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第37話 不可解な合同訓練

 鷹也がSATに復帰して七ヶ月が経った。  ベフライエンがどこかで能力者を拉致――正確には救出――しただとか、誰かが捕まっただとか、そういった情報は何も入ってこない。  翔たちは、今もまだ無事なんだろう。  いつかはベフライエンの情報が入ってくる。  鷹也は、それを聞きたいような、聞きたくないような、複雑な気持ちを抱えていた。  ベフライエンの情報を耳にすれば、場合によっては保留にし続けていた自身の進退を決めなければならないからだ。  頭を悩ませているのはそれだけではない。  相変わらず、鷹也の周辺は監視者だらけだ。  おかげで基地の予備休憩室は鷹也の城となった。  その上、任務以外で基地の外には出ておらず、ある意味軟禁状態が続いている。  不便であることに変わりはないが、メリットはあった。  米田と金城から、あるいは他のセンチネルの隊員から、センチネルとしての戦い方をみっちり教えてもらえることだ。    鷹也が得意とする接近戦も、苦手意識が高かった射撃も、指導を受けるうちにコツを掴んできた。  特に射撃は、翔から「標的を見過ぎない」と言われたことを意識すると、成績が少しずつ上がていくのが爽快で気持ちがいい。  米田より良い成績だったときは、先輩である彼には申し訳なかったが、飛んで跳ねて喜んだ。    五感すべてを能力で拡張していく。  研ぎ澄まされた感覚をちょうど良いところで固定。  無意識でもコントロールができるようになったことも、大きな変化だ。  センチネルの先輩である米田と、鷹也の精神をケアしてくれる金城のサポートがあったからこそ成長できた。    ただひとつ、未だに慣れないことがある。  金城から受けるガイディングだ。  別に、金城のガイディングが下手というわけではない。  言葉には言い表せない微妙な違和感があるのだ。  それは、翔とのガイディングを体が覚えているからだろう。  パーフェクトマッチであるということも大きな要因である気がする。  どうにもならない違和感はあれど、SATに戻ってきてからの調子はいい。  その成果が充分に出たと実感したのは、昨日から行われている、全国のSATが参加した合同訓練だ。  いつもは立てこもり犯を制圧する訓練を中心にしているが、今回は違った。  昨日から行っているのは、建物を包囲したテロリストを制圧すること。  技術が向上したからか、敵役をすんなりと制圧できる。  その上、気持ちに余裕があるからか、訓練中に誰がどんなことをしているのかが視界に入ってきた。  敵から押された仲間のフォローもバッチリだ。  訓練するときは、いつも胸が高鳴る。  どんな強い相手と戦えるだろうか、と。  だが、訓練の成果を実感できて嬉しい反面、配置場所や役割を変えて繰り返し行われる今回の訓練には首を傾げるばかりだ。  疑問に思ったのは、鷹也だけではない。 「ねえ、この訓練おかしくない?」  我慢できず、休憩中に声を潜めて訴えたのは馬場だ。  彼女は、センチネルがあちこちにいるこの訓練場では、会話が筒抜け状態に等しいことは承知の上だ。  それでも滝のように流れる汗を拭ったタオルで口元を隠したのは、一応、他の班に配慮したからだろう。  馬場の疑問に、杉浦班の全員が小さく頷く。 「ああ。こんな想定の現場、普通はない」 「米田の言う通りだ。守備から攻撃への切り替えは重要だが、俺たちに出動要請がかかるのは重大テロや立てこもり事件。この想定の趣旨がわからない」 「杉浦班長は何も聞いていないんですか?」  金城の問いに、杉浦は首を横に振った。 「何も。そもそも、この合同訓練のタイミングもおかしいしな」 「やっぱり。普通、でかいイベントの前にやるもんですよね」  鷹也の言葉に、全員が頷く。  オリンピックなどの国際的な行事があれば、予想されるテロへの対策として合同訓練が行われる。  報道陣にも公開しており、その映像や記事は、警察マニアの中では貴重な資料として収集されているらしい。  それは余談として、今現時点、年内あるいは翌年に予定されている国際行事はない。  だからこそ、この訓練時期にも、その内容にも疑問があるのだ。  その疑問を抱えているのは、何も杉浦班だけではない。  悪いとは思いつつ聴覚を研ぎ澄ますと、他の班でも、杉浦班と同様の会話をしているのが聞こえてくる。  そして、憶測が飛び交っていることもわかった。 「国内のどこか重要な施設への襲撃が予想されているってことですよね」 「そう考えるのが妥当だね」  不信感を隠しもしない馬場に、金城が肩をすくめる。  SATの任務は命の危機に直結する。  詳細を隠されていては懐疑心が募るばかりだ。   「他の班もそう言っていますよ」 「上は何考えてるのかねぇ」 「杉浦班長から聞けないんですか」  米田の不満に、杉浦はクッと口角を上げた。 「聞いて教えてもらえたらいいんだけどな。ひとまず味方は多いほうがいい。ってことで、班長クラスに声かけてくる。勝手に動くなよ」  颯爽と近くにいた班の輪に入っていく杉浦の姿は頼もしい。  だが、同時に怖くもある。 「あの顔、見た? 見たよね?」 「相当怒ってるな」 「米田さんがけしかけたんですよ!」  金城は呑気に杉浦を眺めている米田の肩を揺さぶり、馬場は先輩後輩の立場関係なく米田の上腕に鋭いパンチを打ち込んだ。  鷹也は三人の悲鳴を聞きつつ、聴覚をコントロールして杉浦の会話に集中する。  どの班も今回訓練には裏があると思っていたようだ。  すべての班の班長が杉浦の働きかけに応え、彼らは訓練主催者である上層部が待機する部屋に入っていった。 (実力のある人たちがあんなに集まったんだ。上も、もう隠せないだろうな)  国を、そこで生活をする国民を守るため、文字通り命を懸けてきた。  崇高な使命があるからこそ、SATに身を置いている。  だが、今回ばかりは上層部の動きが怪しい。  鷹也の胸には、割り切れない黒いものが渦巻いていた。  戻ってきた杉浦たちの顔は芳しくなかった。  嫌な予感に、鷹也は米田、金森、馬場と顔を見合わせる。  誰もが不安を表に出していた。 「酷い状況だよ。訓練は終了。一度シャワーを浴びて、会議室に集合だ」  杉浦の苦い言葉に、全員が息をのむ。  戸惑う鷹也たちの肩をたたき、杉浦は次の行動を促した。  未だかつて、任務に怖気づいたことはない。  そんな鷹也でも、これから与えられる任務には嫌な予感がする。  鷹也たちは重い足を引きずり、まずはシャワー室に向かった。

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