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第20話 探索

 その翌日から、鷹也はベフライエン日本支部の中を自由に動くことを許された。  ただ、動くと言ったってどこが何の部屋なのかさっぱりわからない。  鷹也が入ってはいけない場所もきっとあるだろう。  朝食後、翔は仕事部屋に篭ろうとしていた。  鷹也はほんの少しの罪悪感を胸に、翔の腕を掴んで引き止める。 「俺を放置していいのかよ」 「変なことはしないってわかってるからな。昨日言ったとおり、好きにしていいぞ」 「好きにするさ。でも、案内もされてないのに自由に動けねぇよ」  ここはベフライエン日本支部。  鷹也はベフライエンの保護対象ではあるが、陽介のでついてきただけの、厳密に言えばただの部外者だ。  人様の家をズカズカと歩き回るつもりはない。  鷹也はへらっと眉尻を下げて困った顔をしてみる。  この顔をすれば、杉浦たち年長組は仕方ないと肩をすくめて鷹也のちょっとしたお願いを聞いてくれた。  主に、自主練に付き合ってほしいというものなのだが。  果たして、それは歳上である翔にも通用した。 「ざっとだからな」 「ああ。終わったら子どもたちのところに行くからさ」 「じゃあ、行くぞ」 「おう!」  翔はくすりと口元を緩めた。  おおかた、鷹也の背後に暴れ回る尻尾の幻影でも見たんだろう。  ベフライエン日本支部は、豪華客船アテナの船尾側かつ最下階の客室区画にある。  そして、広さは船尾から前方に向かって約三分の一。    翔は、この階層について手短に説明した。 「結構広い……のか?」 「うーん、その時々だな。今はそれ相応だ。救助した人数が多ければ手狭に感じる」 「でもまあ、船の中と考えれば広い方か」 「かもな。出入口は二箇所。昨日使ったところと、ここ」  翔は、自身の部屋の正面にある部屋のドアを開けた。  部屋には、門番として構成員が二人いる。  鷹也の存在はすでに周知されていたようで、彼らは気さくに手を振ってきた。  だが、翔も門番の二人も、エレベーターがあるクローゼットには近寄らせてくれない。 (だよなぁ。友好的でも、そこまで信用されてないってことか)  自由になったようで、そうでない。  鷹也の立ち位置は宙に浮いているようなものだ。  そのことを、鷹也はここで理解した。    鷹也は肩をすくめて出入口であるエレベーターに強い関心がないことを示し、ひらりと手を振って翔とともに退出した。  出入口は二箇所。  仮にどちらかから侵入されたとしても、もう一方の出入口から逃げ出せる。  避難経路はしっかり確保されているようだ。    ふむ、と顎を指先で撫でた鷹也は、ゆっくりと船尾に向かって歩き出す。 「この辺は構成員の私室。それで……」  翔はしばらく歩くと、ある部屋のドアを指差した。 「ここから保護対象者の私室。部屋の大きさは構成員……というか、この船の乗客が泊まっている部屋と変わらない」 「翔の部屋は?」 「仕事部屋としての前室があるだけで、私室は同じだ」 「そうなんだ?」  豪華客船アテナは国内外から人気の高い船だ。  設備が整っており、食事は豪華でサービスも上質。  就航先も多いのが人気の理由のひとつだ。  ちらりと朝の記憶を呼び起こす。  翔の部屋はホテルを彷彿とさせ、とても船の中とは思えなかった。  あれがデフォルトだとは驚きだ。  さらに、昨日、翔が言った言葉をふと思い出す。  鷹也が「天国ってこういう場所を言うのかもな」と言ったことに対し、翔は「そうなるようにしているつもり」と言った。  つまり、それを実現しているということではないか? 「オーナーのご厚意とベフライエンの希望が一致した結果だ。不便はまったくない」 「へぇ……?」    保護対象者たちは勉強、構成員は任務があり、行動範囲が制限されているとはいえ、豪華客船に乗っている間は衣食住の心配はしなくていい。  いくつもの港を巡る豪華客船での生活。  バカンスだと思えば、確かに不便はなさそうだ。 「それで、この先は教室なんだが……」  翔は言葉を切り、腕時計を確認する。 「どうした?」 「今日、子どもたちのところに行くって言ってたろ?」 「おう」 「多分、今はミニテスト中だ」 「何でわかる?」 「カリキュラムを組んでるのは俺だからな」  翔は当然だと言わんばかりの顔をして肩をすくめた。    だが、鷹也は知っている。  内海は翔の仕事量を心配していた。  翔が当然のようにこなしている仕事の量と質は尋常じゃないらしい。 (平気そう……な感じだけど、なんかなぁ。敢えて自分を追い詰めてるんじゃないかって邪推しちまう)  能力者を救いたいという使命感はあるはずだ。  だが、根底にあるのは、かつての相棒を救えなかった悔恨ではないか。  そう思えてならない。  しかし、それを聞くことは躊躇われた。  鷹也はまだ、何も知らない。  ベフライエンの現状を把握したあとでないと、聞いてはいけない気がする。   「へぇ。じゃあ最後でいいよ」 「了解」  翔は頷くと、次は……と、歩き始めた。  といっても、その先は知っている。 「この先は食堂と、内海先生のいる医務室だな」 「そうだ。あと、能力コントロール訓練専用の部屋も昨日行ったからな。ということで、ここは省略」    軽快な足取りで進む翔の横顔は、なんだが楽しそうに見える。  この先に何がある?  翔も気に入っている場所なのだろうか。  鷹也の口角は自然と上がった。    その先は、船であることを疑う空間だった。  まず、ジムだ。    ランニングマシーンから始まり、全身を鍛えられるよう様々な器具が揃えられている。  しかも、それぞれ複数台あった。  加えてクッション性の高い床材が使われた広い空間もある。  ここなら子どもたちが走り回ることもできるし、体術訓練をすることもできる。  大人数で運動しても、これなら待ち時間が出ることはない。 「凄いな……」    充実した設備に体が疼く。  運動習慣が身についているため、体を動かさないと違和感を覚える。  昨日は翔から休めと言われ、軽い筋トレさえも止められた。 (俺も混じって……って、駄目だな。この場所自体が違法だ。自分の楽しみのために使うべきじゃない)  汗をかきながらストイックに体を鍛える構成員に混じりたい気持ちを宥めつつ、くっと喉で笑う翔のあとに続いて部屋から出た。 「次が最後だ」  そう言われて入った最後の部屋。  そこで、鷹也は絶句した。 「嘘、だろ……」    窓のない空間は縦に長く、船尾側の壁には標的がある。  そこは小規模ながらも本格的な射撃場だった。  鼓膜を破るような破裂音は、鷹也が聞き慣れた弾丸を発射するときに火薬が炸裂する音だ。  焦げ臭い臭いもする。  船で射撃なんて危険すぎる。  ある程度補強されているはずだが、それでも、弾丸が船に穴を開けたら……。  そう考えると、正気の沙汰ではない。   「なあ、ここ船の上だろ。射撃って……」 「ああ、普通だったら危ないんだろうな。でも、使ってる弾はこれ」    翔は射撃の順番を待っている構成員を呼び出し、何かを受け取った。  それは未使用の弾丸で、翔はそれを鷹也の目の前で見せてきた。    (そんなあっさりといいのか?)    疑問に思いつつ、鷹也はそれをまじまじと観察する。 「ゴム弾?」 「そう。ゴム弾だけど、跳弾しないように作られている」  ゴム弾は殺傷能力が低く、暴動鎮圧や軍隊に使われることが多い。  デメリットは、弾丸自体が軽く空気抵抗を受けやすいため有効射程が短く、目標に当たったとしても、跳ね返って違うところにまで跳んでいってしまうことだ。  そのため、ゴムに他のものを混ぜたり、プラスチックの芯を入れたりして改良した弾も存在する。  鷹也もこれまでに何度か使ったことがあった。  だが、手の中にある弾丸は、そのときに見たものとは何かが違う。 「うちの技術班が訓練用に作ったんだ。扱いやすいと思うぞ」  翔に視線で「撃ってみるか?」と聞かれる。  だが、鷹也はなるべく顔色を変えないようにして首を振って断った。  何故なら、鷹也は射撃が得意ではないからだ。  得意ではないと言っても、SAT隊員であるからそれなりの腕ではある。  ただ、他の隊員に比べると射撃成績は悪い。  視覚が発達したセンチネルであり、その能力を活かしてスナイパーを専門にする米田からは「当てようとしすぎだ」と言われ続けていた。  言いたいことはわかる。  要はリラックスしろということだ。  鷹也はリラックスしているつもりなのだが、上手くいった試しがない。 (翔に射撃が下手って知られてたら……。いや、考えたくもないな)  なにせ翔は元SAT隊員。  鷹也の先輩だ。  情けないと馬鹿にされる未来しか見えない。   「今度教えてやる。どうせ、苦手なんだろ」 「えっ……い、いやぁ……?」 「隠さなくてもわかる。鷹也みたいな性格のやつは躍起になりすぎて外す」  翔の言うとおりだ。  誤魔化す前に悟られては何も弁明ができない。  なんて気まずいんだ。    ただ、意外だったのは、そのことについて翔の言葉には馬鹿にしたニュアンスはまったくなかったことだ。   「そうだけどさ。なんで教えるって?」 「せっかくセンチネルの能力があるんだ。苦手なままはもったいない」 「……俺は、ベフライエンに入らないと思うぞ」  警察官として生きてきた。  これからも変わらず生きていくつもりだ。    それでも、教えるというのか。  いずれ敵になるかもしれない鷹也に。  強い視線を翔に突き刺す。  途端、射撃訓練をしていた構成員からピリリとした視線が突き返された。  発射の破裂音は止み、嫌な沈黙が圧力をかけてくる。 「教える」  それを破ったのは、他でもない翔だった。 「言っただろ。鷹也も同じ道を辿る必要はない。警察官を辞めろと言うつもりもないと」 「なら、なんで」 「鷹也は必ず、その能力を弱者のために使う」 「随分と信用するんだな。会って数日の相手だぞ」 「直感だけど、何となくわかるもんだ」 「ふぅん……?」  翔は視線を後方に向け、軽く手を振った。  それを合図に、鷹也を串刺しにしてきた視線はあっという間に霧散する。 (おっかねぇな)    ベフライエンは世界から虐げられた者たちの組織だ。  だからこそ仲間意識が強く、害をなす者はすべからく敵と見做す。  その団結力は凄まじい。  鷹也は視線で刺された肌をさりげなく撫でた。 「でもまあ、教えるのは今度だ」 「いや、せっかくだけど遠慮しとく。ここにある銃、全部不法所持物件だろ」 「そう、だな。確かに。じゃあ、教えるのは鷹也がベフライエンに入ったら、だな」 「任せろ。んで、ここで案内は終わりなんだが……」  もう大丈夫か?  翔から視線で聞かれ、鷹也は力強く頷く。   「ありがとう。食堂で休憩したら、自分で行く」    子どもたちがいる教室はもうわかる。  あとは食堂で水分補給してからにしようと考えていた。 「そうか。じゃあ、俺は仕事に戻る。なんかあったら部屋に来い」 「りょーかい」  翔は構成員に「頑張れよ」と声をかけると、颯爽と射撃場から出ていった。  その足取りは心なしか速めだ。 (あー……忙しかったのか。悪いことしたな)  鷹也はぽり、と頭を掻くと、射撃を始めた構成員に一礼してその場をあとにした。

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