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第23話 翔の休日
「今日は仕事しない」
その日、鷹也とともにゆっくりと朝食を食べ進める翔はそう言った。
鷹也がベフライエンに来てすでに一ヶ月経つ。
しかし、翔の休日と言える日はなかった。
午前か午後の半日、あるいは丸一日、執務室でパソコンや資料を睨みつけ、特定の時間になると教室で綺麗な発音の英語を教える。
空いた時間はベフライエンの構成員たちとジムで体を動かしていた。
内海が心配するのも無理はない。
それでも、内海や櫂が話すには少しマシになった方らしい。
明らかなオーバーワークだ。
(やっと休みか……)
二十四時間、三百六十五日、オンコールの警察官でももう少し休んでいる。
翔に合わせて鷹也も似たような生活を続けてきた。
月単位ならどうにかなる。
だが、これが年単位で続くと心身に負担がかかるだろう。
翔が休日をどう過ごすのか気になる。
せめて翔の気が休まるように、鷹也も何かしてあげたい。
寝食をともにしていれば、当然抱く感情……だと思う。
「休みってことだよな。一日中ベッドでゴロゴロするか?」
それなら、学生時代からSATに入った現在まで、同期たちに好評の全身マッサージでもしようか。
良い提案だと思って前のめりに聞いたが、翔の返事は鷹也の予想とはかけ離れたものだった。
「いや。最近やってなかったから、射撃練習しようと思ってる。見るだけになるだろうが……来るか?」
「まあ、見るだけだったら」
「ありがとう」
普段と違い、ゆったりとリラックスしたような雰囲気がある翔から請うような視線を向けられる。
そんな目で見られたら、無理矢理ベッドで寝ろなんて言えない。
鷹也から了承を勝ち取った翔は、溌剌とした笑顔を弾けさせた。
そして、勢いよく残りのコーヒーを飲む。
翔は随分と気合いが入っているようだ。
その勢いに振り回されないようにしなければ。
鷹也は甘ったるいコーヒーを一気に飲み干し、翔と同時に席を立った。
射撃場には先客がいた。
伊吹と櫂だ。
二人が隣り合って射撃前の銃の点検をしている。
そこにはボンドを結んだ二人特有の執着も、交際関係にある熱も感じられない。
フラットに見えるのは、きっとそう見えるように気を遣っているからだろう。
だというのに、鷹也は体がじわじわと熱くなるのを感じた。
伊吹と櫂を見ると、どうしても意識してしまう。
パーフェクトマッチである鷹也と翔。
翔とボンドを結んだらどうなるのだろうか。
この先、鷹也が警察官で、翔がベフライエンである限り絶対にあり得ない話だ。
それでも、鷹也は夢想する。
もし、翔とボンドを結んだら。
翔とは命が燃え尽きるまでの密接な関係になる。
離れることなく、ずっと隣で生きていく。
瞼の裏に、寄り添う鷹也と翔の幻影が映し出される。
想像した二人は互いを腕の中に収め、穏やかな笑みを浮かべてた。
胸がじんわりと熱くなる。
(なんか、しっくりくるな)
そのままキスしてもおかしくはない雰囲気で、鷹也はなぜかそれを嫌だとは思わなかった。
むしろ、初めてのキスがゲロまみれだったから、それを上書きしたいと望んでいる。
(は……? 待て待て! 俺、今、何を考えて……⁉︎)
現実の鷹也に、翔と恋愛する気持ちはない。
今のは伊吹と櫂の関係を意識しすぎたために浮かんだあり得ない空想だ。
(きっとそうだ。そうに決まっている。じゃないと、俺は……)
他人からの影響とは恐ろしい。
ぶんぶんと頭を振ってあり得ない妄想と体に溜まった熱を吹き飛ばした。
「お、翔さん。と、鷹也だ」
「言い方」
「はーい、ごめんなさい」
櫂に嗜められた高 伊吹は悪びれもなく軽い謝罪を口にする。
鷹也をおまけ扱いしたことは反省していないようだ。
別に鷹也もそれでいいと思っている。
実際問題、鷹也はまさしく陽介に引っ付いてきたおまけなのだから。
「伊吹と櫂も練習か?」
「はい。授業は陽介くんに任せても大丈夫になったので、久しぶりに」
櫂の笑顔には、少しばかりの解放感が見えた。
いくら子ども好きとはいえ、毎日は大変なのだろう。
「俺はその付き添いです」
ガチャンッと弾倉を銃本体に収めた伊吹は、銃口を上に向けた。
「隣の射台に入ってもいいか?」
「もちろんです。俺としては、鷹也の射撃がどんだけへなちょこなのか知りたいですね」
伊吹がニヤァ……と歪んだ口元を見せつけるように手で半分隠す。
「隠れてねぇし、俺は撃たないんだけど」
「あれ?」
「こら、射撃場でふざけない。伊吹、俺の練習に付き合ってくれるんじゃなかったの?」
「もちろん。みっちり付き合うよ。鷹也は翔さんに任せる」
そのとき、少し……ほんの少しだけ、櫂の熱を感じた。
――余所見するな、俺を見ろ。
温厚な櫂が見せた僅かな激情。
それは、背を向けられたことで見えなくなった。
「俺たちも始めるぞ。拳銃とライフル、どっちが苦手だ?」
「え? どっちも苦手だけど、歴が短い分ライフルの方がより苦手だな」
そう言いながら、口の中が苦味を帯びたように感じた。
自分の苦手――つまりは弱いところ――を曝け出すのは、いつになっても居心地が悪い。
「じゃあ、軽く拳銃、そのあとみっちりライフルだな。見るだけでもちょっとは勉強になるんじゃないか?」
翔は射台に置いてあるイヤーマフを鷹也に手渡し、自身もそれを耳に当てる。
そして、射台の後方にある黒い金属製の棚から拳銃を取り出して素早く点検すると、弾倉にゴム弾を装填した。
射台に立った翔の背筋は糸を上から下へと垂らしたように真っ直ぐだ。
銃把を握った右腕を伸ばし、銃口は円を描く標的へ。
奥の射台では、すでに伊吹と櫂が射撃を始めている。
断続的に聞こえる破裂音。
それに意識を取られることなく、翔は静かに引き金を引いた。
同時に、鷹也は視覚のカーテンを開いて標的を見る。
一発目は中心から僅かに外れたところへ。
二発目は、一発目よりも中心に寄っている。
三発目以降はほぼ中心を撃ち抜いた。
「すげぇ……」
鷹也の場合、中心から三センチ離れたところを撃ち抜き、そこから徐々に中心に寄っていくが、中心に当てたことがあるのは十数回程度だ。
一度、一発目で中心を撃ち抜いたことはあるが、嬉しすぎて頭が花畑になり、二発目以降は全部中心を撃ってやろうと張り切った。
だが、そのせいで変に力んでしまったために、結果は散々だった。
「SATではなんて指導されてた?」
「躍起になるな、と」
「姿勢は?」
「一回も言われたことない」
言われるのはいつも同じだ。
『躍起になるな』
そうなるよう努めているものの、負けず嫌いな性格がいつも邪魔をする。
「なら、ちゃんとリラックスして撃て。標的を見すぎると躍起になるから、ぼんやり程度でいい。特に、センチネルで視力が上がった今はな」
翔は目元をトンッと指で叩き、鷹也の右手を掴んで握手した。
すると、目の奥にあった僅かな疲労感が軽くなる。
ガイディングされたと理解したときには、翔の手はするりと鷹也の手から離れていた。
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、ライフルだけど……」
と、翔が拳銃を棚に納めてライフルに手を伸ばしたときだ。
「翔さん!」
射撃場に飛び込んできたのは内海だ。
その顔は青を通り越して白くなっている。
「内海先生。どうしたんですか?」
「協力者から連絡がありました。今夜、日本のタワーが衰弱した能力者を処分すると」
「今夜だって?」
翔は眉間に深い皺を寄せ、低く唸るように答える。
伊吹も櫂も、騒ぎを聞きつけて寄ってきた。
「はい。すでに離島の地方支部に移送されているそうで、人数は十数名です」
「あそこか。伊吹、櫂」
翔に名前を呼ばれた二人は、すでに自分の役割を理解していた。
「俺は水上機と簡易ボートの手配をします」
伊吹はそう言うと、ポケットに入れていたスマートフォンを目にも止まらぬ速さで操作し始めた。
「俺は人員の招集と装備の手配を。集合時間はどうしますか」
「四十……いや、三十分後だ。ここから向かうとなると時間ギリギリになる。最速で行くぞ」
「はい!」
伊吹と櫂は慌ただしく射撃場から出ていき、翔と内海もその後に続いた。
鷹也も、その背中を追う。
内海は足早に診察室へと姿を消した。
彼もまた、現場へ行くのだろう。
「なあ、処分ってつまり」
「殺すってことだ」
舌打ちをした翔の顔には激憤と焦燥が張り付いている。
鷹也の心臓はドクドクと音を立てて走り始め、キーンッと高い耳鳴りが聞こえてきた。
握り締めた拳の中には、嫌な汗が閉じ込められている。
資料ではタワーや武装組織の残虐な記録を読んだ。
それが、まさに今現実となって鷹也に襲いかかってくる。
自国のタワーが行う非道は目の前だ。
(俺、は……)
目を逸らさないと決めた。
世界を知り、見極めると。
であれば、鷹也の選択肢はひとつだ。
「俺も行く」
「覚悟はあるか」
「当然」
「これを着ろ」
翔の部屋に戻り、クローゼットの中から取り出されたのは、顔を隠すためのバラクラバと、いずれも軽量化された防弾ベストと防弾ヘルメット、ブーツだ。
鷹也はそれを奪うようにして受け取ると、素早く身につけた。
翔は、それとは別に銃器などを取り付けるホルスターなどを装備していく。
「俺の傍にいろ。ただし、何もするな。この意味、わかるな?」
ベフライエンに同行し、判断材料にしろ。
部外者として、一切手を出すな。
つまりはそういうことだ。
「わかってる」
「よし、行くぞ」
「おう」
部屋を飛び出した二人は、全速力で駆け出した。
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