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第39話 裏切り
広大な敷地の中には、背の低い建物が建ち並んでいる。
白に統一された外装と、階層を分けるように横一列に設置された窓ガラスが印象的な建物群は、すべてタワーの施設だ。
プレゼニングした能力者が能力操作を身に着けるため、あるいは、プレゼニングを静かに待つレイタントが集団生活を送るための教育棟。
社会に出た能力者の支援するための事務手続きを行う支援棟。
そして、能力者の起源や未来への可能性を探求する研究棟。
統一感のある建築美を感じるが、鷹也には分厚い羊の皮を被った狼にしか見えない。
ここに、今この瞬間も苦しんでいる能力者が隠されている。
そう思うだけで、胸がギリギリと痛んだ。
その上、これから戦闘の舞台となる場所としては最悪だ。
建物を印象付ける大きな窓ガラスは、すべて防弾ガラスだと聞いている。
だが、複数の銃弾や爆発物を受け、破片が飛散するのは目に見えている。
初めから地上階に配置された仲間が心配だ。
強い風が吹き荒れる中、鷹也は支援棟の屋上で黙々と準備をしていた。
装備品に異常がないか点検し、狙撃で使用するライフル銃を固定する。
屋上から見える街は静まり返っていた。
地域住民や会社には箝口令を敷き、タワーから半径五キロメートルの範囲から退避してもらっている。
これで、一般人の怪我人は出ないはずだ。
「榎本。最後の調整をしよう」
「はい。お願いします」
鷹也の準備が終わったのを見計らい、金城が声をかけてきた。
彼の元へと向かうと、手を差し出された。
その手に自身の手を重ねる。
すると、少し感じていた頭痛がなくなった。
昨夜からセンチネルとしての能力を使わないようにしていたのだが、どうやら無意識に使っていたようだ。
一応、眠れはしたのだが、神経が高ぶっていた。
能力と長い付き合いならそうならないかもしれないが、鷹也はプレゼニングして一年にも満たない。
だからと言って、コントロールできなかったのは悔しい。
『榎本。戦闘は俺から離れないでね』
頭の中に金城の声が響く。
テレパシーだ。
センチネルが能力を発動させて過集中状態になったり、能力を限界まで使いすぎてしまった場合、ガイディングを受けなければゾーンになる。
だから、能力の発動が長時間になる任務は、センチネルとガイドは必ず一緒に行動をすることになっている。
SATに復帰して約七か月の間に出動は何度かあったが、終わりの時間が予想できない長時間の任務は今回が初めてだ。
センチネルとして、初めての長時間任務。
金城が念押しで伝えてくるのは当然のことだろう。
(はい。離れませんよ)
テレパシーで問いかけられたから、思念で返事をする。
すると、金城は大きく頷き、手を離した。
「どう?」
「ばっちりです」
未だにガイディング中の違和感は払拭できないが、体の調子は良い。
緊張していた心がほぐされ、息もしやすくなった気がする。
「保。俺も頼む」
「もちろん」
大人しく順番を待っていた米田が、金城に手を差し出す。
両手を繋いでガイディングをしている二人の姿には安定感がある。
それを横目に、鷹也は指先が出るオープンフィンガーグローブをきゅっと手に嵌めた。
米田と金城を眺めていると、ふと思い至った。
金城からテレパシーで言われた言葉。
それは、何か含みがあるような言い方だった。
金城は、ベフライエンに翔がいると知っている。
世界の真実を知った鷹也が、ベフライエンに寝返ると予想しているのだとしたら。
鷹也を止めようとしているのではないか?
それなら、テレパシーで伝えてきたことにも納得がいく。
(金城さん、ごめんなさい)
罪悪感が心臓を刺す。
それでも、鷹也は進むと決めた。
例えそれが、間違った道だったとしても。
馬場はすでに準備が終わっており、呑気にあくびをしていた。
彼女の凄いところは、任務前でもリラックスできること。
そのタフな精神力は見習いたいところだ。
杉浦は、自身のライフル銃の横で米田と金城の様子を見ている。
彼らのガイディングが終われば準備完了の連絡を入れるためだ。
数秒もしないうちに、米田と金城が手を離した。
それを合図に、全員がライフル銃の前で腹ばいになり、スコープを覗き見る。
「杉浦班、準備完了」
『杉浦班、準備完了、了解』
簡潔な返事がインカムから聞こえる。
それからほどなくして、他の班も準備が終わったようで、競うように準備完了の無線が飛び交った。
公安部が掴んだ情報によると、ベフライエンの襲撃はまもなくだ。
その瞬間を、鷹也は静かに待つ。
風が強い。
銃本体は鉄の塊だけあって重く、強風時に構えるのは少しコツがいる。
ただ、今日は銃身を支えるトライポッドがあるため、その心配は無用だ。
また、射撃時には弾丸が風に流される距離を計算しなければならないが、触覚を拡張すると、ほぼ正確な風の向きや風速がわかる。
おかげで簡単に計算できて楽だ。
(体調はいい。体も動く。あとは、どのタイミングで動くか、だな)
戦闘の混乱に乗じるのが一番いいだろう。
だが、混戦状態では危険だ。
仲間を裏切るとはいえ、怪我はさせたくない。
それなら、戦闘が始まった直後だろうか。
何パターンか頭の中で想定していると、左耳につけたインカムから声が響いた。
『補助B班、対象を四台確認。たちばな三丁目交差点を西に進んでいます』
――来た。
補助とは呼称しているが、彼らは公安部の人間だ。
どこから周囲を監視しているのかは、鷹也たちには知らされていない。
しかし、彼らがもたらす知らせに間違いはないだろう。
『補助D班も確認。こちらも四台。富士見が丘交差点を南に進行中』
『こちは補助A班。和泉が丘交差点を東に進んでいるのを確認。六台です』
『こちら補助C班。仲町交差点を北に進む対象五台を確認』
他の補助班からも報告が入る。
鷹也はゆっくりと深呼吸した。
(いよいよだ)
鷹也は正面を見据えた。
黒塗りのバンが迷いなくタワーへと向かってきている。
鷹也はスコープから少し横へと顔をずらし、視覚を拡張していく。
広がった視界。
視点を合わせ、拡大していく。
黒色のバンの助手席に座る、黒色の装備品に身を包んだ男。
勇ましく釣り上がった眉に、切れ長の目。
その瞳には義憤が燃え盛っていた。
真っ直ぐに伸びた鼻筋の下には薄い唇が横に引き結ばれている。
(翔だ!)
この戦場に来ることはわかっていた。
だが、SATもベフライエンもかなりの人数を投入している。
同じ場所にいたとして、遭遇できるかどうかはわからない。
杉浦班から離脱したあと、どうにかして翔と合流しようと思っていたが、探す手間が省けた。
(ラッキーだったな。あとは俺がしくじらなければいいだけの話だ)
口元に弧を描く。
その瞬間、鷹也の感情が伝わったかのように、翔の燃える瞳が鷹也を捉えたような錯覚に陥った。
(目が合った……⁉︎)
彼の視力ではこちらは見えないはずだ。
だというのに、視線が交わったように感じた鷹也の心臓はドクリと跳ねた。
ザワザワと肌が粟立ち、全身の毛が逆立つ。
自然と銃把を握る、フィンガーレスグローブに包まれた手に力が入る。
これは忌避でも恐怖でもない。
純然たる歓喜だ。
黒い隊列は、いよいよスナイパーライフルの射程範囲に入ってきた。
『屋上部隊、射撃用意』
本隊からの指示がインカムに入る。
鷹也はスコープを覗き込み、銃口の狙いを定める。
狙った先は、車両前方のアスファルトだ。
「威嚇だからな」
杉浦がぼそりと、けれど、はっきりと聞こえる音量で指示をしてきた。
班員の誰もが、その指示に頷いて了解の意を示す。
『全班、射撃開始』
号令と同時、鷹也は引き金を絞った。
サイレンサーで抑制された発砲音とマズルフラッシュ。
真っ直ぐにアスファルトへと吸い込まれていく弾丸。
五発の弾丸は、黒い隊列を囲むようにして着弾した。
だが、車両は止まることもなければ、列を乱すこともない。
整然と、ただひたすら目標物であるタワーに向かって進んでいる。
(こんなんで止まったりするわけないよな)
彼らはいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた猛者だ。
そして、強い信念を持っている。
タワーに捕らわれている能力者を開放するため、彼らは立ち止まることを知らない。
鷹也は続けて弾丸を発射したが、威嚇に効果はない。
それは、どこの班でも同じだったようだ。
『屋上部隊、目標に向けて撃て』
インカムから伝わってきた的確な指示。
(させるかよ!)
他の班は阻止できなくても、鷹也自身がいる杉浦班の射撃は阻止する。
射撃の目標が、翔のいる部隊なら尚更だ。
鷹也は腰に下げていたスタングレネードのピンを抜き、上体を起こして射撃している杉浦班の前方に放り投げた。
同時に、五感を操るカーテンをぴっちりと閉める。
そして、心の中で一秒数え、すぐに五感を開放する。
『杉浦班、状況を報告せよ!』
インカムからは、本隊からの指示が飛んできている。
だが、鷹也以外に、その指示に応える余裕はない。
「怪我はないか!?」
「スタングレネード!」
「……ってえな!」
「夏央! 榎本!」
目の前には、何度も瞬きをして事態を把握しようとする仲間たちがいた。
視力と聴力が麻痺した彼らは、鍛えた方向感覚で、屋上の出入口がある塔屋へと駆けていく。
視覚を拡張していた米田は、目を押さえて痛がっている。
他の三人に比べてダメージを負っていたが、そこは長年バディを組んでいる金城がフォローしていた。
金城は米田の腕を掴み、あらかじめ退避場所と決められていた場所へと向かっている。
もう片方の手は、鷹也を探して宙を彷徨っていた。
その姿に罪悪感を抱きつつ、鷹也は次の行動に出る。
まずは能力者である米田と金城から。
二人の腕はちょうど重なっていた。
(米田さん、金城さん。すみません!)
鷹也は心の中で謝りながら、それぞれの腹部に拳を沈める。
「ぐッ……」
「か、は……」
怯んだところで手錠をかけていく。
一方は米田の右手首を、もう一方は金城の手首だ。
階段の手摺に通せば、しばらくは動けないだろう。
「米田! 金城! 何があった!?」
「どこから敵が!?」
次は、混乱している杉浦と馬場だ。
馬場は、鷹也と同じく班員最年少であるからか、感覚の回復が早いように思える動きをしている。
(馬場ちゃん、ごめん!)
鷹也は馬場の腹を殴りつけて手錠をかけた。
「いッ……た、ぁ……!」
続いて、杉浦の腕を取って手錠をかけようと手を伸ばす。
だが、それは杉浦の手に掴まれて阻止されてしまった。
「榎本だな」
瞬きが少なくなっている。
杉浦は、鷹也が考えているよりも早く視力を回復させていたようだ。
素早く的確な指示をすることから頭脳派と思われがちな彼だが、SATに在籍しているということは、戦闘能力は高いということだ。
(やっべぇ!)
鷹也は勢いよく杉浦の手を振り払い、掌底で顎を突き上げた。
一瞬の隙をついて手錠をかけることに成功した鷹也だが、その場から離脱しようとして、再び杉浦から腕を掴まれた。
きつく腕を締め付けてくる手は、片手でも力強い。
「榎本、俺の話を聞け!」
「無理です。本当にすみません!」
仲間を傷つけたくない。
それでも、目的のためには手段を選んでいる余裕はない。
鷹也は、杉浦の腕を遠心力を使って振りほどき、彼の背後に回った。
後ろから頸動脈が締まるように腕を回す。
これで酸素が脳に届かなくなり、数分間失神する。
あまり使いたくない手だが、今は四の五の言っていられない。
「ば、か……先走る、な、って……」
普段なら鷹也の締め技に抵抗できる杉浦だが、さすがに片手では応戦できなかったようだ。
杉浦の体からガクリと力が抜ける。
それを、優しく壁にもたれかけさせた。
これで、鷹也の前に立ちはだかる者はいない。
最後の置き土産に、防弾服のポケットから小さな鍵を取り出す。
手錠の鍵だ。
それを、金城の手がぎりぎり手の届く場所に置く。
「金城さん、鍵はここです」
「榎本、離れるなって言っただろう!」
視力と聴力が戻った金城は、鷹也を鋭く睨みつける。
それと同時に、その瞳には嘆きが写っていた。
やはり、最後のガイディング中に言われた「離れるな」には、「ベフライエンに行くな」の意味も含まれていたのだ。
「米田さんのガイディングをお願いします。スダングレネードの影響を一番受けたのは、米田さんだから」
視覚の能力を使っていた米田にとって、スダングレネードは天敵と言える。
過度な刺激はダメージを招く。
下手をすれば、ゾーンになってしまうだろう。
それを証明するように、米田は未だ瞼を閉じて呻いている。
「行くな」
「すみません」
これ以上、金城の説得を聞いていれば心が揺らぐ。
鷹也は金城に、杉浦班に背を向けて階段を駆け下り始めた。
「榎本!」
上方から金城の声が落ちてくる。
目頭が熱くなり、視界が潤む。
それが零れ落ちないように、ぐっと力を籠めた。
仲間を裏切った鷹也に泣く資格はない。
「杉浦班、敵襲を受けましたが怪我人なし。体制を立て直した後、作戦行動に復帰します」
『了解』
作戦本隊に虚偽の報告をする。
心臓が悲鳴を上げているのを無視して、鷹也は下へ下へと駆け下りていった。
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