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第38話 作戦会議
身なりを整えて集合した会議室には、所狭しとSAT隊員が着席している。
全員がいることを確認されると、上席の面々が現れた。
隊員たちに正対する形で設置された席の中央には、訓練前に、隊員たちに激励を送った国家公安委員長が着席した。
その左右を、各SAT隊の隊長たちが固める。
物々しい雰囲気に息が詰まりそうだ。
窓を開けて換気をしたいところだが、機密情報を話す前提で作られた会議室に窓はない。
鷹也は静かに深呼吸をして心を落ち着かせる。
国家公安委員長はおもむろに起立すると、鷹也たち隊員に向かって深く頭を下げた。
「まず、日々命を賭して治安維持に務める皆さんに今回の訓練の趣旨を告げなかったことについて謝罪します。申し訳ありませんでした」
その行動に、鷹也は度肝を抜かれた。
彼はSAT隊員からすれば雲の上の存在だ。
そんな立場の者から謝罪されることなど、誰が予想できただろうか。
単純極まりないが、おかげで胸の中に燻っていた上層部への懐疑心は吹き飛んでいった。
どよめきが収まると、彼は重い口を開いた。
「三日前、タワー所長である海老原紀夫 さんから、ベフライエンが再び日本タワーを襲撃するという情報提供がありました」
鷹也は、いや、会議室に集められたSAT隊員全員が息を呑んだ。
情報提供があった。
それは、ベフライエン内に日本タワーの手足となっている密偵がいることを示している。
(一体いつから、誰が潜入しているんだ?)
情報提供が本当なら、ベフライエンは蜘蛛の糸に絡め取られる蝶々と成り果てる。
鷹也の脳裏に、豪華客船アテナで言葉を交わしたベフライエンの構成員たちの顔が次々と浮かび上がった。
「皆さんも知っての通り、ベフライエンは能力者を拉致する国際犯罪組織です。タワーは警備を民間に委託していますが、昨年は離島にある支部に対する襲撃を受け、能力者を拉致されています。そこで、タワーを守り、ベフライエンを検挙するため、SATの皆さんに動いてもらうこととなりました。今回の訓練は、それを想定した内容となっています。皆さんは厳正な調査を受け、選ばれた人間です。しかし、情報漏洩の可能性を加味し、事情を伏せていました。ここからの説明は、警視庁公安部の手塚さんに任せます」
着席した国家公安委員長の視線の先には、鷹也が各国のタワーや捜査機関から聞き取り調査を受けた際、翔のことを聞いてきた手塚がいた。
以前と同じくダークグレーのスーツを着こなし、柔和な笑みを浮かべている。
言われなければ警察官だとはわからない風体に、公安部の人間らしさを感じる。
「ご紹介に預かりました警視庁公安部の手塚です。私は公安調査庁から指示を受け、ベフライエンに関する情報収集をしている関係上、国内で最もベフライエンに精通しています。ああ、それをこの場で明かすことも了承済みですのでご心配なく」
涼しい顔をして話す手塚に、鷹也は心臓が飛び出そうになった。
公安調査庁は、国を脅かすテロ組織などの情報収集や、そういった組織への規制を行う機関だ。
手塚が鷹也に翔のことを聞いてきたときに言っていた「上がうるさくて」の「上」とは、公安調査庁のことだろう。
そして、翔のことを聞いてきたということは、やはり翔がベフライエンになったことを把握しているのだ。
(翔はすでに犯罪者のレッテルを貼られているってことか?)
翔が苦悩する姿を見ていたからこそ、鷹也の胸はギリギリと締め付けられる。
やり方は間違っているのかもしれない。
だが、彼らベフライエンがしていることは間違いなく正しいことだ。
それを、誰も知らないことが歯痒い。
膝に置いた拳を握りしめ、鷹也は手塚の言葉に耳を傾けた。
「皆さんが関心を持っているのは襲撃情報の真偽でしょう。我々警視庁公安部の捜査したところ、襲撃は間違いなく、今日より二日後に行われると判断しました。襲撃直前まで、我々は情報を集め、皆さんに共有します。危険を伴いますが、この作戦が成功すれば、世界初のベフライエン検挙となります。どうぞよろしくお願いします」
前置きのあと、手塚はベフライエンについて軽い講義をした。
ベフライエンが関与するとされる事件の解説では、鷹也と陽介の事案にも触れられたが、不躾な視線が飛んでくることはなかった。
元々、全国の隊員とは合同訓練で面識がある。
鷹也がベフライエンにいた数ヶ月間、警視庁のSATに鷹也の姿がないことや報道から、察していたのだろう。
鷹也は変な探りや気遣いを向けられなかったことに胸を撫で下ろした。
無用な気を遣うのも、これ以上面倒くさい視線に晒されるのも勘弁だ。
その面倒くさい視線を一身に受けたのは、途中から会議の場に現れた|海老原紀夫《えびはら のりお》だ。
タワーの統括責任者であり、能力者の素質は遺伝することを証明した研究者。
そして、タワーに入所した能力者を研究対象として不法に拘束し、研究の過程で精神を壊し、死に至らしめる悪魔。
悍ましいことを繰り返している彼は、背が高く、すらりとした瘦躯だ。
研究者らしく、白衣を着ている。
年相応に老けてはいるが、その瞳はぎらついていた。
「タワーの統括責任者をしてる海老原です。タワー防衛のため、ご協力いただくことになりました。まずは感謝申し上げます。さて、ここにはタワー出身の方も多いかと思いますが、今一度タワーでの取り組みをご説明します」
ハスキーで低い声が淡々とタワーの説明をしていく。
能力者の育成、援助、研究。
タワーがどれだけ社会福祉に貢献しているのか。
綺麗な言葉が並べられていくたび、鷹也の神経が逆なでされていく。
(嘘ばっかり言いやがって!)
海老原が進めていたのは、道徳や倫理を無視した研究だ。
特に、センチネルとガイドが能力発動時に脳内で分泌するステラが遺伝に関係することを証明した研究は凄惨を極めていた。
今すぐにでも海老原を殴り倒し、これまでの非人道的な研究を暴露させ、被害者に対して何度でも謝らせたい。
心臓はバクバクと跳ね、怒りに手が震える。
体の内に沸きあがる憤怒は今にも爆発しそうだ。
それでも我慢できたのは、ここで鷹也が暴れたとしても、海老原を罪に問えないからだ。
鷹也が握っている証拠は何もない。
タワーは非人道的な研究をしていると声高々に叫んでも信じてくれる人はいないだろう。
むしろ、鷹也は頭のおかしい人間だと、白い眼を向けられる。
(動くのは、今じゃない)
激しい怒りに震える体を必死に制御していると、海老原は説明を終えて退出してしまった。
襲撃に備えてタワーに戻るらしい。
精神を乱す元凶が視界から消えて清々する。
海老原が退出したあと、本題である作戦内容がSAT統括隊長から説明された。
それは、訓練内容と同じ動きをするというものだ。
どうやら今回の合同訓練は、各班の配置場所を決めるためにもやっていたことのようだ。
タワー入所者は、別の場所に避難すると避難先や避難中に狙われる可能性があり、タワーに残ることになった。
能力者は最も守りが固いタワー研究棟の上層階の部屋に集められ、そこを最優先防衛場所とし、タワー全体を守るための守備網を敷く。
鷹也がいる杉浦班は、タワーの屋上が最初の任務地になった。
屋上から、タワーに向かってくるベフライエンを狙撃で牽制。
防ぎきれなかった場合は、地上で待機している部隊と合流して防衛に徹するという流れだ。
激しい戦闘が予想される。
つまり、SATもベフライエンも怪我人、あるいは死者が出るということだ。
(翔は日本支部の責任者だ。ってことは、必ず前線に出てくる)
いつか、戦場で再会すると思っていた。
会いたい。
会いたくない。
翔が怪我をする姿を見たくない。
それと同じくらい、苦楽を共にしたSATの仲間たちにも、怪我をしてほしくない。
SAT隊員として、タワーを守るのが任務だ。
だが、それは本当に正しいことなのか?
苦しむ能力者を見捨て、自分の保身のために、ただ命令を聞くだけの駒に成り下がっていいのか?
それで、胸を張って国を守っているといえるのか?
(んなわけねぇだろ……!)
心は決まった。
鷹也は、自分が信じる正義のために。
全力で働いてきた警察官という地位を、背中を預けて戦った仲間を、裏切ることを決意した。
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