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第24話 救助
豪華客船アテナに保管されているベフライエンのボートには、総勢三十名近くの構成員が乗船し、離島に向けて出発した。
その後、どこかの支部から手配された水上機――水上で離着陸できる飛行機だ――に操縦者以外全員が乗り換え、離島を目指す。
水上機には、日本支部以外の構成員もいた。
どうやら応援部隊ということらしい。
機内で説明されたのは、今回の救出要請の経緯と作戦内容だ。
数十年前、非道な研究に罪悪感を感じ、あらゆる伝手を駆使し、執念でベフライエンとコンタクトを取ったタワー職員がいた。
彼はこれまでもベフライエンに協力し、タワーから能力者を逃している。
近いものだと、翔や内海がベフライエンに入るきっかけとなった六年前だ。
だが、それ以降、タワーの警備システムが強化されたため、思うように攻略できないのが現状だった。
しかし、今回向かうのはタワーの地方支部だ。
定期的な調査から、その警備は手薄であることは把握済み。
能力者の処理――つまり殺害――が離島で行われるという情報を掴んだ職員は、藁にもすがる思いで連絡をしてきたという。
今回の任務は、タワーの地方支部に侵入し、囚われている能力者を救うこと。
救出予定の能力者は歩くこともままならない状態のようだ。
つまり、迅速な救助には適切な作戦が必要である。
作戦はこうだ。
離島近くの海上に水上機を着水させ、そこからボートを使って離島まで行き、上陸。
応援部隊が陽動し、日本支部の構成員がタワーに侵入して能力者を救出。
素早くボートで水上機まで引き上げて逃げる。
日本支部組は豪華客船アテナから出たボートに乗り、アテナに戻るまでが任務だ。
救出した能力者は、設備の整った陸地の潜伏先で療養する手筈になっている。
作戦と役割が言い渡された時、鷹也の名前が呼ばれることはなかった。
当然だ。
鷹也はベフライエンの人間ではない。
救助を待つ能力者が心配だが、こればっかりはどうしようもないのだ。
同時に、胸に大きな岩が現れ、喉元を塞ぐような感覚に陥る。
現実を目の当たりにした自分は、どんな選択をするのだろうか。
待ち望んでいた機会であるはずなのに、不意に岐路に立たされ、不安になっている。
及び腰は鷹也らしくない。
両手をぎゅっと握り締めて迷いを握りつぶす。
(考えるのは後だ。今はこの任務に集中しろ!)
未来は誰にも予想がつかない。
どうなるかわからないことをウジウジと悩むのは無意味。
不安と迷いは命取りだ。
余計なことを頭から締め出そう。
やがて、水上機は離島にほど近い海上に着水した。
内海と水上機の操縦者は機内で待機。
それ以外は、航行できるよう準備した折り畳みのモーターボートへ振り分けられた班ごとに乗船し、タワーの地方支部がある離島を目指した。
豪華客船アテナから水上機に乗り換えるまで使っていた船とは違い、折り畳みのモーターボートには屋根も壁もない。
全身に襲いかかる潮風は、嫌な湿気を孕んでいた。
(あとどれくらいで着くんだ? 間に合うのか?)
隣に座る翔を横目で見ると、彼も鷹也と同じように腕時計を確認していた。
そして、顔を上げると、全員の耳に届くよう声を張り上げた。
「あと五分で到着だ。作戦の最終確認をする。俺たちは能力者の救護を任務とする。俺たちは陽動の二分後に建物内に侵入。三階東側に位置する研究室に向かい、十四人の能力者を救助、脱出する。武器の使用は最低限、使用しても相手に致命傷は与えるな。ただし、自分たちの安全が第一だ。いざと言う時は躊躇わなくていい。誰一人欠けることなく帰るぞ!」
「おう!」
翔の呼び声に一同が応える。
必ず窮地の仲間を助け出す。
必ず全員で生きて帰る。
それぞれの目には静かな炎が燃えていた。
鷹也も同じ気持ちだ。
傍観者であることに変わりはない。
けれど、心は彼らと共にある。
苦しんでいる誰かを助けたいと思う気持ちは、誰にも負けないつもりだ。
やがて、離島の南側に位置する岩場の前で、ボートは緩やかに止まった。
鷹也を含め、乗船している全員が素早く装備の最終確認をする。
軽量化された防弾ヘルメットとベスト。
顔を隠すバラクラバ。
右耳に嵌ったインカム。
耐火性にも優れたミリタリーブーツ。
問題はない。
それぞれ確認が終わると、誰からともなくボートから降り、島に上陸する。
鷹也もそれに続いてボートを後にした。
公にも存在が知られているタワーの地方支部。
それは、島全体に広がる森の中に、ひっそりと隠れるように建っていた。
表向きは能力者が療養する場所でもあるため、心が落ち着けられる環境を提供する目的で、敢えて離島に設置された地方支部だという。
そのためか、港はフェリーが着岸できる規模で、港からタワーの建物までは綺麗に舗装された道路がある。
『手厚いケアと療養に適した環境』
それを謳い文句にしているようだが、わかりやすい建前だ。
倫理から外れた研究と、それに必要な物品や能力者の搬送を隠すため。
それが本当の狙いだろう。
木々の隙間から見えるタワーは、満月に照らされ白く光っているように見えた。
まやかしのベールを纏ったそこは、異様に静かで不気味だ。
木々の隙間を縫って差し込んでくる月明かりに照らし出され、黒い服を纏ったベフライエンの輪郭が浮かび上がっている。
視界に見えるだけが全員じゃないだろう。
日本支部組だけでもこの数だ。
そう考えると、数の割に見た目は圧巻の一言に尽きる。
応援部隊は、タワー職員の追跡を阻むため、彼らの船を航行不能にする細工を始めている。
それが終わり、陽動の準備ができたらいよいよ救出活動開始だ。
辺りは穏やかな風と葉ずれの音しか聞こえない。
その分、鷹也の耳には自分の呼吸と心臓の鼓動が大きく響いていた。
体温は上昇し、適度な緊張が体を引き締めさせる。
ベフライエンの活動に帯同するのは初めてで、鷹也ひとりが部隊の中では異分子だ。
顔は合わせて話したことなある構成員ばかりだが、慣れないメンバーとの作戦行動は勝手がわからず、どうしても僅かな不安が浮かんでは消えていく。
また、これから突きつけられる現実が待っていると考えると、胸を掻きむしりたくなるような焦燥感がある。
けれど、心は不思議と凪いでいた。
質のいい睡眠をとった後のように思考もクリアだ。
体は熱く、心は冷静に。
逸る心臓を宥めるように深呼吸をした鷹也の耳に、作戦開始の合図が入った。
『陽動、これより開始』
潜めた低い女性の声は、そのボリュームに反して勇ましい。
同時に、ドォ……ン、と耳を劈く轟音が響き、白い煙がタワーの反対側から上がるのが見えた。
それから時計を睨みつけること、二分。
「行くぞ」
左耳に肉声が、右耳に機械を通した翔の声が聞こえる。
翔に視線を向ければ、鋭い視線と絡み合った。
何を言わずともわかる。
互いに頷き合うと、けたたましい警報音が鳴り響く白いタワーへと駆け出した。
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