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第16話 パーフェクトマッチの相手

 準備が終わった内海は、パソコンの画面を確認しながら検査結果を鷹也と翔に伝えてきた。   「健康面に問題はありません。センチネルの能力ですが、五感すべてSランクです。プレゼニングが遅れたのも、これが要因になるかと」 「全部?」  鷹也と翔の声が重なった。  五感が揃ったセンチネルで、そのすべてがSランクである能力者は世界的に見ても珍しい。  一国に一人いるかどうかという割合で、そのことは広く知られている。  現在の日本にもいると聞くが、そのセンチネルの保護の観点から誰が該当者であるか、把握しているのはタワーだけだ。  だからだろう。  元々タワーの職員だった内海はその結果に驚いてはいなかった。  そして、プレゼニングが遅れた理由もぼんやりと判明した。  能力が高いことと、無意識のうちにトラウマになった幼少期の出来事。  断言はできないが、これらが複合的に絡み合っていたと推測できる。  疑問が解消し、つっかえていた胸の鉛が取れたような心地だ。   「翔さんと同じですね」 「そうなのか?」 「まあな」  鷹也の問いかけに翔は頷いた。  そこにSランクを自慢するような高慢さは一切ない。  淡々と事実を肯定しただけだった。  予想通りの反応に、鷹也は「へぇ」と相槌を打つ。  カチリ、とマウスの音とともにパソコンの画面が切り替わる。  そこには赤と青の二本の波線がぴたりと重なり合ったグラフのようなものが映し出されていた。   「それから、相性も出ました。翔さんと鷹也さんはパーフェクトマッチで間違いありません」  パーフェクトマッチ。  センチネルとガイドの相性をパーセンテージで示したものだ。  百パーセントの相性の相手と出逢えるのは奇跡に近い。  パーフェクトマッチであれば、ボンドの時に魂が融合しやすく、互いの能力の安定にも繋がる。  わかりやすく言えば『運命の人』だ。  鷹也が幼少期に見ていたヒーロー番組だけでなく、ドラマやアニメ、小説や漫画にもよく出てくる設定で、ミュートが能力者に憧れを抱く要因になっている。  鷹也もパーフェクトマッチに羨望を抱いていた。  センチネルかガイドであれば、この世にただ一人、唯一の人がいる。  その人と奇跡的に出逢い、ボンドを結んで魂を融合させ、一生を共にするのはとても素敵なことだと思ったのだ。  でもまさか、その相手が翔だとは想定外だ。  パーフェクトマッチの相手に出逢う確率は雲を掴むよりも難しい。  運命がいることがわかり嬉しい反面、よりにもよって相手が翔なのかと残念に思う。    第一印象は最悪。  昨日よりマシになったものの、口を開けば会話のどこかで喧嘩になる。  翔が鷹也に良い印象を持っているようには思えない。  鷹也は歩み寄ろうとしているが、それが功を奏したところで彼はベフライエンの幹部だ。    警察と、国際的な犯罪組織。  水と油。  不倶戴天。  相容れない関係では未来が見えない。   「やっぱりか」  ガシガシと乱暴に頭を掻く翔は、やっぱりと言った割には、困ったような、納得のいかないような、複雑な顔をしていた。   「やっぱりって?」 「感じなかったか? 俺と殴り合ってたとき、静電気みたいな感覚」 「あった、な。静電気より強かったけど」  あの奇妙な感覚は静電気というには生温い。  まるで雷に打たれたような、触れ合うと弾ける電流は強烈だった。    てっきりプレゼニングの予兆だったのだと思っていた。  しかし、既にプレゼニングしている翔も感じたのであれば、パーフェクトマッチの相手に反応したと説明された方が納得がいく。    「それがあったから、もしかしたらとは思っていた」 「言えよ」 「憶測は言いたくない」 「そりゃあわかるけど」 「まあまあ。プレゼニングのきっかけは十中八九、翔さんと接触したからでしょうね」 「さっき言っていた可能性というのは、つまり?」 「はい、パーフェクトマッチじゃないかなと思っていました」  内海の予想は大当たりだ。  それが嬉しかったのか、内海は満面の笑みを浮かべている。  それに水を差したのは翔だ。   「当面は仮パートナーになるが、正式なボンドは結ばないからな」 「そうだな」 「そうなりますよね」  はぁ……と揃えてため息をつき、三者三様に肩を落とす。  全員、良い歳の大人だ。  現状、ボンドを結ぶことが不可能なことは理解している。  だからこそ、思わずにはいられない。    もしも、鷹也が警察官でなかったなら。  もしも、翔がベフライエンでなかったなら。  もっと違う形で出逢えていたなら、迷わずボンドを結んでいたのかもしれない。    どうしようもない状況は考えても無意味だ。  落ちた視線を上げると、翔と目が合った。  しかし、それはすぐに逸らされる。  何か言いたそうな含みのある視線だったが、鷹也は敢えて気づかないふりをする。  言いたくなったら言ってくるだろう。    そんな二人を見てか、パチンと手を鳴らした内海は明るく提案した。 「もし結ぶとなったら教えてくださいね。パーフェクトマッチのボンドなんて例が少ないですから、データを取らせてください」 「そうなったら、ですよ」 「可能性は限りなく低いけどな」 「天地がひっくり返ってもないね」 「ええ、心得ています」  医者としての血が疼くのだろう。  望みは薄いとわかっていながら、探究心は止められなかったようだ。  マイペースなところも内海らしく、思わず笑いが出た。  検査もこれで終わりだ。  内海に別れを告げ、翔に連れられて内海の部屋の扉を開けると、目の前に陽介と櫂が立っていた。 「あ! 翔さん、鷹也さん!」 「陽介くん。おはよう?」 「おはようございます。朝、会えませんでしたからね」 「時間が合わなかったみたいだね」 「寝坊しちゃったんです。起きたら九時でした」    やっちゃった、と頬を掻く仕草は学生らしい。  寝坊といえば寝坊だが、それも仕方ないことだ。   「しょうがないさ。疲れは取れた?」 「はい。ばっちりです」  力強くサムズアップする陽介の顔には、確かに疲れの色はない。  加えて、親元を離れた悲しさや寂しさも感じられない。  陽介の適応能力はずば抜けているようだ。   「そうだ、ご飯は口に合った?」 「朝ごはん、とっても甘くて美味しかったです!」 「ならよかった」 「鷹也さんも?」 「うん。美味しかった。コーヒーも甘いのはびっくりしたけどな」 「僕もです。一緒ですね」 「そうだね」  朝食に驚いたのは鷹也だけではなかった。  甘いもの好きが多いイメージがある学生でも、あの強烈な甘さには度肝を抜かれるらしい。  もっと珍しいものが食べたいと言う陽介の話し相手をしている隣で、翔と櫂もそれぞれに話をしていた。   「お疲れ」 「いえ。訓練より陽介くんと一緒にいる方が好きです」 「明日から訓練に戻るのは?」 「喜んで。訓練も好きですから」 「頼むよ」 「はい。あ、鷹也さん。翔さんと仲良くね」 「え⁉︎ あー……それはもちろん」  陽介との話の切れ目に櫂から肩をポンと叩かれ反射で返事をするが、すぐに首を傾げることになった。  翔とは良い関係を作ろうとしているところだ。  軽く言い合いはするかもしれないが、最初のように殴り合うつもりはない。    ただ、それをなぜ翔でなく鷹也に言ってくるのか。  櫂は鷹也よりも翔の方が付き合いが長いはずで、それなら翔に言い含めるのが適切な気がする。  それは翔も思ったようで、不満そうに眉間に皺を寄せていた。   「なんで俺に言わないんだ?」 「だって翔さんの方が喧嘩吹っ掛けてるんですもん。ここは鷹也さんに大人の対応をしてもらわないと」 「もうしない」 「本当?」  両手を挙げて降参のアピールをする翔を見ても、櫂は疑ったままだ。  その口元はふるふると震えていて、翔を揶揄っているようにも見える。   「櫂さん、大丈夫ですよ。ちゃんと大人の対応しますから」 「だからしないって言ってるだろ。ったく、信用ないなぁ……」 「そりゃあ、翔さんのあんな態度初めてですから」  不貞腐れて視線を逸らした翔に、櫂はコソリと耳打ちをする。  それは隣にいる鷹也にも全く聞こえなかったが、翔は櫂の言葉を聞いてますますぶすくれた顔になっていく。 (櫂さんよぉ……。多分このあと翔と二人なんだ。何言ってるか知らないけど、こいつを不機嫌にしないでくれ)  ハラハラと二人の様子をしていたが、内緒話はすぐに終わった。  櫂は何かを伝えてすっきりしたのか、清々しい顔をしている。 「じゃ、またね」 「翔さん、鷹也さん。失礼します!」  櫂はひらひらと手を振り、陽介を連れて内海の部屋に入っていく。  陽介も礼儀正しくお辞儀をすると、上機嫌で櫂の後に続いた。  これから、鷹也が受けた検査を受けるのだろう。 「じゃあね」 「また」  鷹也と翔も手を振ってその姿を見送った。  廊下に残され、二人の空間に沈黙が降りる。  次の目的地もわからない鷹也は翔が動き出すのを待つしかない。 「で? 次はどこに?」 「外だ」    簡潔明瞭に答え、廊下を歩き始めた翔の後をついていく。  内海の部屋の窓からちらりと見えた外は雲ひとつない晴天だったはず。  起床してから外に出ていなかった鷹也は、太陽の光を浴びられると頬を緩めた。

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