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第14話 能力検査

 食堂の隣にある内海の部屋は一般的な内科の診察室と変わりなく、壁紙にはデフォルメされた動物たちがこちらに手を振っている。  子どもへの配慮だろう。  背の低い子どもなら動物に紛れてしまいそうだ。  内海は両手が空いた鷹也と翔を認めると、ほっと胸を撫で下ろし、安堵の笑顔を浮かべた。  随分心配させてしまっていたようだ。 「お疲れさまです。よく頑張りましたね」  子どもの相手をするかのように労われ、体中がこそばゆい。  面と向かって褒められるのは高校生以来だ。  慣れない扱いに戸惑いはするものの、悪い気はしなかった。  翔も同様に長時間のガイディングを労われ、素直に応えている。  慣れている様子に、内海の通常運転がこれであるとわかる。  ここには子どもがいる。  自然と子どもを相手にするような態度になるんだろう。 「内海先生に迷惑かけるなよ」 「子どもじゃねぇんだ。んなことしねぇよ」 「どうだか」 「まあまあ。翔さん、終わったら連絡します」 「はい、よろしくお願いします」  翔は礼儀正しく頭を下げると、くるりと背を向けた。   「どっか行くのか?」 「仕事」  翔は短く返事をすると、振り返ることなくヒラヒラと手を振って応えた。  パタンとドアが閉まり、その姿が見えなくなる。    昨日からずっと翔が隣にいた。  手を離したのはついさっきで、自由に動けると嬉しかったはずなのに、その姿が視界にないと落ち着かない。  大切な何かが欠けてしまったような喪失感さえ感じる。    翔は何も感じないんだろうか。  離れてしまったことによる寂しさや、喪失感を。 「連れねぇな」  自分ばかりが翔の存在を気にしているようでバツが悪く、思わず憎まれ口をきいてしまう。  そんなこともお見通しなのか、内海はくすりと小さく笑った。   「翔さんはここの責任者ですからね。忙しいんですよ」 「仕事って、何を?」 「子どもたちの授業のカリキュラムを組んだり、あらゆる物資の調達、戦闘員の訓練などですかね。他にも色々あるみたいですが、ひとつひとつ挙げていくとキリがありません。働きすぎだとは注意しているんですが……」  悩ましげな吐息に憂いを帯びた瞳。  そして、諦めが混じった苦笑。  ベフライエンは、どうやらブラック企業並みに真っ黒のようだ。   「他にやる人はいないんですか?」 「いますよ。でも、万が一捕虜になったとき、何も知らない方が安全でしょう? なので、限られた人しかやらないことになっているんです」 「へえ……」  危機管理はしっかりしている。  機密情報を知る者は少なければ少ないほどいい。  捕虜の観点からもそうだが、情報漏洩を防ぐ意味もあるんだろう。    ここにいるのはベフライエンに恩がある者ばかりで、情報漏洩は考えにくい。  しかし、万が一があったとして、子どもがいる状況で敵襲に遭えば、海の上を走る船から脱出するのは相当の訓練をしていないと難しい。  ごく少数の者が多忙になったとしても、そうするだけの意味はある。  頷く鷹也の前で内海はパソコンを操作し、真っ新なカルテの画面を用意する。  そこに鷹也のフルネームを入力すると、キィ……と椅子を鳴らして体の向きを変えた。   「さてさて、検査ですね。普通の健康診断と変わりませんから気を楽にしてください」  内海の準備が完了したのを合図に、身長と体重、血圧の測定、内科的な問診から検査は始まった。  それが終わると採血だ。    健康を確認するためでもあり、万が一の怪我に備えて血液型を確認するためでもある。  ただし、一番の目的は、センチネルの能力検査だ。  この検査では五感のうち、どれがセンチネルの能力として、どれくらい発達しているかを調べることができる。  そして、発達の度合いによって上から順にS、A、B、C、Dとクラス分けする。  これはガイドも同様だ。  ガイドは共感能力(エンパス)読心能力(テレパス)それぞれの発達度合いを測り、クラス分けをする。    ただし、これは素質の話だ。  制御ができなければ宝の持ち腐れ。  能力を活かすも殺すも、能力者次第ということだ。  SATで同じ班員の米田は視覚と聴力が最上位のSクラスであり、能力者としての実力も同等だ。  その裏には、不断の努力がある。  全体の訓練が終わった後、金城と共に、自主的に能力制御訓練をしていることを、鷹也は知っている。  鷹也自身は、五感すべてが発達したセンチネルだということが既に判明している。  あとは発達に伴うクラスがどこに該当するかだ。  なりたくてなりたくて仕方がなかったセンチネル。  夢にまで見た能力。  プレゼニングの時期である十代であったなら、飛んで跳ねて喜んだことだろう。  そこまででなくとも、実際に嬉しいことには変わらない。  けれど、正直なところ、戸惑いの方が遥かに大きい。  今の人生は自分で切り拓いたもので、それに後悔したことは一切ない。  過去に戻ったところで、同じ選択をするだろう。  プレゼニングの時期が早かろうと遅かろうと、間違いなく警察官になり、SAT隊員になっていた。  それでも思わずにはいられない。  なぜ、望んだ時にプレゼニングしなかったのか。  なぜ、今……?  腕に刺さっていく注射の針。  僅かな痛みは焦燥を掻き立てる。 「ねえ、内海先生。俺、今二十五だけど、今まで能力検査は全部陰性だったんですよ。プレゼニングって遅れることはあるんですか?」 「ありますよ。プレゼニングが遅れる理由は主にふたつあります。能力が大きすぎるか、ショックを受ける出来事があってトラウマになっているか。心当たりはありますか?」  そう問われ、鷹也は記憶を掘り返す。  パッと思い付いたのは、幼い頃の夏の記憶だ。   「まあ、一応。四歳くらいの時に、電車内の殺傷事件に巻き込まれたことですかね。でも、直接被害に遭ったわけじゃないし、すぐに警察官が来てくれたからトラウマってほどじゃ……」  四歳になった夏。  母の実家に帰省するため、新幹線駅に向かう在来線の電車内で悲鳴が上がった。  それは今でも耳に残っている。  最初は他の乗客の姿で隠されていて何が起こっているのか分からなかった。  だが、逃げろと言う叫び声で逃げなければならないことだけは理解した父に抱きかかえられ、母とともに三人で、雪崩のように押し寄せる群衆の流れに任せて隣の列車へと避難した。    凶刃を向けられたわけでもなく、ましてや殺人の瞬間を見たわけでもない。  鷹也の受けた被害はこの程度だ。    悲鳴を聞いた瞬間から、何が起こったのか分からないまでも恐怖を感じた。  しかし、それはすぐに吹き飛ばされることとなる。    犯人は駆け付けた警察官により即時制圧逮捕された。  その瞬間を人混みの隙間から見ていた鷹也は、警察官こそ現実のヒーローだと知り、その瞬間、将来の夢が決まったのだ。  鷹也にとっては警察官に憧憬を抱いた出来事という認識であり、決してトラウマとなるものではなかった。 「無意識の中ではトラウマになっていたのかもしれませんね。まあ、あとは検査の結果次第ということで」  採血管に赤い血液が貯まると、それを素早く取り替える内海の手際は鮮やかだ。  テーブルには既に三本の採血管が試験管ラックに立っている。  しかし、銀色のバットにはまだ八本の採血管が転がっていた。  採血完了までの道のりはまだまだ遠い。   「はい。それにしても、何で今更……」 「体が命の危機だと判断したからでしょう。センチネルとガイドが出現したのも、先の大戦中の話ですから」 「いや、それはないと思います。俺、警察官なんで」  警察官として善良な一般市民と接することもあれば、罪を犯した者と相対することもある。  しかし、SAT隊員となった時から、凶悪な犯罪者と対峙することが常だった。    訓練に次ぐ訓練。  そして、現場臨場の度に命の危険に晒される。  特に、他国の現場に帯同した際にライフルの弾が掠めた瞬間、死を間近に感じた。  命の危機は、鷹也にとっての日常だ。   「なるほど。だとすると……」  内海は鷹也の体躯を見て納得したあと、すっと目を細め、それきり言葉を発することなく試験管をゆっくりと振り続ける。   「内海先生?」 「いえ、あくまで可能性の話です。はっきりしてから話します。はい、終わり。五分ほど巻いたままにしていてください」  最後の採血管が血液で満たされると、針がゆっくりと抜かれた。  ぷっくりと浮いた赤を消毒綿で拭き取ると、あらかじめ用意されていた絆創膏が貼られ、その上から止血バンドが巻かれる。  内海の言葉の続きが気になったが、憶測よりも確実なことが知りたい鷹也は、それ以上のことを聞き出すのは我慢した。  それよりも、延々と続く採血から解放されたことの方が今は嬉しかった。   「はい。はぁ、長かった……」 「検査項目が盛りだくさんですからねぇ」  お疲れさまでしたと言って試験管ラックを手に席を立った内海は、奥の棚にある複数の機械に採血管を収め、そのスイッチを押した。  どれが何の検査結果を弾き出すのかわからないが、数時間内にはその答えを出してくれるのだろう。  止血が終わると、今度は診察室の奥にある部屋に通された。  そこは本格的な病院と遜色ない設備が揃っており、医者が内海しかおらず、看護師も検査技師もいないという点を除いて、総合病院そのものだった。  ここでレントゲンや心電図を取り、検査は何事もなく終了した。  あとは結果が出るまでのんびりと待つだけだ。  検査終了とともに昼食の時間となり、鷹也は内海とともに食堂に向かった。  そこでまたしても子どもに囲まれてしまい、質問の嵐に揉まれながら食事をとる。  昼のメニューは鷹也も知っているタイの料理、パッタイだ。  日本で食べるものとは味がまるで違う。  タイで食べたことはないが、本場の味という気がする。  あまりの美味しさに鷹也はガツガツと食べ、その食べっぷりは子どもから拍手を貰うほどだった。  子どもの会話はあちこちに飛び、けれど、全員が目まぐるしく変わる話題についていっている。  食事も終わったことから暇を告げようと口を開けば、その時の話題に巻き込まれて抜け出せずにいた。  内海は朝と同様で、ここでは頼りにならない。  どうしたものかと思案していた時、ちょうど食堂に入ってきた集団に助け出された。  鍛え上げられた筋肉と、戦い慣れた者独特の雰囲気。  彼らもまた、ベフライエンの一員になった能力者だ。  子どもの扱いも翔と同様に上手く、鷹也は内海と二人で何度も頭を下げながら食堂を後にした。

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