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第19話 和解
重苦しい沈黙を破ったのは、他でもない翔だ。
鷹也の正面に立つと、すっと綺麗な礼を披露した。
「鷹也を見てると、何にも知らなかった過去の自分を見ているようで苛つく。俺がガイドじゃなくてセンチネルだったらと思うと羨ましい。それで鷹也に当たっていた。ごめん、身勝手だよな」
暗い話を払拭するかのような、わざとらしい明るい声は、鷹也を拒んでいる。
これ以上は踏み込ませない。
そう言っているように感じ取れた。
それなら鷹也も弁えよう。
気持ちを瞬時に切り替えた鷹也は翔の謝罪に応える。
「いや、いいよ。気持ちはなんとなくわかる。プレゼニング前は、同じ隊の能力者に似たようなこと思ってたから」
翔の心情には共感できる。
ミュートの自分と、能力者である米田と金城。
特にセンチネルの米田だ。
彼らに向けるべきではない嫉妬を抱えたのはSATに入隊してすぐのころ。
能力者だからこそ与えられる任務。
いくら努力しても手に入らないポジション。
自分にも同じ力があれば、と何度も思った。
けれど、自分と他人を比べるのはそもそもの間違いで、鷹也には鷹也の適正に合った役割がある。
自身もチームに欠かせないピースだと教えてくれたのも、能力者の二人だった。
そして、能力者だからこそ驕り高ぶることなく、自己研鑽に励むその背中に胸を打たれた。
嫉妬が憧憬に変わったのは間も無くのことだ。
「それでも、ごめん」
「いいって。これ以上謝ったら怒るぞ」
重ねて謝罪されても困る。
翔の抱えている重荷を知り、その態度にも合点がいった。
理不尽な八つ当たりに腹が立ったが、謝ってくれたならそれでいい。
鷹也も挑発に乗って散々な態度だった。
おあいこだろう。
「わかった。ありがとう」
「別に」
突然のありがとうと、それに添えるように咲いた大輪のひまわりを彷彿とさせる溌剌とした笑顔。
初めて見た翔の屈託のない笑顔に、胸が猫じゃらしに撫でられたようにくすぐったい。
素っ気なく返してしまったのは、翔の殊勝な態度に慣れていないからだ。
翔もそれをわかっているのか、天邪鬼な鷹也をくすりと笑うだけ。
「俺がベフライエンになったからといって、鷹也も同じ道を辿る必要はない。警察官を辞めろと言うつもりもない」
「わかってるよ」
元からそのつもりだ。
世界の本当の姿を知ったからといって、警察官を辞めるつもりは毛頭ない。
それに、結論を出すにはまだ早すぎる。
「疑問は解消したか?」
「一通りは。でも、全部信じたわけじゃない」
「それでいい。言葉だけで信じたら後輩指導としてぶん殴るつもりだった」
シュッと腕を突き出して殴るふりをする翔だが、そのパンチを食らったら洒落にならない怪我をする。
さすがは元SAT隊員。
知略に長けていようとも、根付いた肉体言語交流は抜けていないらしい。
しかし、今はそんな時代は遠い昔。
「パワハラで訴えるぞ」
「ここのトップは俺だが?」
「櫂にチクる」
「それはやめろ」
櫂の名前を出した途端、翔は突き出した腕を引っ込めて小刻みに首を横に振る。
どうやら櫂には頭が上がらないようだ。
良いことを知った。
無意識のうちに上がった口角。
きっと自分は底意地の悪い顔をしているに違いない。
「翔次第だなぁ」
「やらねぇよ」
「頼んだぞ」
拳を交わしたのは一度きり。
戦いの腕は互角か、悔しいが翔の方が上だ。
不意打ちで殴られでもしたら笑えない結果になる。
そうならないことを願って手を差し出せば、少し冷たい手が握り返してきた。
これで仲直りだ。
「そうだ。子どもたちの日常生活見たいだろ?」
「ああ。ヤバい思想教育とかしてないか確認してぇし」
「してねぇよ。明日から見学できるようにしてある。資料室やトレーニング室も開放してるから自由に動いていいぞ」
「根回しがお上手で」
翔の気遣いはありがたい。
体を動かすのが鷹也の仕事だ。
それを取り上げられたら恥も外聞もかなぐり捨て、みっともなく泣くくらいには運動が好きだ。
それでも翔に憎まれ口をきくのはもはや反射だ。
ベチンッと自分の頬を叩いて戒めれば、翔は何をしているんだとでも言うような視線を向けてきた。
やめろ、残念な子を見たような目で見てくるな。
「それくらいやれなければここの頭は務まらん。訓練に参加しているのはベフライエンに助けられた能力者だ。鷹也が納得できるように、色々聞くといい」
「いや聞けないだろ」
話を聞けるのはありがたい。
けれど、無理に聞き出すことはしたくない。
全力で遠慮したが、翔は不敵な笑みを浮かべた。
この二日で見慣れた表情は、どこか得意気でもある。
「過去を克服してるやつらばかりだ。大丈夫」
「なら、機会があればな……」
おいそれと聞ける話でもない。
翔は大丈夫だと言うが、こればっかりは気長に機会を待つつもりだ。
短時間で詰め込まれた情報を整理し始めたその時、ザパッと水が降ってきた。
大量の水に、大波が襲ったのかと思ったが違う。
水は空からデッキへと叩きつけるように絶え間なく落ちてくる。
「夕立?」
「あれ、今日は降らないと思ってたのに」
「予測できるのか?」
「雲の動きである程度は。今日ははずれた」
呑気に水浴びをする翔は、おかしいと言わんばかりに首を捻っている。
すでにびしょ濡れだ。
濡れることに躊躇いはないが、いかんせん肌に当たる雨粒は針が刺すように痛い。
翔は慣れているようで平気な顔をしているが、鷹也はそうじゃない。
「んなこと言ってる場合じゃねぇ!」
「中に入るぞ」
「言われなくても!」
二人揃って数メートル後方のドアに飛び込む。
全身濡れてしまったが、何故か爽快だった。
鷹也が望んだ最初の一歩。
翔との和解は、突然の夕立により印象深いものになった。
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