろう。  こうして鷹也たちはさざなみの中から脱出し、テーブルから立つことができたのだ。  トレーを返し終わり食堂を出るまで、子どもたちの「またね」の大合唱は響いた。  元気でよろしい。  食堂を出てすぐ、内海は深々と頭を下げた。 「毎度毎度ありがとうございます」 「いいんですよ。内海先生、断れないタイプですもんね」 「大人なら強く出れるのですが……」 「それ、わかります」 「ですよね!」  内海に同意すれば、食い気味に喜びの声が上がる。  ここで会った人数は少ないながらも、今まで会った大人たちは容量良くすり抜けられるタイプに見えた。  対して内海はどこかおっとりとしていて、押しに弱そうな雰囲気がある。  よっぽど同志に飢えていたようだ。  仲間の握手をすれば、弾けるような笑顔と共に手を握り返された。 「じゃあ内海先生。鷹也が能力制御できるようになったらお伺いします」 「はい、待っています」  ひらひらと手を振った内海は、食堂のそのまた奥へと歩みを進めた。  その姿を見送った鷹也と翔はくるりと反対を向く。 「これからどこへ?」 「訓練所だ。着いてこい」  偉そうに命令する翔に、もう反発はしない。  そんな態度も彼らしいと思える。  そして、時間を重ねれば重ねるだけ、もっと彼を知りたいと思った。 「了解」  下命を受けた番犬の如く返事をすれば、翔は口元に弧を描いた。  その顔は、嫌いじゃない。

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