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第25話 突きつけられた現実
翔と鷹也、伊吹と櫂を先頭に、タワー東側の職員通用口から侵入し、入ってすぐの階段を三階まで駆け上がる。
警報音が鳴り響くタワー内は、陽動が成功していることを示すように鷹也たちしかいない。
警備の穴が大きすぎる。
作戦が成功しているのは喜ばしいことだが、鷹也は油断しないまでも、杜撰な警備体制に呆れた。
曲がりなりにも国の公的機関であるはずだ。
こうも易々と陽動にかかるようでは、警備とは言えない。
明日の報道で警備の甘さを非難されるのが目に浮かぶようだった。
階段を上がり、廊下を進んで右にある、厳重に施錠されたスライドドア。
その前にしゃがみ込んだ伊吹が静かに解錠の作業を始めた。
それを見守るようにドアノブに手を掛けたのは櫂だ。
鍵は旧式の電子ロック。
大戦前の遺物だが、マニアでなければ初見殺しの鍵だ。
伊吹は手早くドライバーでカバーを外し、制御基盤を剥き出しにする。
それを数秒ほど凝視して観察すると、持参した黒い箱のような物を取り出し、そこから出ているコードを制御基盤に取り付けた。
伊吹が黒い箱のような物に付いていたスイッチを押すと、電車ロックの操作盤の液晶が暗転する。
(電気を流して停電させたのか)
伊吹の作業を観察していた鷹也は、彼がどうやって解錠しようとしているか理解した。
停電すると、電子ロックは、停電直前の状態をキープするか、ロックがかかった状態になるか、ロックが解除されるかの三パターンに分かれ、施錠されたままであれば物理鍵を開けることになる。
櫂がスライドドアを引いたが、ドアは鈍い音を立てて施錠されたままだった。
それを確認した伊吹は、腰に下げていたポシェットからピッキング道具を取り出し、無言のまま物理鍵の鍵穴にそれらを突っ込んだ。
カチャカチャと小さな金属音を立てて作業する伊吹の手際は鮮やかで、職務上、ピッキング知識のある鷹也から見ても手際が良かった。
もしも伊吹が同僚だったなら拍手を送っていたことだろう。
その間、後続のベフライエンが続々と廊下に集結する。
姿勢は低く、しかしすぐ動けるように待機し、数人は前後を警戒してサブマシンガンを構える。
――カシャン。
全員が廊下に到着したタイミングで、軽い金属音が静かな廊下に響いた。
(いよいよ、か……)
このドアの先に、どんな光景が広がっているのか。
それを見る覚悟はできている。
警察官として、どんな悲惨な状況でも目を逸らさない。
世界の真実をこの目でしかと確かめるのだ。
鷹也は生唾をごくりと飲み込み、ぎっとドアを睨みつける。
伊吹がピッキング道具を片付けると、翔がすっと左手を挙げた。
その場にいる全員がそれに注目し、ぐっと足に力を込めるのを感じる。
挙げられた翔の左手が音もなく振り下ろされた。
同時に、櫂が勢いよくスライドドアを開け放つ。
「手を挙げろ!」
怒号を発したのは誰だったのか。
翔を先頭に部屋に雪崩れ込んだベフライエンは、顔を強張らせた数人のタワーの職員に銃口を突きつけ、無抵抗の彼らを縛り上げる。
タワー職員の、恐怖で蒼白になった顔。
それを見ていると、鷹也自身が幼い頃に遭遇した殺傷事件を思い出す。
状況が理解できないまでも、自分もあんな顔をしていたんだろう。
そう思うと、押し込めていたはずの良心が僅かに痛んだ。
警報を聞き、研究資料を持ち出す準備をしていたのだろう。
オフィスのような空間にある机の上には、いくつもの書類の束とパソコンが煩雑に積み上がっていた。
それを横目に、鷹也は翔と共に部屋の奥へと突き進んでいく。
正面に見えている壁は、全面が腰の高さから上がガラス窓になっている。
しかし、照明が反射し遠目からはその奥が確認できない。
もどかしく思った数秒後、窓際に辿り着いた鷹也は、窓枠に手を付き、窓の向こう側をその視界に入れた。
「ッ……!」
息を詰めた鷹也が目にしたのは、翔の部屋で読んだ過去の資料が再現されたような光景だった。
部屋の中央には六床のベッドが並んでおり、その上には全裸の上、四肢を拘束された人がいくつもの管に繋がれている。
気を失っている者もいれば、虚な目で天井を眺めている者もいた。
また、二畳ほどの小さな部屋がぐるりと中央のベッドを囲み、ガラス張りのドアで締め切られたその中には、白いバスローブのような服をきた人がぐったりと倒れている。
監禁された怒りからか、あるいは助けを求めてか。
ガラスにはいくつもの手の跡が残されていた。
「これ、が……」
これが現実。
善良なフリをしている世界が隠している真実。
センチネルとガイドを人間として扱わず、倫理から外れた研究を行なっている、動かざる証拠。
それを目の当たりにし、鷹也の腹の底からマグマのように熱く滾った怒りが膨れ上がった。
握りしめた拳がギリギリと嫌な音を立て、噛み締めた唇が切れて鉄の味が口内に広がっていく。
(こんなこと、人間がすることじゃない!)
この劣悪な部屋に閉じ込められ、無理矢理、研究に参加させられた能力者たちが感じた恐怖、痛み、怒り、悲しみ。
どれだけ辛かっただろうか。
どれだけ絶望しただろうか。
彼らが受けた苦しみに比べたら、今、拘束されたタワー職員たちが感じている恐怖は塵の一粒にもなりはしない。
人の道を外れたタワーの職員たち。
彼らは現代の悪魔だ。
鷹也は、恐怖の顔に怯える彼らに一瞬でも同情した己を恥じた。
窓枠にダンッと打ち付けた拳。
アルミ製の窓枠が亀裂を走らせながらベッコリと凹んだ。
「予定通り、ガイドが中心になって要救助者の搬送をする。手が空いたセンチネルはその補助を頼む」
ガラス窓の奥では、翔が指示を出しながら次々と囚われていた能力者たちを助け出している。
鷹也は引き寄せられるように、手術室のような牢獄に足を踏み入れた。
ツンと鼻につく強烈な消毒液の匂い。
それに掻き消されそうで、しかし微かに感じ取れる血と糞尿の臭い。
あちこちから上がる力ない呻き声。
研究の始まりだと誤認した能力者から上がる悲鳴と暴れる音。
(どんなことをすれば触っただけでこんなに怯えるんだよ……!)
櫂が怯え暴れる少年にそっと触れ、優しく声をかけてはいるが、恐慌状態に陥っている少年の耳には届かない。
この状態で助け出すことは困難だ。
櫂は微笑みと声かけを絶やすことなく、腰に下げたポーチから注射器を取り出し「ごめんね」と言うと、少年を押さえ付け、その腕に針を沈め、薬を注入していく。
やがて、少年はくたりと脱力して目を閉じた。
櫂は少年の腕からゆっくり静かに針を抜く。
手早く注射器をポーチに収めて少年の小さく細い体をふわりと抱き上げると、背に乗せて立ち上がった。
それを注視していた鷹也は、密かに胸を撫で下ろした。
鷹也は傍観者だ。
何も手出ししないことを条件にここにいる。
やろうと思えば鷹也だって彼らの助けになれるが、約束を違えることはできない。
見ているだけで何もできないこの状況は、体が動き出したくて仕方なく、そして、ひたすらに無力感に苛まれた。
少年も含め、ベフライエンたちの背にぐったりと体を預けた能力者たちは、全員が痩せこけていて骨と皮の状態だ。
適当に切ったであろう不揃いの切り口の短い髪は脂でベタついており、監禁されて日の光を浴びていない真っ白な肌は見るからに乾燥している。
目の下には真っ黒な隈が浮かび上がり、手首と足首には、摩擦による赤い擦り傷。
両腕には、何度も針を刺されたと思料される青い痣が一面に広がっていた。
(こんなこと、許されるはずがない)
何度も襲いくる助けたいという衝動。
唇を噛むだけでは抑えきれない。
タンッと足を踏み出した時、鷹也の胸を平手で叩いたのは、ボロボロになった女性を背負った翔だった。
「手を出すなと言っただろ」
翔の刺すような視線に、鷹也ははっと我に返った。
「すまない」
「わかればいい。行くぞ」
促されて周りを見ると、白く醜悪な檻に囚われていた能力者は全員ベフライエンの背に乗っていた。
あとはさっさとここから脱出するだけだ。
先頭はタワー職員を見張っていた伊吹をはじめとしたメンバーが務める。
その後に続いて痩せこけた能力者を背負ったガイドたち。
そして、殿 は鷹也、女性を背負った翔と、那輝 というセンチネルの構成員だ。
鷹也は進み出した救助の列に並ぶと周囲を警戒し始めた。
傍観者であることを忘れてはいない。
しかし、危険な殿 を務める以上、センチネルの能力を使わなくとも警戒くらいはするべきだ。
危険が迫ったら声を上げればいい。
ただそれだけのことだ。
侵入した時よりも列の進みは遅いが、階段を駆け降りていることには変わりない。
いくつもの重い足音がロビーに反響する。
「急げ。一階の廊下から一人、こっちに来ている」
鷹也の後ろにいた那輝が潜めた声で危険を知らせた。
インカムでそれを聴いたからか、列の進行速度が僅かばかり上がる。
鷹也は心臓を全力疾走させた。
手が、小刻みに震えている。
命の危険からか、武者震いからか。
震えの原因は、鷹也自身にも判別できない。
こちらに向かってきているタワー側の人間が武器を持っていなければいい。
それは、祈りにも似た願望だった。
一階まで駆け降り、あとは目の前のドアから飛び出すだけ。
背後を気にしつつ駆け出したとき、ドンッと空気を震わす二重の破裂音と、ともに殿を務めていた那輝の「逃げろ!」という怒号が耳を劈いた。
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