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第13話 能力のコントロール

 翔の部屋に戻るのかと思いきや、この隔離された空間の出口であるエレベーターの方へと進んでいく。  ドアを二、三個過ぎたあたりだ。  今度は左側の部屋へ入ることになった。    そこは部屋とは言えないほど小さな空間だった。  正面の壁にはアンティーク調のプレートやカップが飾られた棚がある。  翔は、その棚の側面にある小さな鍵穴に指先で摘めるほど小さなサイズの鍵を差し込み、かちゃりと回した。  すると、棚は開き戸へと早変わりする。  その奥は、四人掛けのカウチソファが壁沿いにある、それだけの部屋だ。  ただし、ここには窓がなかった。 「ここは?」 「訓練所。さっきも言っただろ」 「言ったけどよ。普通の部屋じゃん。もっとこう……ないのか?」  訓練所といえば、だだっ広く模擬現場になる建物がある空間。  あるいは道場や射撃場、青空を拝めるグラウンド。  そのイメージが強く、この部屋を訓練所というにはしっくりこない。  加えて、部屋というには殺風景すぎる。  せめてテーブルや棚がないとどうにも落ち着かない。  ソファだけなら、いっそのこと何もない方が思い切りがいいと言うものだ。  肩に乗った青白い雛も、なんだか物足りないといった表情を浮かべている。   「能力制御はこの部屋でやるんだよ」 「ふぅん?」 「文句は?」 「ありません、先生」 「調子いいな」 「絶好調です」 「それは結構」  鷹也が仕掛けた教師と生徒の真似事。  翔もそれに合わせてふむと大仰に頷くと、ソファに腰を下ろす。  鷹也もそれに倣えば、翔はわざとらしく咳払いをした。 「それで。能力の制御だが、大概は窓やカーテンを想像させる。能力の発現により窓の数は人それぞれ。鷹也は五感全部だから五つな」 「わかった」 「窓を開けて能力を解放。窓を閉めて能力を内に閉じ込める。そんなイメージだ」 「言ってることはわかる」  頭の中でイメージするのは簡単だ。  想像したのは、SATの官舎にある自室。  当直明けから帰宅して、昼からでも寝られるようにと買った遮光カーテンを開け放つ、あるいはぴっちりと隙間のないように閉め切る。  ここまでは問題ない。  ただ、足りないものがある。   「……また擬音語か?」 「そうだな」  何をするにしても擬音語は必要だ。  イメージをより鮮やかにするための補完材料とでも言えばいいのだろうか。  言葉で表現するのは難しい。  言うなれば「ズバーンッ」と勢いをつけるために必要で、それで万事解決するのだ。   「お前の頭どうなってんの? どうやって英語覚えた?」 「英語は聞いて覚えた」 「数学とかは?」 「ダーッとやってパーッてやればいける」  と、学生時代、仲間内で開いた勉強会で教えたことがある。  自分の勉強方法が特殊である理解したのはこの時だ。    それからは勉強を教えてほしいと頼まれても断り、どうしてもと食い下がる友人には、上手く教えられないし理解できないだろうと前置きという名の予防線を張って教えた。  当然のことながら丁寧に説明したのだが、やはり理解されることはなかった。  他人に理解されないのは少しだけ寂しく疎外感があったが、悲観するのは性に合わない。  感覚優位であることの弊害だが、鷹也自身はこれが一番理解しやすく困ることもなかったため、特段気にしていなかった。  これが個性というものだ。    鷹也にとって、センチネルやガイドではないという検査結果の方がはるかに辛かった。  それに比べたらなんてことはない。   「聞いた俺が馬鹿だったよ」 「先生、また馬鹿にした?」 「感心してるんだよ野生児め」 「野生児上等!」  何を言われても開き直るくらいには図太く生きている。  野生児ならきちんと人間扱いされている。  金城から言われた猪よりもいい。  胸を張ってアピールすると、翔はガックリと頭を落とした。  彼にしてみれば、論理的に教えられない鷹也は問題児だ。 (まあ、元々か)    突然のプレゼニングでゾーンアウトになりかけた鷹也は能力を制御できず、少しでもガイディングを切らすと再びゾーンに堕ちてしまう。  口を開けば喧嘩になる。  それでも手を離すことなく面倒を見てくれる翔には感謝しているし、ほんの少し罪悪感を抱いていた。   「……まあいい。で? 制御の擬音語はどうするんだ?」  膝を打って気持ちを切り替えたんだろう。  翔は背筋を伸ばすと、真っ直ぐに鷹也を見つめてきた。  繋いだ手のひらは汗でじっとりと湿っている。  自分のためにも翔のためにも、早くこれを解かなければ。   「そうだなぁ……。窓よりカーテンの方が上手くイメージできる。だから、シャッと小さく開けて、シャーッと大きく開ける。閉じる時も同じように、かな」 「左様で。じゃあやるぞ」 「おうよ」 「制御の手綱は俺が握っている。ゾーンになることはないから自由にやれ」 「任せた」 「ああ」  繋いだ手はそのまま目を瞑り、深呼吸を繰り返して集中力を高めていく。  五つのカーテン。  自分を中心に円に連なっているそれを、シャッと少しずつ開けていく。  目を開けても、制御を始める前と変わらない。  これが常人の感覚だ。  では、少しずつカーテンを開けるとどうなる?  シャーッと気持ち多めにカーテンを半分ほど開けていくと世界が変わった。    目を開くと、翔の口元にある黒子が虫眼鏡を使ったように大きく見える。  トクトクとバラバラに聞こえるのは、鷹也と翔の心音。  息を吸うと、シャワーを浴びたときに使ったシャンプーとボディソープの匂いが鼻を刺激した。  口内にはコピの甘い味が追いかけてきて、思わずぎゅっと手を握れば翔の手の熱さに慄く。  慌ててカーテンをピシャッと閉めて、またシャッと数センチだけ開けていく。  これでまた常人レベルの感覚になったはずだ。   「こんな感じ?」  きっとこれで問題ない。  翔の助けがあったとはいえ、能力をコントロールしていたのは鷹也だ。  自信はある。    合格か、不合格か。  その答えに確信を持っているからこそ、口角は自然と上がり口元は弧を描く。  判定を下す翔は、笑顔の鷹也に対してつまらなさそうな顔をしていた。   「そうだ。一発でやれるとか可愛げないな」 「手が掛からなくていいだろ」 「自分で言うな」  翔の指が鷹也の額をバチッと弾いた。  溜めもなく繰り出されたそれは意外と威力があって中々に痛い。   「あてっ! 暴力反対」 「暴力のうちにならんだろ。はぁ……やっと解放された」  額を押さえる鷹也を他所に、翔は長らく繋がれていた手を離し、スクッと立って思い切り伸びをする。  ふっ、と息を詰める声。  はぁ……と吐き出された吐息には解放の喜びが含まれていた。   「それは俺のセリフ」  鷹也も繋がれていた手をプラプラと振り、動きを制限されて溜まった疲労を散らす。  徐々に冷えていく手。  翔の温もりが消えていくことが名残惜しいと思ったのは、長時間ガイディングを受けていた弊害だと思いたい。   「今まで面倒見てやったのは?」 「翔だな。ありがとう」 「どういたしまして。ここまでくればスピリットアニマルも引っ込められるだろ」 「多分……って、デカくなった?」  膝の上に行儀良くちょこんと座っていた鷹也のスピリットアニマルは、能力を制御する前よりも少し大きくなっており、顔もどことなく凛々しくなった。  ここまで成長すると、雛が何の鳥かわかる。  鷹だ。  その背をそっと撫でると、成長したスピリットアニマルは嬉しそうにクルクルと喉を鳴らす。   「制御できるようになったからだな。もっと上達すれば成鳥になる」 「成長するだけに?」 「笑えないから他では言うなよ」 「ノリ悪りぃな」 「悪いとかそういう問題じゃないと思うが?」 「出したままだとまずい? 可愛いからそのままでもと思ったけど?」 「自分の未熟さを見せびらかすのか?」  翔がため息を吐くと、その隣に青白い影が現れた。 「うわ! 鹿か?」 「そう、雄鹿だ。俺のスピリットアニマルは、見ての通り成獣だ。種類は違うが、比較してどうだ?」 「大きさの違いもあるけど……まさしく大人と子どもだな」 「それを、能力者に見せびらかすのか?」 「いや、しない」  スピリットアニマルは能力者の魂そのものだ。  成長と精神状態が反映され、ある種のバロメーターともなる。  まだ未熟な姿を見せるということは、弱みを見せるということだ。  それは、犯罪者と相対する警察官として致命的だ。  鷹也はスピリットアニマルが、自身の精神世界の美しい山々を自由に飛ぶ姿を思い浮かべる。  すると、膝の上にいた青白い鳥は音もなく消えていった。    寂しくはない。  あの鳥は鷹也の胸の内にいるのだから。 「よし、内海先生のところに行くか」  スピリットアニマルが鷹也の中に戻ったことを確認した翔は、単独で動けることが余程嬉しかったのか、軽い足取りで扉の前に立つと、顔だけを鷹也に向けて部屋の外へと促した。   「そういや何で内海先生のところに行くんだ?」 「健康診断と能力測定。ほら、あるだろ、血液検査でセンチネルのランクを測るやつ」 「ああ、あれ! やりたい!」 「言うと思ったよ」  翔はやれやれとでも言うように肩を竦めた。  呆れたようで、けれどはしゃぐ鷹也を微笑ましいと思っているような、綺麗な笑顔。 (また、だ……)  それを見ると、心臓がキュウッと悲鳴を上げる。  まだ、見て見ぬふりができる。  鷹也は自由になった手で胸をトンと叩いて心臓を宥めすかした。

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